第22話 ずらされた何か
「さて、と……」
あくる日の朝のことだ。倉庫で起床したばかりの僕が真っ先に向かった場所があった。それは屋敷の一階にあるリビングと隣接したダイニングルームだ。
というのも、本日の夕方この場所で、屋敷の人間を全員集めた晩餐会が執り行われるからだ。ここで怪しい動きをする人物がいないかどうか見極める必要がある。
ただ、問題もある。日が暮れる時間帯までそれまでどう暇を潰せばいいのやら……。それまで二度寝しようかと思ったけど無理っぽい。実体がないせいか眠気があまりなくて、昨夜はほとんど眠れなかったくらいなんだ。
「時間まで、屋敷の周りを散歩でもしようかな……って、待てよ……?」
そう思った矢先、僕はとある考えが浮かんだ。そうだ。僕は未来から来たわけで、時間を少しずらすことはできないかな?
ミッションカード【時間遡行】を見てみると、僕が戻った日付がしっかり記録されていて、それを指でスライドすることができた。
「え。これって、まさか……」
僕が少しそれを前に進めてみたところ、驚くべきことに時計も同じように進んでいた。既に辿ってきた過去に関しては、こうしてカードの操作で簡単に行けるようになっているのか。
そういうわけで、カードに表示された時間を指でスライドして一分刻みで進めていくと、やがて使用人の姿がちらほらとダイニングに見え始めた。まだ午後の1時くらいだっていうのに、こんな明るいうちから晩餐会の準備が行われるみたいだ。
ちょっと早すぎるんじゃないかって思ったけど、よく考えると一般人の夕食とはわけが違うんだった。伯爵家の晩餐会ってことで屋敷中の人間を集めるんだから、これくらいの時間帯から夕食の支度を始めるのはありえるのかな。
それ以降もカードに表示された時間を少しずつ指で進めていくと、豪華な食事がテーブルを彩り始めるのがわかる。着々と準備が進んでいる証拠だ。もし異変を見逃すようなことがあれば、また指で戻してやればいいだけだ。
グラスが人数分揃えられている。これからワインが注がれるところなんだろう。一人の女性がグラスに液体を注いでいるのがわかる。おや、誰かと思ったらメイドリーダーのファリアンだ。下っ端にやらせるような仕事に見えたけどそうじゃないんだね。
ん、待てよ? 僕はスライドで時間を戻した。今さっき、ファリアンが不自然な動作をした気がしたんだ。
「あ……」
僕は見てしまった。ほんの一瞬の動きだったけど、紙切れから粉のようなものを一本のワイングラスに入れたんだ。
まさか、あの粉はヒ素や附子のようなもので、伯爵を毒殺するつもりなんだろうか? そう思っていたら、ファリアンは薄笑いを浮かべつつ、そのワイングラスを隅のほうの卓上に置いた。あそこが伯爵の座席とは思えない。じゃあ、一体誰を標的にするつもりなんだ……?
ファリアンは足早にその場を立ち去り、再びダイニングルームは実体のない僕を除いて誰もいなくなった。無差別に誰かを狙うとは思えない。あの席に座るのが誰なのか知っている上での一連の行動なんだと思う。
全然何も起きないので強引に時間を進めていくと、ふと人影のようなものが見えた気がした。ん、今のは誰だ……? 僕はそれを確かめるべく時間を戻すことにする。ほんの僅かな間だったけど、確かに誰かがこのダイニングルームに来たはず。もしかしてファリアンが戻ってきた?
「――あ、あれは……」
そこへ入ってきたのは意外な人物だった。スラッとした長身痩躯で壮年の男性には見覚えがあった。執事のルセフだ。何をするのかと思いきや、例の粉が入れられたグラスを手に取って、奥のグラスと入れ替えたんだ。たったそれだけで彼は何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
僕は先が気になるあまり、どんどん時間を進めていく。あの奥の席に誰が座るのかはもう確信できるものだ。でも、それでも予想が外れてほしいと思ってしまう。ダイニングルームにはどんどん人が集まり始めた。
そうして、晩餐会がとうとう始まってしまった。これからここで何が起きるか知っているだけに胸が痛むし、始まってほしくなかったけど仕方ない。
奥の座席に座っていたのは、やはりシャルド伯爵その人だった。そして、ファリアンが最初にグラスを置いた席にはシスが座っていた。決して避けることができない悲劇を前に息を呑む。それでも、ここまで来たからには省略せずに必ず最後まで見ないといけない。そんな使命感のようなものが湧いてくるのだった。
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