第19話 真実への架け橋


 紅茶の香りが漂うリビングルームにて、シスが僕たちに対して力強く語り始めた。


「このお屋敷にわたくしが使用人として招かれたのは少し前のことで、の出来事です」


「さ、30年前で少し前……?」


「わたくしはエルフですから、人間と違って短い時間に感じられるため、時間の感覚のズレはいささかあるかもしれませんけど、どうかご了承をば」


「なるほど……」


 そっか。確かエルフはとても長寿な種族で、100歳でもまだ若いほうって聞いたことがあるしね。


「ゴクゴクッ――ふー、こりゃ中々だな。もう一杯っ!」


「ゴンさん、お行儀悪いですよー」


「な、なぬ!?」


 エルがすっかりゴンの教育係になってる。


「それでは、もう一杯お注ぎしますね」


 シスは微笑みつつゴンのコップに紅茶を注いでみせた。なんていうか、長年メイドを務めていただけあって仕草一つ一つが洗練されている感じがする。


「それでは、お話の続きを致しますね。わたくしがまだ幼少の折……住処を襲って来た魔物に両親の命を奪われてしまいました。それからは孤児院で育ち、使用人を目指したのですけど、トラウマに苛まれてしまい仕事も満足にこなせませんでした。そんな駆け出しのわたくしを雇ってくださったのが、この屋敷の主であるシャルド伯爵様なのです」


 僕たちはシスの話に息を呑んでいた。異世界らしい話ではあるけど、やっぱり魔物が襲ってくるなんて普通にあるんだなって。


「シャルド伯爵様は本当に心配りのできる立派な方で、メイドリーダーのファリアン様もそうですけど、わたくしに目をかけて教育してくださりました。屋敷の雰囲気はとてもよく、わたくしたち使用人の間でも笑顔の絶えない日々が続いていました。忘れもしない、晩餐会が行われたまでは――」


 最後の言葉を口にした途端、シスの顔色が曇るのがわかった。


「それまでご健康でいらした伯爵様が食事中に突然血を吐き、病床に伏せるようになったのです。その日から、が立て続けに起きるようになりました」


「不可解なこと……?」


「はい。屋敷で働いていた者たちが次から次へと辞めていったのです。同僚だけでなく、執事のルセフ様も、ファリアン様も……。それだけでなく、何故かわたくしが伯爵様を呪っていたという根も葉もない噂が立つようになり、誰もが恐れて近づかない場所になりました」


「……」


 なんて理不尽な話だ。シスはシャルド伯爵に可愛がられていたわけで、呪う理由なんて一切見当たらないのに。


「そうして、最後まで屋敷に残ったのが、わたくしとシャルド伯爵様だけでした。とてもやつれた顔で、わたくしに何か仰りたそうにしながらも語ることなくあの世へと旅立っていかれました。伯爵様は真実をお知りになっていて、あえてわたくしには黙っておられるように感じました。それから、わたくしはこの屋敷の手入れを欠かしたことがありません」


 シスが言葉を詰まらせる。30年前というと人間にとってはかなり昔のことだけど、エルフにとってはあたかも昨日のことのように思い出せる出来事なのかもしれない。


「それまでそのような不穏なことは一切なかったのに……。なのでわたくしは、伯爵様が倒れたあの日が怪しいと睨んでいます。きっとそこからすべての歯車が狂ってしまったのでしょう。あの日に一体何が起きたのかは存じませんけど、そこに災いの原因が詰まっていると確信しています。ただ、たとえどんな忌まわしい出来事があったとしても、わたくしはこの屋敷を最後まで守り続けるつもりです」


「「「「……」」」」


 しばらく重い沈黙が周囲を包み込んだ。それまで美味しそうに紅茶を飲んでいたゴンも、シスの話には恐怖を覚えたみたいで吐きそうな顔になっている。エルはというと、体から人間のような手を出してゴンの頭を撫でていた。怯える竜とそれを慰めるスライム。良いコンビだ。


 それにしても、伯爵に一体何があったんだろう。怖いけど真実を知ってみたい気もする。


「あ……シスさん、ちょっといいかな?」


「トモヤ、どうしました?」


「もしかしたら、シャルド伯爵が倒れた日に何があったのか、知ることができるかもしれないです」


「……それは、本当なのですか?」


 シスの表情にはそれまでと明確に希望の色が見て取れた。僕自身も興味があるし、SSRミッションカード【時間遡行】の効能を確かめることもできる。


「本当です。何があったのかを知りたい日さえ教えてもらえれば、その日まで遡ることができます」


「トモヤといいましたか。あなたはやはり只者ではないようですね。ですが、場合によってはあなたの身に危険が及ぶ可能性があるのでは?」


「いえ、それについては実体を伴わないやり方なので大丈夫です」


「そ、そうなのですね……。それなら、トモヤ。早速お願いしてもよろしいでしょうか? これから私の日記をお見せしますので、該当する日について調べてほしいです」


「もちろんです、シスさん」

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