エルフの英雄から「エルフを斬れ」と遺言を託された
渡辺隼人
第1話 遺言は「エルフを斬れ!」
今から20年前に販売されたアクションRPG【シャロンと影狩り隊】――。それを俺はようやくクリアすることができた。
「いやぁぁぁ……終わったぁぁぁ……」
蹴伸びをし、俺はコントローラーを置く。カーテンからは日が差し込んでおり、チュンチュンという小鳥のさえずりが聞こえる。
今年で36歳、独身。俺の名前は、若林わかばやし。
趣味はゲーム。特に最近は最新ハードのゲーム機でエミュレーション移植された昔ながらのRPGをしまくるのがもっぱらだ。安いし。
「にしても、今日も会社があるのに徹夜はいかんよなぁ。徹夜は……」
そうブツブツ文句を言いながら俺は重い身体を起こし、風呂場へ直行する。
そして俺は熱々の風呂に身体をうずめる。直後、「あああ……」と口から自然な声が漏れた。
押し寄せる快感――そして、ようやく訪れた眠気。
なんとなく目を閉じた。1分だけでも目を閉じれば結構違うという経験を、ブラック企業勤めの俺はよく知っていたからだ。
そして――パチッ目を開けた時、俺は……宙に浮いていた。
俺はなんとか己の肉体に触れようとするが、その手はすり抜ける。もはや、物質的に干渉すらできない。まるで俺の存在そのものが、そこにいることを拒絶されているかのように。
状況を客観的に把握し、俺は頭を抱えながら叫んだ。
「俺、風呂場で死んじゃったぁああああああああああああああああ!!??」
最悪だよ! ふ……風呂場で死ぬの俺!? 36歳おっさんの俺の死に場所、風呂場!? やべよー、仮眠すら取るつもりなかったのに、ちょっと目を閉じてそのまま意識を失ってしまったんだ!! くそぉおおおおおおおおお!! ミスったぁああああああああああ!!
後悔先立たず……。中間管理職として頑張ってきたのに、俺の人生こんな結末を迎えるとは……。
後悔を風呂場で巡らせていた時――突如、なにか引っ張られる感覚に襲われた。
そして、為す術もなく俺は……俺の霊体はキッチン、リビングを越え――テレビのところへ――
「お、おい! なんだこれ!? わあああああああああああ!?」
そのまま吸い込まれていってしまった。付けっぱなしだった、ゲーム画面映っているテレビの中へ。
それから意識が一瞬ブラックアウトし、次にまた目を開けると……。
「こ、ここは……?」
霊体だった俺の身体にはしっかりと肉体があり、その二本足で地面に立っていた。
しかし、その場所は俺の近所にあるところではない。
岩石。黒ずんでいるが、ところどころ火で溶解されたような赤く輝く岩石の山々――。
見慣れない場所だ。いや、見慣れていないわけじゃない。
俺はこの場所を知っている。見たことがある。ゲーム画面で。
「こ、ここは……まさか……。エルフの主人公〝シャロン〟が、ダークエルフの悪役貴族のラスボスと戦った――【ダークフレイム火山】……?」
ライトノベル、そしてウェブ小説など数々の創作物を読みふけってきた俺が、導き出したこの状況の答え合わせは一つしかなかった。
俺は――異世界転生した。RPG【シャロンと影狩り隊】のゲームの中の世界に……。
「マ、マジかよ……。あるんだなぁ、異世界転生って……。……でも――」
俺は溶岩が冷えてガラス化した表面となっている黒曜石のところで、自分の顔をチェックする。
そこに映っていたのは冴えない目、冴えない鼻、冴えない口、冴えないおっさん――。
「……うん。俺だった」
――ええ……。異世界転生って、なんかゲームのキャラクターに転生するんじゃないの!? 最近は悪役貴族とか流行ってんじゃん!!
俺、おっさんのままで第二の人生スタートするの? ちょっとっ! どうせなら顔面も総入れ替えして、赤ちゃんからやり直したいんだけど!
