第3話 軍艦狩り3
赤茶けた崖がある水の流れがない乾いた谷。
ムサシは崖の根本近く、落石の危険に配慮した位置にいる。
ひび割れた大地に乾いた埃っぽい風が頬を撃つ。
岩肌は鋭く剥き出しで、自然による傷跡が岩肌を作り、崖から崩れたであろう岩石の欠片や砂が積もり足元に広がっている。
「こちらナギ、通信がそろそろ見つかるかもだから先行隊との通信終わるよー」
ムサシの近くに設置していた手のひら程の携帯用レーザー通信端末から声が聞こえてきた。
ムサシは首を反らし、切立った崖の頂上を見上げた。
「状況データ入手できてるよ、ご苦労さん降りてきてくれ」
高所で通信を行っていたナギを労いつつ、ムサシは作戦実行の緊張感から余計な事に頭を回していた。
レーザー通信でさえ歩行軍艦に察知されるのかと疑問に思いつつも、念には念を入れよだな、相手は野生の軍艦だ。
妙な検知機器が搭載されている恐れもある。
一番検知されにくいと言われている足元からの乗船を実行する上で余計なリスクは背負いたくない。これで良いんだと自分に言い聞かせていた。
改めて険しい断崖を見る。そびえ立つ岩肌の圧迫感が重々しさと荒々しさを見る者に与え、人を拒絶するかのような自然の尊大さを感じる。
断崖絶壁の遥か上方、突き出た多くの巨人の皺のような岩肌に隠れた岩の間に煌めく金色の光が小さく動いていた。
その物体はワイヤーで吊られ降下してくる、先程話していたナギである。
時折、突き出た岩肌を避けるように右に左に揺らし良い感じの所を選び、自由気ままに跳ねるように下降していた。
人の姿がはっきりと確認できる頃の大きさになるとかなりの速度で降りてくるのがわかる。
散々降下訓練やら上昇訓練やらやったもんな上手でなければ困る。なんたってこれからあれ以上のことをするんだ。
ムサシは肩に装備している装置を優しく撫でた。上手に舞わせてくれと祈るように願いを込めた。
断崖絶壁を自由自在に降りられる理由はグラップリングフックシステムにある。
それは、ムサシとアーニャが特許を持つ岩肌などに食いつく先端射出式金属アンカーを筆頭に磁力や粘着吸着機構など、様々な機構が仕込まれ、柔軟で細く高負荷に耐えうる高性能ナノワイヤーで組合された超小型高性能パワーウィンチを持つ上昇下降複合装置にある。
使用者は簡単かつ安全に素早く垂直移動が可能であり、熟練者であれば、どこぞの蜘蛛男よろしく空間移動が可能である。
ムサシの居た前の世界ではかつて命がけであった垂直移動を、まるで娯楽アトラクション様な爽快な体験に変えてしまった。
その装置を使いこなしスルスルと降下してくるナギを、ムサシは眺めていた。
崖の下まであと少しとなるビルの3階ぐらいの高さだろうか、そこから急激に減速して柔らかく大地に降り立った。
ムサシは通信端末を収納モードのスイッチを押した。
コンパクトに畳まれた端末はを腰のポーチに若干手間取りながら収納していた。
「やーやーお疲れお疲れー!喉乾いたから降りてきちゃった。なんかドリンク頂戴」と金髪を揺らし碧眼をムサシに向け、元気いっぱいに声をかけてきた。
「とりあえずお疲れさん。ところでナギィ?クリスはどうしたんだよ、なんかあったのか? 」とムサシは心配気味に問いかけた。
黄金に輝く長い髪を後ろで一つに束ね、冴えわたる青空の様な碧眼を向けて昼には牛追い馬に跨り疾走し、男たちの熱い視線を集めるであろう恵まれた肢体は西部劇にでも出てきそうな雰囲気を持っていた。
軽快に身体を揺らし跳ね回り降りてくる様子は断崖絶壁を移動するカモシカかと見間違うような動きをして近づいてくる。
