魅力極振りしたらモテるどころの騒ぎじゃなくなった

ニイ

第1話 美しすぎるのも考え物

ボクの名前は未来みらい

見た目はよく「かわいい」って言われるけれど、残念ながら男だ。

そのせいで、男の人からは妙に観察されるし、女の子からは「きれいな顔〜」って頬をつつかれて終わる。恋人、できそうでできない。距離感はいつも、ペットと飼い主の中間くらいで止まる。


恋のスタートラインに立つたび、コース案内が「観賞専用」って札を立てるのは、なんでなんだろう。

ボクがあと一歩「女の子」寄りだったら——そんなふうに想像して、ため息をひとつ。


「ボク、別に高望みはしてないんだけどな。友だちが増えて、好きな人と手をつなげたら、それで十分なのに」


信号待ちの列が動き出す。白い帯の上を、靴のかかとでコツコツ鳴らしながら渡る。

隣のカップルが笑っている。彼女が彼氏の袖をつまんで、彼氏がそれを当然みたいに受け止める。

いいなぁ、って口には出さない。胸の奥が少しだけむずむずする。


「もしボクが女の子だったら——」


そこで、世界が一拍、間延びした。

耳の外側で、音の輪郭がにじむ。クラクションの音が、遠い。

視界の端で、大きな影が膨らんだ。トラック。近い。考えるより先に、反射的に肩をすくめた。


ドン。


空気の塊に殴られたみたいに、足元の感触が消える。

痛みは——思ったより、ない。体が軽くなったのか、世界が軽くなったのか、判断がつかない。

白と、淡い金色の粒が、雪みたいに視界を満たしていく。


「……あれ?」


自分の声が、やけに澄んで聞こえた。

立っている。倒れてない。道路も人のざわめきも見当たらない。かわりに広がるのは、天井のない、やわらかな白い空間。

息を吸うと、花の匂いがした。知っている花じゃない。甘いけれど、鼻に残らない、優しい香り。


目の前に、人が立っていた。

光をまとったドレス。金糸の髪。目を合わせると、吸い込まれそうで少し怖い。けれど、怖いより先に、きれいと思ってしまう。たぶんこの人は、そういう存在なんだろう。


「いらっしゃい、未来」


名前を呼ばれて、ボクは小さくうなずいた。驚きはあるけど、取り乱すほどじゃない。さっきまでの横断歩道も、クラクションも、ここでは全部、遠い夢の中の音みたいだ。


「あなたに、異世界転生のチャンスを与えましょう」


女神さま——と、呼ぶのがいちばんしっくりくる人が、落ち着いた声でそう言った。

転生、という言葉が胸の中に落ちる。波紋がひろがって、すぐに弾けた。


……転生? ってことは、次の人生?

モテない人生を、いったん畳めるってこと?


喉がからからに乾いていることに気づく。言いたいことが、頭の中で順番待ちを始める。

でも、いちばん先頭にいるのは、やっぱりこれだ。


「ボク、次の人生では……ちゃんと、モテたいです」


女神さまは「ふふ」と目元だけで笑って、手をひらりと振った。

白い空間に、半透明のパネルがいくつも浮かび上がる。数字、アイコン、見たことのない言葉たち。けれど不思議と意味はわかる。「攻撃力」「防御力」「魔力」「敏捷」「幸運」——そして「魅力」。


「好きに、割り振りなさい」


言われた瞬間、ボクの中で迷いは消えた。

だって、答えは最初から決まっていたから。



◆◇◆



パネルに並んだ数値が、全部ゼロのまま点滅している。割り振れるポイントは──10000。

つまり、この数をどう配分するかで、次の人生の基礎が決まるってわけだ。


「未来。慎重に決めなさい。戦うなら攻撃力や魔力が必要だし、生き延びるなら防御や敏捷も……」


女神さまが親切そうに説明してくれるけど、ボクはもう聞いてなかった。


だって、目の前に「魅力」って項目があるんだよ?