……なんてどこの誰だかわからないやつにクレームをブーブー垂れていても仕方ない。俺は状況を整理することにした。
「……てか、あれかな? ゲームの世界に転生ってことは、ダークエルフがエルフ王国に侵攻してくる前の時間軸に戻っているってことかな? じゃあ、俺が主人公シャロンと一緒に共闘して、ラスボスを倒す……とか?」
イマイチ目標が定まらずに困っていた――まさにその時――うめき声が、岩石の向こうから聞こえた。
「う……ううう……」
「うん? おい、大丈夫か?」
俺は声がする方へ小走りで向かっていった。
そして、岩石によじ登り、降り立ったところで――血塗れになって倒れている男を発見する。
「!?」
俺は思わず言葉を失った。その男は、あまりにも見覚えがあるやつだった。
――森をイメージする緑の甲冑と茶色のマント。
金と緑がかった光沢を持つ、オリーブゴールドの髪色。
白い肌に、端正な顔立ち。
そして――エルフの最大の特徴である〝尖った耳〟。
この男の名前は――シャロン・アックス。
この世界――RPG【シャロンと影狩り隊】の主人公だ。
そんな彼の命が……今、まさに終わろうとしている。
「お、おい! しっかりしろ!」
思わず俺は彼に駆け寄った。瀕死の彼を放っておけなかったし、なによりも今は情報が欲しかった。
――いや、彼の今の状態こそ、最大の情報かもしれない。
実は、シャロンは――最後の戦いで、ラスボスと相打ちになった。
その後、彼の生死はゲームのエンディングでは明かされていなかったが、倒れた場所はここ【ダークフレイム火山】だ。
ということはつまり……こういう結論になると思う。
ここは……ゲームのエンディングの続き。
英雄がエルフ王国を救ったあとの――世界。
「シャロン!? お、おい!」
俺は倒れている彼に呼びかけながら、このゲームについて振り返っていた。
【シャロンと影狩り隊】――。
このゲームのあらすじを簡単に説明するとこうだ。
ある日、エルフ王国に住むダークエルフが武装蜂起をし、大量のエルフを殺害し、拉致・誘拐した。
首謀者はダークエルフの〝女〟貴族であることはわかっているが、彼女らが住む通称【ダークエルフ地帯】は、情報が完全に遮断されているところであり、目的も戦力も不明。
オマケにエルフ王国は現在隣国の大国【ドワーフ王国】と戦争をしている真っ最中で、主力軍が簡単には動かせないという状況。
刻一刻と迫る人質の生命の危機――。
そこで、エルフ王国が下した決断は、主力軍到着まで人質の救出及び、情報収集、そして、可能であればダークエルフの首謀者を叩くことを目的とした、少数精鋭の〝先遣隊〟を編成することに決定した。
その先遣隊は、ダークエルフを狩ることを信条とし【影狩り隊】と名付けられた。
そして、その隊長に選ばれた男こそ――シャロン・アックス。
物語は、シャロン・アックスが指名した3人の仲間との4人パーティーで【ダークエルフ地帯】に潜入し、任務を遂行していき、最終的に【ダークフレイム火山】にて、ラスボスと戦う――という形で進行していく。
そして、その後シャロンがラスボスと相打ちとなったのは、先ほど説明した通り。
ゲームでは、噴火した溶岩にふたり共飲み込まれていった描写を最後に――エンディングを迎えている。
だから――おそらく運よく溶岩には飲まれずにシャロンはすんだのであろう。
だけど……ラスボスにやられた傷は深く、その命は風前の灯火だということは素人目にもわかった。
「お、おい! しっかりしろ! シャロン!! シャロン!!」
俺は何度も彼の名前を呼んだ。
ゲームの中にいた主人公とはいえ……俺はコイツのことが好きだった。
コイツは落ちこぼれだった。
エルフ王国の名門学校に入ったものの、剣がまったく上達せずにみんなから大笑いをされていた。
そんな彼が、はじめてエルフ王国のために戦える場所を得ることができたのが、この先遣隊だ。
エルフ王国が好きで、エルフが好きで、ずっと誰かの役に立ちたいと生きてきたシャロンが……報われた瞬間だった。
そういう、エルフだけど妙に〝人間臭い〟シャロンに……俺は共感し、いつの間にか勇気づけられてきたんだ。
だから……死なせたくない。
エルフのために……エルフ王国のために頑張ってきた……この男を!