しかしグラマラスなボディには似合わない腰、太もも、脹脛の外側部を覆った穴抜き軽量化された強化外骨格が無骨さ感じる。
特に異質感を出している鉄の尻尾がある。
それは脚部強化外骨格に付属する第3の手だとナギがいつぞやに説明していたことを思い出させた。
なぜその様な装備をしているか?それは彼女の趣味である。
車両整備で便利だろうと行政に義体申請していたと前に聞いた。
カッコいいだろ?と自慢げにナギは答えていた事が強く印象に残っている。
通りすがりに透き通る声でナギは答える。
「クリスもすぐに降りてくるよ。喉カラッカラなのよ、はやくドリンクぅ~。情報取得したんだからご褒美頂戴な」
尻尾のような巨大で無骨な第3の腕を器用に使いムサシにちょっかいを出していた。
「そのでっかい怪獣王みたいな尻尾どうにかしろよ、さっきからあたって痛いんだよ」
「私の可愛いしっぽちゃんになんてこと言うの?」
ビシバシとちょっかいは余計に強くなった。
「可愛いだろー 可愛いって言えー」
第3の手にもなる機械の尻尾を振り回してナギはさらに謎のアピールをしてきた。
「お疲れさま、ナギ」アミがドリンクを持ってきてナギに渡す。
「サンキュー」とアミから渡されたドリンクを受け取り美味そうに一気に飲み干す。
カラになったドリンクを掲げこの一杯に生きているとでも言いそうな感じなポーズを取っていた。
「あとムサシ。いいニュースと悪いニュースがある」
「なんか無駄に面白い言い方して無理してないか? あ? なんか悪いことあったんだろ? そうだろ?」
「なんだよー、ビビリのムサシ隊長にちょっとしたジョークで気を紛らわして上げようと思ったのにさー」
「で、そのニュースはどうなんだよ、悪い方から頼む」
「はいよ、んとね悪い方は海賊船が襲撃にあって乗船攻撃する部隊の数が少し減った。そして乗船したチームの被害がヤバい」
「クッ、そいつは悪いニュースだ。あぁ最悪だ。チクショウ。で良い方は?期待しても良いんだろう? なぁ?」
「焦りなさんなって、で良い方はね。突入時に危険な砲台やら銃座やらが全部壊れてます。やったねムサシ船には安全に乗り込めるよ」
「うん、それはさっきの通信で知ってる。他には?」
「んとね、あとはぁ~? あ、空が呆れるくらいの快晴です」ナギはもの凄いにこやかな笑顔でのたまった。
「ハハハ、ソウデスネ」ムサシは少しイラッとしながら答える。まぁナギの明るさには助かっているところもあるのでいつものごとく流した。
くだらない雑談をしつつ、緊張を解しているとクリスが崖上から降りてきた。
漆黒と言うよりは鴉の濡れ羽根のような、かすかに深い緑の輝きを感じさせる、しなやかで繊細な腰まで届く長髪を揺らし、髪から覗く素肌は白樺のように、それでいて血色がよい肌色にも感じられた。
それは、細身で背の高い体躯に、気品さをもたらしていた。
表情は雪原に吹きすさぶ風のような雰囲気を持ち、感情をあまり表にだしていなかった。
さらに彼女のメガネが冷静さをさらに上書きしていた。
遠くから見れば氷原のような美しさ、近づける者を寄せ付けない、ミステリアスな魅力を備えていた。
「あの船、凄い。電波遮断してるのかさっぱりよ、装備が最新式なのに光学情報くらいしか情報が得られない。帰ったら対策考えて調整しないと。あぁ、ちゃんとした調査がしたい、設備さえあれば色々できるのに」
その瞳の奥には燃えるような熱い探究心と知的好奇心を隠しきれていなかった。
クリスは長い髪を揺らし自分のセンサー類に文句を言いながらムサシたちに近づいてきた。
「クリスもお疲れさま、はぃドリンク」「ありがと」
アーニャがドリンクをクリスに渡していた。
金色と漆黒の髪を揺らす二人の美女が立ち並んでいる。
