第2話 ダークエルフ



 ダークエルフ――。



 森や自然を愛し、光の世界で生きてきたエルフとは違い、ダークエルフは湿地帯や火山といった仄暗い闇の世界で生きてきた。


 そういう相容れない思想の違いからか……元々同じ王国に住んでいたエルフとダークエルフは二分化され、長年いがみ合い、戦争を繰り返していった。


 だが、かつては二つの大国がほぼ互角の力を誇っていたが、力関係は大きく変化した。


 真面目にコツコツ努力して経済基盤を築いたエルフに対し、ダークエルフは国家ぐるみで不法行為に手を染め、違法な手段で利益を追い求めたのである。


 どちらが国際的な信用を得られるのかは言うまでもない。

 

 そんな力の差に嫉妬したのか、はたまた焦りを感じたのか……。ダークエルフは、エルフに対して小規模な〝テロ行為〟を繰り返してきた。

 

 それでもエルフは、ダークエルフとの共存共栄のために様々な支援をしてきた。

 元々は同じ国にいた〝エルフ〟という一つの種族として……手を取り合おうとしたのだ。


 ――だが、無情にもその微かな願いは踏みにじられる。


 ダークエルフは、軍を挙げ、エルフの民間人を襲撃し、その命と尊厳を大量に奪ったのだ。


 ……この、この極悪非道のチュエリ=ハンリによって。


 彼女は【ダークエルフ地帯】に散在する各地の貴族を一つにまとめ上げ、巨大な勢力となってエルフ達を襲ったのだ。



「……………………」



 俺は思わず、この外見だけは、絶世の褐色美女のダークエルフを睨みつける。


 ゲームをプレイしていたが、コイツの残虐ぶりは目に余るものがあった。


 創作物とはいえ、家族や恋人がダークエルフのテロ行為によって殺害され、たくさんのなエルフたちが不幸になっていくのは見ていて中々辛いものがあった。

 

 それに、コイツは俺にとってはシャロンの


 俺とシャロンは……仲間と言えるような関係ではないが、それでもシャロンの物語に俺は感情移入し、ゲームとはいえ彼と一緒の気持ちになってエルフ王国を救ってきたつもりだ。


 歪な間柄だが、俺はシャロンのことを〝同志〟だと思っている。


 そんなシャロンは、コイツに殺されたんだ。


 ――許せない。そう義憤に駆られるのは、俺にとっては当然のことだった。


 そういう怒りが、俺をチュエリ=ハンリに剣を向けさせた。



「どうして……人間が?」



 誠実堅実なシャロンとは似ても似つかないチュエリだが、奇しくも最初に言った言葉は、シャロンとまったく同じものであった。



「……………………」



 俺は答えずに、シャロンから託された【ホワイトソウルソード】のグリップを握りしめる。


 チュエリは、紫電のようなその瞳を細め、俺を観察する。



「その〝可変式剣ヴァリアブル・ソード〟は――シャロン・アックスが持っていたもの筈――?」



 するとやつの瞳は、俺の隣で亡き骸となって横たわっている、シャロンへ向けられた。


 

「……シャロン・アックスは……死んだか」



「ああ。たった今、息を引き取った……」



 はじめて俺は口を聞いてやったが、チュエリはそれに反応することもなく、またシャロンが死んだことに喜びも悲しみもないような表情で、ただ一言「そうか」と呟いた。



 直後――チュエリは脇腹を抑え、吐血する。



「がはっ……!」



 よく見ると、破損した甲冑の向こうに、大きな傷がある。


 確かあれは――チュエリ戦の後、エンディングで流れた〝ストーリームービー〟の場面で、互いの剣が交錯したときに、シャロンから受けた――剣の傷。


 大怪我であることに間違いはないが――致命傷から少しズレている感は否めない。


 シャロンは最後の一撃を繰り出したが、それでもラスボスを仕留めそこなってしまったのだろう。



「ぐう……ううう……!」



 痛みで顔を歪めるチュエリを見て――俺はチャンスだと思った。


 あくまでもゲームのプレイでの話だが、チュエリはラスボスの名に恥じない強さだった。


 言い忘れていたが、このゲームはいわゆる〝アクションRPG〟。


 プレイヤーの操作スキルも重要になってくるが、とにかくチュエリは、モーションも素早かったし、変な即死コンボ技もあったし、体力も何色まであるんだよと言わんばかりにゲージはまったく減らなかった。