「シャロン! おい、シャロン! シャロン!」
「う……あ……う……?」
すると、俺の呼びかけが届いたのか、シャロンは虚ろになった瞳を俺に向けた。
琥珀色に輝いていた彼の瞳が、今は白ずんで今にも消えかかっている。
「ど……どうして……〝人間〟が……?」
シャロンが俺を見て言った言葉がそれだった。
そういえばこの世界はゴブリン、オーガー、ドワーフといった様々な種族がいるが〝人間〟も存在している。
エルフ王国よりも遥か西側にあり、魔力は少ないが圧倒的に人口が多く、どこも君主制が当たり前の世界で、民主主義も採用しているという先進国的な位置付けだ。
ちなみにゲームでは、エルフ王国の交易をしにきた人間がたまに登場するくらいで、メインストーリーではほとんど絡んでこない。
もちろん、国際的に〝テロ支援国家〟と呼ばれている【ダークエルフ地帯】に住んでいる人間は0人だ。
だから、シャロンが驚くのも無理はない。
だけど、のんびり俺が転生者(?)であることを説明する時間はない。
「お、おい! 待ってろ! 今、なんとか止血を……治療を……!」
俺はなんとかシャロンの背中にある茶色のマントを破って医者の真似事をしてみたが、血はとめどなく溢れる。
くそ……! どうすればいい!?
ポーションは!? いや、回復魔法は……!?
どっちもねえよ……くそ!
「も……もう……僕は助から……ない……」
シャロンは力を振り絞ってそう言った。
「ちょ、ちょっと待て! 諦めるな! 今からいい方法を……」
「だから…………聞いて……くれ…………!」
すると、止血をする俺の手を……シャロンは持てる限りの精一杯の力で握った。
「こ……こんな……こと……に……人間の……あなたに……た、頼むは……おかしい……話なのかも……しれない……。で……でも……頼まれては……く……くれない……か……? 僕の……最期の……お……お願い……を……」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐシャロン。
その度に、命が削られているようで……見ていて辛くなる。
そんな男が最後に――なにか託そうとしている。
俺には、その遺言を聞く使命があるかもしれない。
命からがらになにかを伝えようとする彼を見て、俺はそんな思いを抱いた。
「わかった……! 俺ができることかあったらなんでもやってやる!」
俺がそう応えると、シャロンは微かに微笑んだ。
「あ……ありが……と……う……。ぼ……僕の右手をつ……強く……握って……くれ……」
「あ、ああ……」
言われた通りに俺は震える彼の右手を握った。
ごわっと岩みたいな手のひらで、それは彼が死ぬほど剣を振ってきた証拠――。
それがわかって、俺が密かに感動していたその時……眩い黄金と緑の光が俺たちの繋いだ手から発光した。
そして――俺の右の前腕部分に、いくつも重ねられた魔法陣が表示されたと思ったら……複雑な記号の〝紋章〟が、刻まれていった。
すると――ぐぉんと、俺は一瞬、意識が消えるのを感じたが、すぐに覚醒する。
時間にすれば、コンマ0.0000何秒かの間だと思うが、その最中俺は……〝力を得た〟。
頭に、身体に、そして、心に刻まれていった。
シャロンの戦いの記憶と、経験と――彼の〝勇気〟が……!
「こ……これは……一体……?」
俺が呆然としながら前腕の輝く紋章を眺めていると……シャロンがゆっくりと口を開いた。
「ぼ……僕の力を……すべてを……き……君に……託した……。その力さえ……あれば……。〝
「〝
「あ、ああ……。だ……だして……ごらん……」
驚きつつも、俺は言われるがままに手をかざした。
そして――あるはずもない〝記憶〟の通りに、或いはゲームをプレイしてきた通りに……それを実行した。
すると、小さな光と共に――まるで収納された鞄から出すように……〝ロングソード〟が現れた。
銀色の刀身に、所謂〝鍔〟にあたる、少しくすんだ金の横に伸びたガードと、〝柄〟にあたる茶色の革製で出来たグリップ……。そこの柄の〝頭〟にあたる同じくくすんだ金のポンメル――。
実にシンプルなデザインなこのロングソードこそ、ゲームで散々見てきたシャロンの〝
ダークエルフの魔の手から、エルフ王国を救った――まさに彼の〝英雄の剣〟だ。
「すっげえぇ……。本物だぁ……」
グリップを握った時、ずっしりと重さを感じたが、妙にしっくりくる。
「こ……この剣を使って……。ぼ……僕が……果たせなかった……こ……ことを……は……果たして……ほ……欲しい……」
シャロンの僅かにあった生気が……恐るべき速度で失っていっている。
「わ、わかった! な、なんだ!? 俺はなにをすればいい!?」
俺はシャロンの口元まで耳を寄せた。
パクパクと微かな呼吸と共に、俺は辛うじて、彼の言葉を聞き取ることができた。
