歩行戦艦ビーケアフォー 絶対対艦歩行主義

深犬ケイジ

1章 軍艦狩り

第1話 軍艦狩り1

 曇りのない青い空から射すような光が降り注ぐ。


乾燥した風が吹く赤茶けた広大な荒野が地平線まで続いている。


100mから300mの岩山やテーブルマウンテンの岩肌に日光が反射し頂が輝く。


記念碑の様に佇んでいるかのようにも見える地形はどことなく人類を拒絶しているかのように思えた。


転移者の男は幼いころテレビで放映されていた大自然特集アメリカ西部モニュメントバレーの風景を彷彿とさせる光景を眺めていた。


乾いた光景の中に砂塵を舞い上げ、四脚をゆっくりと動かし進む軍艦がいた。


その歩行軍艦の構造物は多くが損傷し破壊されていた。


しかし巨大な艦を支える太い脚にはまったくの無傷であった。


海に浮かんでいたら見ることはできなかったであろう喫水線以下は綺麗なものであった。




その歩行軍艦は旧日本海軍の最上型重巡洋艦に似ていた。


しかし、似ているのは艦影だけであった。50口径20.3cm連装砲塔4基、各種対空砲を備えてはいたが破壊を免れた艦橋構造物の形状に違いが認められた。


何よりの違いは艦橋が最上型より一回り大きかった。


なぜならば大きく重厚な装甲が追加されていたからである。


現地改装の結果なのか、何度も破壊されては大急ぎで修繕した様子を伺える荒っぽい仕上がりであった。


破損個所を塞ぐように人ほどの大きさの自動人形達が応急修理をしている姿が見える。


それ故であろう。




 歩行軍艦の後方に迫ろうとしている数十車両の集団がいた。


ハンターによる軍艦狩りの一団であった。


前方には新旧様々な時代の車両が入り乱れているが後方の車両は比較的21世紀初頭世代の車両で構成されていた。



最後方には装甲車主体であるが、まばらに戦車がいる部隊であった。


まだ、遠距離であるために砲塔が存在する車両がまばらに攻撃準備をしている。


そして左右に広がり陣形を展開しようとしていた。


軍艦は巨大ゆえに、歩行をしているような脚の動作で車両と同じ速度を出しているように見えた。


だが、その距離は徐々に縮まりつつあった。


先陣を切る軍用4WD車が無秩序に走っている多くの車両上部には場違いな日本の戦国時代に居るべきであろう武者達が居た。


戦国時代初期辺りの武者の格好をしていた。


その武者は何やら手の甲にある情報端末を操作する。


すると武者たちの鎧の一部から鈍い光を放ち次第に光量を強めていった。


サイバーパンクと戦国武者が融合したような、その鎧の縁や兜の索敵用電子装備から放たれるLEDの光は、まるで過去と未来が融合したような武士が戦場に降臨していた。


そして、その武者達は刀や槍の他に対戦車擲弾発射器や小銃火器類を装備していた。


指揮車両の上部ハッチから立ち乗りをする見栄えの良い派手な頭飾りを陽射しに煌めかせたリーダー格の武者は、通信機を伝って仲間に威勢の良い響きで檄を飛ばす。


「これより戦闘に入る。かねてより追っていた軍艦に再度まみえる。千載一遇の好機である。一番槍には恩賞を授ける。各位奮戦されたし… 」




 指示と共に一団は戦闘状態に入る。


車両から身を乗り出した武者たちの鎧が、揺れに合わせて鈍い光を放ち始め、次第にその輝きを増していった。


まるで、これから始まる戦を前に武者震いしているかのようだった。


色とりどりの先駆けの武者たちが乗る車両群はさらに加速を始める。


先駆け集団の中のとある車両には若武者が居た。若武者は初陣であった。


「軍艦狩りじゃぁよ、運が良く軍艦を狩れれば艦の正式な主に選ばれるんじゃろ? たとえ俺が選ばれなかったとしても、マスター権限を無理やり奪いって我らの船になるんじゃろ?ともかく 勝ち取るんじゃぁ」


若武者は興奮した様子で仲間に語り掛ける。


「若けぇのは夢があってええのぅ。もぅ手に入れた気でいらっさる。お前さんが選ばれると決まったわけじゃなかろうて。手に入れることができたら。ええのぅ。だがまだわからんぞ? 」