どこかのランウェイでも歩いているであろうモデルのような二人ではあるがその姿には所々機械的な拡張部品が見える。
彼女らはサイボーグ化して身体機能を拡張している。
ナギとクリスは事故により身体の一部をサイボーグ化している。
その費用を支払うためにこの作戦を持ってきたファンティア市長のサラに斡旋され、ムサシについてきていた。
クリスは先程までは鋭い氷柱ともとれる冷静さを感じていたがチーム最年少のアーニャに向けては燃える焚き火から伝わる柔らかい熱を思わせる優しさを感じさせた。
彼女は一息つきながらも、自身に装備されている装置に若干苛立ちながらチームの癒し担当から栄養を補充していた。
「アーニャ、ありがとね、ドリンク美味しかった」
「クリス、なんか調子悪そうだね、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと気が散るくらい。問題ないわ。今回は調査機器をたくさん持って行くし色々と干渉するもの多いからかな? あぁ身軽になりたい。特に頭につけてる防御装置がチリチリ雑音が多くて鬱陶しいのよ」
クリスはアクセサリーを鬱陶しげに触り、アーニャの問いに答える。
「でもそのアクティブ防御がないと、銃撃や破片弾を、まともに食らっちゃうよ?」
アーニャがクリスに問いかける。
「そうねぇ、そうなのよねぇ、ありがたいのはありがたいのだけどねぇ」
とクリスはしみじみと言う。
「しっかしよぉ、俺にもくれるなんて太っ腹だね。まだ動いたこと無いんだけどこれ。ほんとに防いでくれるのコレ」
ムサシは耳装備の一部を撫でる。
各位それぞれにアクセサリーのように身に着けているアクティブ防御システムに触れる。
「私は何回か起動したことあるけど。一瞬光ったり光学シールドみたいな薄い板が出て防いでくれるよ。
DOTだから原理はよくわからないらしいけど、効果は保証するよ。特にムサシ、無理言って貰ったんだから大事にしてね」
と、アミがアクセサリーのような、イヤリングにも見えるアクティブ防御システムを触りながら言った。
「せっかくスポンサー様から怪我でもして美しさを損なわないでくださいなんて釘を刺されて貰ったんだから。ありがたく使うように。まぁ、作動するような事にならないように皆には立ち回りをみっちり仕込んだんですけどね? システムを作動なんかさせたら、後で猛訓練だからね?」
アミが鬼教官の目つきで、みんなに問いかける。
「よーし、良いかみんな。じゃぁ!ブリーフィングだ」
すかさずムサシが話をそらそうとする。
ムサシはホログラムに、レーザー通信で受け取った軍艦情報を出力した。谷を進む軍艦の姿が映る。
「谷の中央、隠れる所があまり無いから歩いて近づく。アクティブセンサー類は切っておけ。ここに居ますって教えることになるからな」
ホログラムの重巡がアップになり、各部署を指さしながらムサシは説明してゆく。
「現在、主砲は左舷側を向いている、更に銃座が多く潰れている右舷側から攻め込む、つまり砲撃の爆炎に巻き込まれずに乗り込める。繰り返す軍艦の右舷側から上がり込む、いいな? 最も安全と思われる状況だ。!! このチャンスで取りに行くぞ!!」
アミがムサシの隣に立ちホロの前に移動して話を続ける。
「乗船攻撃中の武士団がある程度は艦内防衛隊の数を減らしていてくれるはずだ、だが、味方VFはすでに撃破され無いものと思われる。おそらく艦内では防衛隊と遭遇し戦闘となる。特に隔壁ドアからのエントリーには注意しろ。今まで鍛えたスキルを総動員して状況を有利に進めろ」
アミは強い口調で皆に指示を飛ばす。
しばらく、沈黙が続いたのち、ムサシが落ち着いた口調で語りかける。