そして、その言葉は……耳を疑うようなものであった。
「エ…………ル…………フ…………お……う……こ……く……を…………その……剣で……討って……く……れ……」
「……………………は?」
今なんと言った? 聞き間違えでなければ、シャロンはこう言った。
――エルフ王国をこの剣で討ってくれ。と。
「な……なに言ってんだよ、シャロン……。お前はずっとエルフ王国のために戦ってきたんだろ? そのために命を賭けてきたんだろ?」
ジョークだと思い、俺は無理矢理笑ってみせた。
「は、ははは……。あ、そうか。〝ダークエルフ〟だろ? 悪いな、ダークという言葉を聞き逃してしまったよ。つまり、あれだな。俺は、ダークエルフを討てばいいんだな? 確かに、ラスボスを倒したとはいえ、ダークエルフの残党はまだ――」
だが、その時――シャロンは物凄い力で、俺の胸倉を掴んだ。
そして、目を剝き、俺を睨み付ける。
それは……俺の間違いを正すための訴えに見えた。
ごふっ……とシャロンの口から血が溢れる。
「シャロン……?」
それでも、血を吐きながら、彼は叫んだ。
「エルフをッ……斬れッッッ!!!」
その血が俺の顔に張り付き、服を赤く染める。
それでも俺は、死力をかけて訴えかけた彼の目があまりにも衝撃的で、ただ呆然と眺めていた。
それを最期に……シャロンは糸が切れたように目を閉じた。
――死んだ。確実に。素人でもわかる。
だが、押し寄せてきたのは悲しみ以上に……困惑だった。
「エルフを斬れって……。どういうことだよ、シャロン? なんでエルフの英雄のお前が、同胞のエルフを斬れって言うんだよ……?」
意味がわからなかった。しかし、聞き間違えではないだろう。
あのシャロンの目を見ればわかる。
だとしたら、このエルフの英雄の遺言は……その真意はなんだ?
なにが起きているんだ……? この世界で……。
その時だった。
物音や、気配とは違う――直感みたいなものが俺に危険信号を鳴らした。
この感じ……この感覚……。これは――〝魔力〟?
この世界では、バトルにおいて〝魔力〟が重要なエネルギー源となっている。
魔力は、訓練すれば一定の領域で他人の魔力も感知できるようになるのだが……その技術はシャロンの託した〝紋章〟のおかげで俺も会得していた。
だが、問題なのはそこじゃない。
魔力には個性があり、さらに鍛え上げれば、この先にいる見えない者が何者であるかの〝特定〟までできるようになる。
俺は……あの岩陰の向こうで魔力を放つ者が誰か――特定できてしまった。
でも、あり得ないんだ!
アイツの魔力が感知できるなんて……。
アイツが……この世にいるなんて!!
そんなはずがないと、信じたかったが……そんな俺の願いを嘲笑うかのように、アイツは、岩陰から姿を現した。
「くっ……! ううっ……!」
そう呻き声を上げ、腕を抑え、歩くのもやっとという感じだが、間違いなく……生存している。
砂や煤で白く長い髪はボロボロ。
兵士らしい武骨さと、貴族らしい煌びやかな甲冑も破け、ヒビが入り、破損している。
だが――それにしても露出している箇所が多い。
胸元もそうだが、足もそうだ。
曰く、防御力と機動力を確保するための衣装だいうが――それにしても、まるでアマゾネスを彷彿とさせるその格好は、あまりにも前時代的で……ちょっと扇情的だ。
「……人間?」
彼女は俺を見るや否や、目を丸くした。
生々しい傷の痕や血あるが……そこから覗く褐色の肌は光沢があり見ていて美しいと思った。
そして、その〝尖った耳〟も……彼女の整った容姿を引き立てるのに必要な要素だなと思った。
だが――そんな美女を前にしても俺の心臓は凍るばかりだった。
なぜならこの女は――この女こそ……シャロンの物語がはじまった元凶。
エルフ王国を突如として襲い、大勢の命を奪った――【ダークエルフ地帯】で君臨する、悪逆非道の悪役貴族。
そして、シャロンの命を奪い――相打ちになった筈の、この物語のラスボス――。
チュエリ=ハンリだったからだ。
「―――――!!」
俺は反射的に〝
〝エルフを斬れ〟と言って死んだシャロンから託された――その英雄の剣を。
――ダークエルフに。
―――――――――――――――――――――
本日のあとがき
新連載です! 第一部まで書きましたがなんと20万文字もあります! お暇があれば長くお付き合いいただけると幸いです。話数は40話前後の予定です!
ちなみに、睡眠不足で風呂入って溺死はわりと若者でもあるみたいなので、皆さん気をつけてくださいね!
面白かったら是非、★★★&♡&感想コメント&レビューをお願いします!!
by 葛岡
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