ボロボロの鎧を纏った老武者が答える。


「運が悪く艦内防衛システムに邪魔をされてしもたら、そん時は乱取りじゃぁ。強盗よろしく適当な物資や機械類、情報なんかを強奪すりゃええ。ハンター組合やらが高く買ってくれるわい」


機械化された武者が悪い顔をして話し出した。


「少し腕のある技術者がいればのぉ、良かったんじゃがのぉ。動力炉なり制御室を破壊してしまっての。軍艦そのものをお宝の山に変えてしまってもよいんじゃが。なるべく軍艦を破損させないで手に入れた方が良いからの。うま味を残して艦を手に入れたいもんじゃ」


老武者は獲物を撫でながら周りに語り掛ける。


「こんな機会はめったにない。なんせ今回は危険な砲塔や銃座が損傷してて仕事がやりやすい。人形どもを蹴散らして中に入っちめぇばゆっくりと内部から制圧して。ウハウハよ。海賊の連中との契約もあるが乗込んだらワシに有利な条件で報酬分けができる。お若いのこれが初陣だなんて幸運じゃの。だが武者震いをしているのは感心せん」


機械化された武者は生身の顔を屈託のない笑みを浮かばせて若武者に語り掛ける。


「危険度が高い先駆けじゃぁ、仕方ないだろうお頭はその辺を考えてくれるからの、無暗に突撃するわけじゃぁない。お頭がそれなりに考えているのは理解してる。そもそもワシは小物を狩るのは飽きたんだ」


若武者は少しむっとしたようであったが高まる興奮に身を委ねながら返答する。


「わしやぁ。小物でコツコツ稼ぐのも嫌いではないぞい」奥にいた古参兵は静かに言葉を放つ。


「そんなに怖けりゃ、都市のハンター達に混ざればよいものを。安全策を取り対象艦を破壊し利用価値のあるものを回収する。それが奴らのやり方じゃろて。ワシらみたいに先駆けせんでもよかったろうに」


老武者は若武者に優しく問いかける。


「でかい褒賞が欲しい。軍艦がワシのもんになるなら幾らでも命を懸ける。挑戦すべきだ。それに都市の連中に舐められてはイカン」


若武者は自分の装備を強く握り自分に言い聞かせるように声を張った。


「ワシらは舐められたらアカンからのぅ。お若いの、急ぐとすぐ死んじまうぞ? お前みたいな若造は、まだまだ小物でも狩ってた方がよいと思うのだがの。ホレ、丁度いいのがそこらにおる」