 そんな苦心して倒したラスボスが――今は手負いの状態……。


 充分に勝機はある。

 

 ――ダークエルフが、こんなにも暴走しているのは……チュエリがみんなを焚付けたからだ。


 そのせいで無実のエルフが死んで、人質としてこの【ダークエルフ地帯】に押し込まれ、今もなお監禁されている。


 たくさんのエルフを不幸にしてきた元凶が――このチュエリだ。


 コイツを倒すことこそ……エルフが平和を取り戻す第一歩――。


 ……なにを血迷ったかわからないが、シャロンはエルフ王国を討てといった。


 でもきっとそれはなにかの間違いだ。意識朦朧としていたからに混乱したに違いない。


 この【ホワイトソウルソード】は、悪をくじくためにある。


 俺が向けるべき切っ先は――この悪役貴族のダークエルフだ!



「お前は……このわらわを斬ろうと言うのだな?」



 すると、苦痛に伏せていたチュエリの頭が――ゆっくりと上がる。



「だったら、なんだっていうんだよ?」



「――ならば、人間とて……容赦はせん」


 

 なんという恐ろしい目つきだろうか。


 思わず身震いがする。


 手負いの野生が凶暴になるように、まるで傷が深ければ深いほどやつから殺気と闘気が全身から迸っているようだ。


 ――でも、俺は引かない。


 36歳、ブラック企業勤めの俺なら、今頃恐怖に足がすくみ、おしっこでもちびっていだろう。


 しかし、今の俺には、シャロンから授かった〝紋章〟の力がある!



「……斬り伏せてやる!」



 そんな物騒な掛け声と共に――チュエリは左の前腕にある〝紫の紋章〟を輝かせたと思ったら、邪悪な輝き共に――可変式剣ヴァリアブル・ソードを召喚させた。



 ――チュエリの愛剣【ブラックソウルソード】……。



 黒く禍々しい――。その刀身はあまりにも巨大だ。


 同時に、その外見は極めて機械的で、ただの武器という域を超えている。


 磨き上げられた金属製の刀身には精巧な歯車や接合部が組み込まれ、まるで〝工場で生まれた剣〟のような印象を与える。

 

 そして何より、鍔の部分に埋め込まれた小型の〝魔力コア〟が胎動するかのように紫色の光を放ち、不気味に煌めく。その異様さは恐怖を呼ぶが、同時に戦闘剣としての美しさをも兼ね備えている。


 刀身は肩に担がなければ持ち上げられないほど重厚だが、ラスボスの手に握られたその姿には、不思議なまでに似合っていた。



 ――ホント秀逸なデザインだぜ。可変式剣ヴァリアブル・ソードはよ。


 だが結構。今にでも砕けそうなくらい。


 それでも、俺は警戒レベルを上げた。


 コイツの可変式剣ヴァリアブル・ソードの攻撃や切れ味の凄まじさを、ゲームの介して目の当たりにしていたからだ。



「――死ねッ!」

 


 チュエリは、〝ノーマルモード〟のまま可変式剣ヴァリアブル・ソードを振り上げた。


 腹に刺し傷があるとは思えない踏み込み――。


そして、前世の世界での人間では、絶対に再現不可能なスピードとパワーで、俺の命を刈り取ろうとする。


 流石は、剣と魔法の世界――。身体能力が前世の人間や動物とは比べ物にもならない。


 まさしくファンタジーだ。


 だが、俺はその常軌を逸した剣速に――反応した。


 無駄を省いた最短距離の動きで、やつの一太刀を刃で受ける。

 