「訓練ではうまくやれているんだ。俺たちなら、うまくいくさ」
甲板に降り立つポイントから艦内へと侵入するハッチまでのルートが表示される。アミが端末を操作しながら作戦詳細を言う。
「艦のコントロールを行っているのは艦橋下の中央司令室、上部構造物にある操舵室の2つ。ルート距離が比較的短い操舵室を狙うのがセオリーである。なので目標は操舵室。先鋒はアーニャ、次に俺。中盤をアミ。後続をナギ。殿をクリスとする。頼むぞみんな」とムサシは強めに言い放つ。
「了解」
皆、声を揃えてムサシに答えた。
「とかっこよくキメてみたけど、ヤッパリ怖いんだけど?どうしようアミィ」
ムサシが情けない声で、アミに問いかける。
「この臆病者、いい加減にしないとオシリ蹴っ飛ばすよ?」アミが呆れた感じでムサシを睨む。
「私も蹴る」とアーニャが真面目な顔してムサシに言い放つ。
「SVR訓練の強度上げたほうが良かったかな? それとも短時間で切り上げたが失敗だったかな? ムサシだけでも時間かけて強度上げて脳焼きすべきだった? でもなぁスケジュールタイトだったしなぁ、あの基地だと対人戦争用だし、限界もあるからなぁ、実地訓練も積ませないとだったし…やはり訓練、実地訓練が甘かったかな? 」
ギロリとアミが睨みつけてくる。思い出されるアミの特別訓練。
ひたすらにあれは地獄だった、いや地獄など生ぬるかった。
「ウソウソ、冗談だよ冗談。せっかく回ってきたチャンスだ。取りに行くぞ重巡でも艦は艦だ。今の俺達にはありがたい戦力となる」
ムサシは慌てて取り繕う。
それしか恐怖を消し去る方法はないと無いと判断した。
どちらのほうが地獄であるのかと。
アミの訓練は実戦と比べても、実戦のほうがマシであったと身体が記憶している。
実戦は死ぬかもしれない危険性はあるが、それゆえにお膳立てがあり、計画通りであれば驚くほど簡単に終わる場合もあるからだ。
プラス思考でいこう。
とムサシは心の中で自分に言い聞かせた。
「さて、みんな。作戦開始まであと僅かです。装備がまだの人は手早く準備しましょう」アミの目が厳しく光る。
アミと俺は現代歩兵装備である。
現代というのはムサシがいた時代の現代である。
転移者によって若干違いはあるがいわゆる西暦20XXあたりの装備である。
中には西暦すら違う言い方の人達もいるが便宜上、この世界では現代と言われている。
それに比べると、ナギとクリスは外装装備を除けばスッキリとしている。
ピチピチのラバースーツが特に近未来映画を思い出させる。
クリスはボディアーマーにシンプルなタクティカルギアを装備。
無骨な第3の腕とそれを支える脚部外骨格装備だ。
最近のナギのお気に入りは尻尾に対物ライフルをマウントさせて銃撃の際に支持アームとして活用することだ。
なので今回の作戦に当然と、銃だか小型の砲だか、なんとも言い難いデカブツを装備している。
そこに重たい防壁扉破壊用爆薬、プラズマカッターを持って行くからどんだけの重量になるか恐ろしくなるほどだ。
とはいえ、グラップリングのワイヤーが耐えるくらいだから、それほどではないらしい。
サイボーグ体のナギは力持ちである。
最後に子供用西洋甲冑にスラスターが付いたSF未来兵器映画にでも出てくるようなパワードスーツを着込むアーニャ。
準備は整った。オレたちのミッションが始まろうとしていた。
「さぁ、いっちょ、軍艦狩りといきますか!!」
ムサシは軍艦が来るであろう谷の先を眺めて、自分に言い聞かせるように言い放った。
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