「攻撃力? いらな〜い。だってボク、モンスターにモテたいわけじゃないし」


「防御力? 別に痛いのはやだけど……恋人いなきゃ心のほうが痛いし」


「魔力? ファンタジーって感じでカッコいいけど、ボクには似合わないでしょ」


「敏捷? モテるのに足の速さとか関係ある?」


女神さまが眉をひそめる。


「……まさか全部“魅力”に振るつもり?」


「もちろん! だってボク、モテたいんだもん!」


ボクは迷いなく、スライダーをガンガンと「魅力」に突っ込んだ。

ゼロから……100、1000、9000……そして10000。

数字がカンストした瞬間、パネルが金色に光った。


「うひゃ〜! なんか勝った気がする〜!」


「……正気?」


女神さまは額に手を当てて、深いため息をついた。


「そんな極端な割り振り、聞いたことないわよ……」


でもボクには迷いなんてない。


「これでモテモテ確定だよね? やっとボクの人生始まるんだ!」


すると女神さまは、少し困ったように視線を外した。


「……あなた、モテたいなら……女の子になったほうが違和感ないんじゃないの?」


その言葉に、ボクの心臓がドクンと跳ねた。


「え、それって……アリなの?」


「希望すればね。ただし――」


「やります! 絶対やります! だってボク、前から思ってたんだ! この顔で女だったら無敵だって!」


女神さまが肩をすくめる。


「……もう好きにしなさい。じゃあ、性別:女性に設定変更」


次の瞬間、ボクの体が光に包まれる。

ふわっと髪が伸び、手足がしなやかになっていく感覚。胸のあたりが重くなって、腰のラインが柔らかくなる。

光が収まって、鏡のようなパネルに映ったのは――女の子になったボク。


「わぁ……すごい……ボク、めっちゃかわいい……!」


女神さまがじっとボクを見つめて、唇を引きつらせる。


「……ちょっと。あんた、私より美しいんだけど」


「えへへ〜! 大勝利じゃん!」


「どうなっても知らないわよ……」


女神さまはそう言って、手をひらりと振った。

次の瞬間、ボクの足元が光に溶けて、世界が崩れていった。



◆◇◆



光に包まれて、ボクはストンと落ちるみたいに目を開いた。

そこに広がっていたのは、さっきまでいた日本とは全然違う景色。木造の家が並ぶ小さな村で、空気はやけに澄んでいて、空がやたらと広い。鳥の鳴き声も聞こえる。……ああ、これ、完全にファンタジーの世界じゃん!


「やっば……! 本当に来ちゃったんだ! ボク、異世界デビュー!」


女神さまの最後の忠告が頭をよぎる。

『絶対に顔はヴェールで隠しなさい。あなたの魅力は、人が直視できるものじゃない』


ボクは手元を見ると、確かにシンプルな白いヴェールが用意されていた。ふわっと被ってみると、軽いけど顔はすっぽり隠れる。


「えー、せっかく可愛い顔になったのに、隠すとか拷問でしょ……」


でもまあ、女神さまがわざわざ言うくらいだから、ちょっとだけ我慢してあげる。どうせ後でハーレムを作るときには、堂々と外せばいいんだし!


ヴェールを直して村の通りを歩く。すれ違う村人たちが、なぜかぎこちない笑顔を浮かべている。

おじさんは額に汗を浮かべて慌てて視線を逸らし、おばさんは腰を抜かしそうになって壁に手をついている。子どもたちは真っ赤になって逃げていった。


「なになに? ボク、まだヴェール外してないのに? これ、もうモテ効果出ちゃってるってこと!?」


ボクはニヤニヤしながら、胸の奥で小さなガッツポーズを決める。

よし、第一歩から大成功! 未来、完全勝利の予感〜!


村の中央にある広場に出ると、ちょうど人が集まっていた。どうやら市場の日らしく、野菜や布を並べた屋台がずらっと並んでいる。

ボクは小声で呟く。


「ふふっ、ここでボクのカリスマを見せつければ、一気にハーレムフラグだよね……!」


そこへ、ちっちゃな子どもがボクの前にとことこ走り寄ってきた。目をきらきらさせて、両手を広げる。


「ねえねえ、お姉ちゃん! その顔のなーに?」


……えっ?


「いやぁ、それはちょっと……」


女神さまの警告が頭をよぎる。でも、ここで見せれば「美少女アピール大成功」間違いなし。村人みんなを一気に虜にできるはずだ。


ボクは少し迷ったふりをしてから、わざとらしくため息をついた。


「しょうがないなぁ。特別だよ?」


そうそう近所のお姉さんはこう言ってお願いを聞いてあげるもんだからね!


そっとヴェールをつまみ、ゆっくりと外していく。



◆◇◆



ヴェールを外した瞬間、空気がビリッと震えた。

視界の端で、誰かの悲鳴が上がる。


「ま、まぶしっ……!?」


次の瞬間、広場にいた村人たちが一斉に両目を押さえて倒れ込んだ。

おばさんは桶をひっくり返して腰を抜かし、おじさんは目を押さえたまま井戸に頭から突っ込み、子どもたちはキャーッと叫んで気絶。


その場の空気がどんどんおかしくなっていく。

ボクの髪が陽の光を受けてきらめくたびに、家の壁がぱきぱきとひび割れて、石畳の隙間から花が咲いた。

遠くで牛が「モォォォ!!」と鳴いてそのまま土下座みたいに地面に伏し、鶏は逆立ちして足をバタバタさせながら昇天。

極めつけに、村の井戸から虹色の水柱が噴き上がり、勝手に「神殿」らしきものが形成されはじめる。


ボクは慌ててヴェールをかぶり直す。

「ちょ、ちょっと待って!? なんでこんなことになってるの!?」


周りは静まり返って、風の音だけが聞こえる。倒れた村人の中から、かすれた声が漏れる。


「……女神……さま……」


いやいやいやいや!

「違うから! ボクはただの冒険者志望だから! 女神じゃないから!」


でも誰も起き上がらない。全員、白目を剥いたまま、祈るように両手を合わせている。


「…………」


ボクは両手で顔を覆った。

これは……もしかして……大成功? いや、でも……。


「ボ、ボク……ただ恋人が欲しかっただけなんだけど……」


広場の真ん中で、ボクの情けない声がやけに響いた。






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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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