「!?」



 そして、剣道で言う〝巻き上げ〟の要領で、やつの可変式剣ヴァリアブル・ソードをいなし、そのまま上へ絡め飛ばそうとした――。



 だが、ラスボスは……俺の狙いに気づき、瞬時に反応して後ろへ飛んだ。


 そのまま一定距離に戻り、互いに剣を構えた。


 ――仕切り直しだ。



「人間が、このわらわの動きについてこれるとは……」



 光栄なことに、ラスボスからお褒めの言葉を頂いた。


 もちろん、36歳おっさんの俺が実は前世では剣の達人だったとか、そういうのではない。

 これも紋章の力が為せる理だ。


 そんなチュエリは冷静に俺を観察し、その瞳を右前腕にある〝紋章〟へと向けた。



「その紋章をなぜ人間が扱える? ――それは〝エルシオンの紋章〟……」


 ヤツの警戒心はさらに高まっていった。



「あまりにも構築が困難なため、生まれつき魔力が高く、伝統的に魔法や魔法陣形成の技術力が高かったしか扱えない筈……」


 まあ、確かに魔力が低い人間に〝紋章〟があるのは前代未聞だといえよう。



 ちなみに紋章の恩恵は〝格納〟。


 これは、武器や防具、その他回復アイテムなどを〝魔空間〟に格納し、紋章を介して自由に出し入れできるという、あまりにも便利すぎる能力だ。


 俺がシャロンの可変式剣ヴァリアブル・ソードを何もない空間から発動させた理屈はそういうことだ。


 ちなみにこれは立派なの魔法陣。


 兵士の荷物を減らし機動力確保をするのが主な目的だ。


 いくら魔力が高いエルフといえど、訓練をしなければ習得は難しい。



「ま……ゲームには必要な能力だな」



「……?」



 俺の独り言にチュエリは首を傾げていた。


 どうやら、アイツは自分がゲームのキャラクターである自覚はなさそうだ。



 なお……お分かりだと思うが、これはRPGによくあるをシナリオの設定として落とし込んだもの。

 

 まあ、とにかくこの紋章さえあれば、今後俺は回復アイテムや、サブの可変式剣ヴァリアブル・ソードも手ぶらで持ち運びが可能となるだろう。


 そして、実はその上でシャロンの紋章にはもう一つゲームらしいシステムがある。


 それが――〝ステータス〟。まあ、ご存知、レベルだ。


 このレベルシステムはシャロンの


 シャロンは剣こそからっきしだが、魔法陣などの構築に一日の長があった。


 それで彼は【影狩り隊】の隊長として任務達成するために、己を見つめもっと鍛え上げようと思い、自分の現在能力やまでも攻撃力や防御力といった項目を作り、それぞれ具体的に数値化し、目標達成の精度を高めようと工夫した。


 ……まあ、とにかく、異世界転生らしく俺は自分のステータスがわかるというわけなのである。



「お前……なかなかの手練れだが、まさかシャロン・アックスよりも強いのか……?」



 常に悪鬼に満ちた表情をしていたチュエリが珍しく焦ったような表情で俺に尋ねた。


 どうやら自分の体力なども鑑みて、自分の形勢が不利であることを悟っているようだ。


 俺は思わずニヤける。



「シャロンと俺のどっちが強いかだって? ……さあ、どっちでしょうか?」



 こんな問答をするくらいまで俺には余裕がある。


 なぜなら、異世界転生というのは――転生者に〝チート能力〟が備わっているっつーのがお約束だからである!


 先ほど俺の頭と身体には、シャロンの力をしっかり受け継いでいることがわかった。


 身体能力もそれに呼応して向上している実感もある。


 間違いなくある――俺にもチート能力が! だからチュエリの攻撃にも対応できるのだ!



 ――へへ、いっちょ〝ステータス〟を確認してみるか!

 


 俺は、ゲームのスタートボタンを押すような手軽さで、ステータスをオープンした。


 右前腕に彫られている紋章から、淡い光が出現し、それが〝光の板〟のような形となり、そこで現在の俺のステータスが確認できる。


 実際に開いてみると、表示はまさしくゲーム通りだったのに非常に分かりやすかった。


 ――ま! どうせレベルはMAXの100だろうな! それか100以上いっている可能性もあるな! なんせ、異世界転生はチート能力で――!


