第12話 スキル
一葉が名を告げたあと、金髪の女騎士が小さく姿勢を正した。
「私はエレナ・グランフィール。王国騎士団に属していましたが、今は勇者一行に従っています」
傷つきながらも凛とした態度。
剣士らしい礼を欠かさぬその所作に、彼女の誇り高さを感じた。
次に、赤髪の少女がためらいがちに口を開く。
「わ、私は……ルピ・アストレアって言います。魔法使い……の端くれで、いちおう勇者パーティーの一員で……」
途中で言葉が途切れ、俯いてしまう。
彼女の小さな肩の震えに、先ほどの恐怖がまだ残っているのが分かった。
しかし、彼女は意を決したように続けた。
「私には……“鑑定眼”っていうスキルがあります。物や魔獣の性質を見抜くことができるんです」
一瞬、言葉が止まった。
「……スキル、って言ったか?」
思わず食いつくように問い返してしまった。声が少し上ずったのを自分でも感じる。
ルピはびくりと肩を震わせ、視線を逸らす。
「は、はい……。あの、この世界では誰もが——必ずじゃないけど、多くの人が何かしらのスキルを持っていて……」
「誰もが……? それってどういう仕組みなんだ」
身を乗り出すように聞いてしまう。
茉莉として過ごした日々では、そんなシステムはただの“ゲームの仕様”に過ぎなかった。
だが今目の前の少女は、それを当然のように「現実」として語っている。
ルピは少し戸惑いながらも、口を開いた。
「スキルの発現は……人によって条件が違います。環境や経験、試練を経て手に入れる人もいれば……」
自分の胸元に手を当て、小さく笑みを浮かべた。
「私の“鑑定眼”みたいに、生まれつき持っている人もいます」
「……生まれつき……」
この世界では、赤ん坊が最初から“特別な力”を抱えて生まれることすらあるというのか。
心臓が早鐘を打った。
(じゃあ俺は……? “花”や“火”を操るこの力は……俺が特別だからか? それとも……)
ルピは不安げにこちらを見上げる。
「……す、すみません。変な話をして……」
私は思わず、口元を緩めてしまった。
「いや、いいんだ。俺はスキルなんて知らな…忘れていたからな。……教えてくれてありがとう。」
ほんの少しの沈黙。
その間にも胸の奥では、茉莉が描いた“ゲームの仕様”と、この世界の“現実”が重なり合っていく。
一葉は腕を組み、少し考え込んだあと口を開いた。
「……俺のスキルは、どうすれば分かるんだ?」
問いかけに、ルピは驚いたように目を丸くし、エレナが穏やかに答えた。
「覚えていないのですね……。スキルの確認は難しいことではありません。自分の内側に意識を向け、頭の中で“スキル”と念じるんです」
「念じる……だけでいいのか?」
エレナは小さく頷く。
「はい。そうすれば、自分が持っているスキルの一覧や概要が自然と浮かび上がります。人によっては言葉で、あるいは映像のように理解する者もいますね。もっとも、未発現のスキルや隠された力までは表示されないこともありますが……」
「……なるほどな」
一葉は顎に手を当てる。
ゲームのステータス画面を開くようなものか、と直感的に理解できた。
だがそれが、この世界では“現実”として機能しているのだ。
「気をつけてください」
エレナの声が引き締まる。
「スキルの存在は、その人の強さや弱点に直結します。あまり軽々しく他人に晒さない方がいいでしょう」
「……分かった」
一葉は短く返事をし、心の奥に小さな緊張を覚えた。
(俺のスキル……果たして、どう表示されるんだろうな)
スキルのことは後でいいとして…
「……で、これからどうするつもりなんだ?」
問いかけに、赤髪の少女——ルピは視線を落としたまま答えなかった。
金髪の女騎士エレナが、代わりに口を開いた。
「……勇者カインたちとは、もう共に行けません」
その声は静かだったが、怒りや悔しさが滲んでいた。
「仲間を囮にして見捨てるなど……騎士としても、人としても受け入れられない」
ルピが小さく震えた声で続ける。
「……私も、あの人たちとはもう一緒にいられません……」
その目には涙が滲んでいた。裏切られた恐怖と悲しみ、そして自分を守ってくれたエレナへの信頼が混ざっている。
一葉は頷きながら問い返す。
「じゃあ……どこへ行く?」
エレナは少し考え、きっぱりと言った。
「元いた街に戻ることはできません。勇者パーティーと行動を共にしていた以上、私たちが外れたことを知れば、面倒ごとになるでしょう」
視線を森の外へと向ける。
「だから、別の街へ行きましょう。新しい場所で仕切り直した方がいい」
その横顔には決意が宿っていた。
ルピは不安げに彼女を見上げたが、やがて小さく頷いた。
一葉は二人のやり取りを見ながら、心の奥で静かに息をついた。
——勇者。カイン。
名前だけでも十分な力を持つ存在が、人を見捨てることを選んだ。
ならば、この二人の選択は正しいだろう。
「……分かった。俺も同行する。森を抜けるまでなら、力を貸す」
そう告げると、ルピが驚いたようにこちらを見つめた。
その目に映るのは恐怖か、それともわずかな安堵か。
一葉には、まだ判断できなかった。
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