第14話 深夜の確認
食事を終えた鍋からは、ほのかな湯気だけが残っていた。
焚き火の赤が、ゆらりと三人の顔を照らす。
「……ごちそうさまでした」
ルピが小さな声で呟く。
その表情は柔らかく、どこか満ち足りたようだった。
命の危機を越え、ようやく訪れた安堵の時間。
そのせいか、彼女のまぶたはゆっくりと重くなっていく。
「ふわぁ……」
小さな欠伸をこぼし、焚き火の光の中で身を丸める。
「……ね、眠く……なってきました……」
エレナが微笑む。
「無理もありません。今日は命を賭けた一日でしたから」
ルピは頷こうとしたが、そのまま頭をこてんと傾けた。
赤い髪が焚き火の光を受けて揺れ、かすかに金色を帯びる。
そのまま、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
一葉は少し離れた場所に腰を下ろし、炎越しに彼女を見つめた。
「よく寝るな……」
「それだけ、安心したんですよ」エレナが静かに言う。
彼女もどこか安堵した表情で、焚き火に視線を落とした。
森の夜風がそよぎ、葉の間から星が瞬く。
虫の声が遠くで鳴き、焚き火のぱちぱちという音だけが、一定のリズムで響いていた。
ルピは穏やかな寝息を立てたまま、毛布にくるまって眠っている。
その寝顔を見守りながら、エレナが小さく息をついた。
「……あの子が、あんなに安心して眠るのを見るのは久しぶりです」
一葉は黙って頷き、火の枝を軽く突いた。
「よほど、勇者たちとの旅が過酷だったんだな」
エレナは少し遠くを見るように視線を上げた。
「ええ……最初は理想に満ちた旅だったんです。人々を助け、魔物を討ち、世界を救う。
でも、いつの間にか“人を切り捨ててでも成果を取る旅”に変わっていました」
火の音が、ぱちぱちと小さく鳴る。
一葉はそれを黙って聞いていたが、やがて話題を変えるように口を開いた。
「さっき言ってた“別の街”ってのは、どこへ行くつもりなんだ?」
エレナは膝の上で手を組み、少し考えるように間を置いた。
「……『ラウフェン』という町をご存じですか?」
「いや、聞いたことはないな」
「黒曜樹海を抜けて北に半日ほどの距離です。交易が盛んで、冒険者ギルドの支部もある。
勇者たちが利用していた中央都市より規模は小さいですが、外部の情報が入る場所です」
焚き火の光の中で、エレナの瞳がかすかに輝いた。
「まずはそこで情報を集めます。今の私たちは装備も資金も乏しい……しばらくは依頼を受けながら立て直すしかありません」
一葉は腕を組み、静かに頷いた。
「なるほどな。現実的だ」
エレナは少し笑みを浮かべた。
「あなたのような人がいてくれて、本当に助かります。……こうして話していると、少しだけ希望を思い出せますね」
夜風がふわりと吹き抜け、焚き火の火の粉が舞い上がった。
一葉はその光を目で追いながら、静かに言った。
「……夜が明けたら、ラウフェンへ向かおう」
焚き火が小さくはぜる音だけが、夜の森に響いていた。
エレナは隣で毛布に身を包み、ゆっくりと寝息を立てている。
ルピもすでに深い眠りの中だ。
一葉は桜霞を膝に置き、静かに息を吐いた。
(……頭の中で“スキル”と念じればいい、だったな)
目を閉じ、意識を内へと沈める。
その瞬間、視界の奥に淡い光が広がり、文字が浮かび上がった。
──【スキル一覧】──
《火炎統制(フレイム・コントロール)》
《花咲循環(フローラ・リジェネ)》
《妖刀共鳴:桜霞》
《感応覚知(シックスセンス)》
《妖気臨界》
《怨魂喰》
「……なるほどな」
小さく呟き、目を細めた。
《火炎統制》——あの焔を自在に操る力。
《花咲循環》——回復や再生を司る、花属性の根幹。
《妖刀共鳴:桜霞》——刀と己の魂が共鳴している証。
《感応覚知》は戦闘中に敵の殺気を感じ取っていたあの鋭敏な感覚だろう。
だが、最後の二つ——《妖気臨界》と《怨魂喰》。
その文字を見た瞬間、胸の奥がざわめいた。
(妖気臨界……怨魂喰……)
桜霞がわずかに震え、鞘の中でかすかな音を立てた。
まるで、自分の内にある“何か”がそれを肯定するように。
焚き火の光が一瞬強くなり、桜色の刃の輪郭が夜に浮かび上がる。
他のスキルが“力”や“技”を示すものだとすぐ理解できたのに、これだけは……胸の奥がざらつくような嫌な予感しかしなかった。
(……詳細、表示)
意識を向けた瞬間、光の文字が変化し、新たな情報が浮かび上がる。
──《妖気臨界》──
自身に蓄積された妖気が臨界点を超えるとき、一定時間、全能力を飛躍的に強化する。
ただし、臨界状態が続くほど「自我の制御率」が低下し、暴走・変質の危険を伴う。
※長時間の発動は魂の汚染を引き起こす可能性あり。
──《怨魂喰》──
倒した生命体の魂・怨念・妖気を吸収し、自身の力として再構築する。
強い怨念ほど効力は高く、同時に精神への影響も増大する。
過剰吸収により人格崩壊、または存在の変質が発生する場合あり。
……。
一葉は息を止めたまま、光の文字を凝視していた。
喉の奥が乾く。
(……俺が、喰ってる? 魂を?)
桜霞の柄を握る指がわずかに震えた。
妖気を吸う刀。それが“武器”としての特性だと思っていた。
だが、それは刀だけの力ではなかった——自分自身も、その一部だった。
焚き火の赤が、一瞬だけ不気味に揺れた。
まるでこのスキルの内容を嗤うかのように。
「……笑えねぇな」
低く呟き、膝に肘をついた。
自分の中で渦巻く力の正体が、ほんの少しだけ見えてしまった。
それは“強さ”ではなく、“穢れ”に近いもの。
夜風が吹き抜け、木々がざわめいた。
遠くで獣の鳴き声が響く中、一葉はそっと目を閉じる。
(……この力、どこまで持つんだろうな)
自分が人のままでいられる保証は、どこにもなかった。
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