 だが……



「んんん!?」



 俺は思わずステータスに記載されているレベルを見て、変な声が上がる。



「レベル………………39?」



 チート! チート! と期待に胸を膨らませていた俺にとって、そのレベルはあまりにも中途半端だった。いや、弱くない。弱くないが……39って……。



「あれ……? 待てよ、このレベルって……もしかして……」



 ふとあることを思いつき、俺はステータス画面をスマホのように横スライドする。


 次に表示されたのは、俺の〝収納箱〟――ようするにアイテムボックスだ。


 アイテムボックスの欄には主に二つの項目がある。


 一つは、『武器庫』


 ここでは、自分が所持している可変式剣ヴァリアブル・ソードや、防具、お守りといったバトルの攻撃力や防御力を占める重要なアイテムの確認ができる。


 そして、もう一つが、『アイテムボックス』


 回復アイテムや、敵を倒した際にドロップした素材などを収納するのに必要なボックスだ。

 ちなみに全部で30個まで収納することができるのだが――現在俺が所有しているアイテムは以下の通り。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


・【レオポーション】……HPがガオガオに全回復する


・【フォレストポーション】……MPが森のように全回復する


・空き


・空き


・空き (※以下全部同じ)


――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ……以上。2個のみ。



「まさか……」



 このアイテムボックスにある残りものから、ある結論が俺の中で導き出された。



「これって……俺が……?」



ラスボスのチュエリとの一騎打ちでは、大量に持ち運んでいた回復アイテムも使いまくっていたから――うん、間違いない。レベルは39で終わっていたし、残ったアイテムも2個だけだ。


 ――うん、間違いない。って、なんだそれ!


 どんな異世界転生だよ! 聞いたことねえぞ! ゲームクリア時点の能力を引き継いで異世界転生をする物語なんて!



「なにをブツブツと言っているのかわからないが……時間を与えてくれたことには感謝しよう」



 その言葉にハッとなって顔を上げると、チュエリは闇の炎のようなものが灯った左手を、シャロンから受けた傷口にかざしていた。


 ――やべ! あれは、チュエリの回復魔法!



「……時間を与えたつもりなんてねえよ!!」



 俺は【ホワイトソウルソード】を再び振り上げ、チュエリに斬り込んだ。



「――ふん!」



 だが、チュエリはそれに即座に反応し、バカデカい愛剣【ブラックソウルソード】を器用に動かし、俺の一撃を受け止めると、軽やかに後ろへ飛んだ。



 ……あぶねぇ、あぶねぇ。



 コイツは、剣士としても優秀で前衛最強なのに、攻撃魔法も中遠距離対応可能で、オマケに回復魔法も一流だ。


 少しでも隙を与えたら、せっかくダメージを与えても驚異的な速度で回復しちまうからホントに厄介だったんだよ。


 だからこうしてすぐに攻撃し、回復魔法を中断させるのは、プレイヤーにとってはセオリーというか、必須条件であった。


 だが――俺の目論見の半分は失敗に終わる。



「ふ……まだまだ全快からはほど遠いが――この状態なら



「なんだと……? いや、まさか……!?」



 チュエリは微かに微笑みを浮かべると、大剣を両手に持ち、天へ突き出した。


 そこで大声で〝可変唱かへんしょう〟した。



一段階刃ファースト・ブレイド!!」



 俺の悪い予感は的中した。



 チュエリは発動させた――可変式剣ヴァリアブル・ソードの〝真骨頂〟を。



 直後――チュエリの全身が闇色に包まれると、そのエネルギーはすべてヤツの【ブラックソウルソード】のもとへ集まっていた。


 すると、その大剣の刀身が複雑な機械音と共にしていく。


 ガチャガチャと歯車が噛み合う音が響き、刀身は〝細く鋭利に〟形を変えていった。


 剣を身軽にし、機動力を上げるのが目的か――? と、思うだろうがそうではない。むしろ逆。


 その小さく形を変えていった刀身から――噴き出すようにが出現した。


 チュエリの【ブラックソウルソード】はその名を示す通り、黒い魂のように透けるような巨大な刃となって姿を現し、元あった大剣よりもさらに大きく明らかな殺傷能力を高めて再構築された。



「じ……実際に見るとでけぇな……」



 チュエリの身長の倍はあろうかという一段階刃ファースト・ブレイドを間近に見て、俺は必死に作り笑いを浮かべ、固唾を飲んだ。





―――――――――――――――――――――


本日のあとがき


いやぁ、武器の設定に重きを置いてしまったが、皆さんついてこれていますか?(笑)


なんとなくついてこれればOKです(笑)



面白かったら是非、★★★&♡&感想コメント&レビューをお願いします!! 


by 葛岡

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