ボロい機械化された武者は、生身部分が多く残る顔で優しい笑みを浮かべ、鞘に入ったままの刀で車外を示した。


示した先には機械獣や攻殻類が遠くから警戒してハンター達を観察している様子が見えた。


普段はそれなりのリスクで手軽に狩れる小型の獲物である。武者ハンター達、普段の狩りの対象でもある敵性体は見逃されていた。


見逃された幸運な獲物達は、自分達に危機は訪れないと悟ったのか、ゆっくりと危険な戦場地帯から離れていった。


獲物と定められたのは歩行軍艦だったからである。


「目の前に手負いの軍艦がおるんじゃ、あやつらなど目に入らんわ」


「向こうさんも。主には興味ないとよ。良かったのこれで軍艦に専念できる」


「この一戦。取り逃がしはせんぞ!!者どもこれより死地に突入する」「「おぅ!! 」」


武者達は気合いを入れ、戦支度を整え戦闘状態に移行する。


その威勢のままに先駆けの集団は速度を上げ。後続の部隊は攻撃を始めた。


車両からの攻撃はたちまち命中弾を出す。


だが、歩行軍艦の主砲からの繰出される大口径砲弾は、車両集団を捉えられず狙いを大きく外し有効弾を与えられることはできなかった。


その砲弾は大地をえぐり取り、荒野に似合わぬ小さな傷跡を残す事がほとんどであった。


重巡洋艦クラスの主砲等の威力は凄まじく、高角砲や銃座からの攻撃が厳しいからだ。


だが獲物の歩行軍艦は手負いである。


砲撃によって吐き出される鉄量は少なく、そして薄かった。


それ故に車両集団のハンター達は遮二無二に距離を縮め歩行軍艦に迫ることができていた。


攻撃の手数が少ない損傷艦は絶好の獲物であった。


左右に展開した部隊は回避運動を行い隙を見つけては砲撃を行っていた。


主砲塔の死角を避けるような行動をとり、射撃間隔を伺いながら攻撃を行う。


だが、放たれる攻撃せいぜい120mmクラスの砲弾による攻撃だ。


軍艦に致命打を与えられず歩行軍艦の速度を落とすには至っていなかった。


歩行軍艦を狙うハンター達の車両は、歩行軍艦の生き残った数少ない砲塔や銃座を潰しまわった。


そしてついでの様に自動防衛人形などにも攻撃を加え、歩行軍艦の攻撃手段を奪っていった。


戦況がハンター達に有利に動いてあと少しで歩行軍艦にたどり着こうとしたその瞬間、先駆け集団に被害が発生した。


一番槍を獲得しようと、やみくもに突っ込んでいた一部の車両が派手に吹き飛んだ。


「新米どもがやられたのぉ。派手に吹き飛ばされよった」


「よかぁ死にっぷりじゃ、イクサガ原に行っても良い戦士と迎えられるのぉ」「うむ天晴じゃ」


「うらやましぃことだ」


「うむ見事、次はわしらの番じゃ」


「実に良い死に場所じゃ」


武者達は狂気と狂乱の狭間にでもいるかのような表情を浮かべて深く静かに呟いた。


無残に転がってゆく仲間の残骸を避け、後続部隊の車両が歩行軍艦に迫っていた。




左右に展開した攻撃部隊の殆どは武者達とは雰囲気が異なり21世紀序盤の装備をしている。


彼らと武者達は別の価値観で動いているようであった。


その中心で指揮を行っている車両で、大声を喚き散らす武者達の通信を聞いていた通信兵は、顔をしかめて嫌悪感を露わにしていた。


武者達とは違い左右に分かれ砲撃を行ってゆく。


その射線は、歩行軍艦の構造物を破壊しようと、高所にいる敵を狙うような角度をつけていた。


激しい攻撃ではあるが車両から放たれる砲弾は厚い装甲ではじかれ軍艦の外殻をには損傷を加えられず、銃座などの非装甲物を破壊していった。


やがて武者達の車両は最短ルートで歩行軍艦に突き進んだ。


小口径火器の攻撃を掻い潜り、いくつかの車両は歩行軍艦の足元までたどり着き、グラップリングフックを使用して強行乗船を行っていた。


武者達は船体に取りつき上昇の勢いのまま甲板にたどり着く。そしてそのまま近距離戦に移る。


銃器を使う者もいるが大半は金属両断が可能なヒートブレードを使った白兵戦が主流であった。


自動防衛人形達との激しい戦闘があちらこちらで始まっていた。


甲板の情勢は歩行軍艦側に有利に働いていた。


艦内から次々と防衛用機械が出てくるからである。


歩行軍艦の防衛力は削られたと言えまだまだ健在の様であった。


ようやく甲板にたどり着いた武者達であったが2m級の自動防衛人形の攻撃によって蹴落とされて数を減らしていた。


短い時間ではあったが甲板において壮絶な戦いは終了した。


歩行軍艦側の攻勢が完全に優勢となり、甲板での乗船攻撃は失敗と判断し、サイバー武者達は撤退行動を始めた。


未帰還者を出しながらも、車両集団はスモークを焚き、歩行軍艦から回避運動をとった。


スモークが撤退路を十分に隠すと、牽制攻撃を止め完全な撤退行動に移った。


お互いにお互いに攻撃の手を止めた。そして辺りには歩行軍艦の駆動音が静かに響いていた。




しばらくの時間が経過すると歩行軍艦の主砲塔は主砲角度を上方に向け始めた。目標を車両集団のはるか後方に照準を変えていた。



その照準の先には軍艦がいた。その軍艦は地平線から徐々に現れるわけでもなく、突如として蜃気楼のように揺らぐ艦影を出現させた。


はっきりと艦影が現れると同時に微かな光と艦影を覆うほどの巨大な黒い煙が発生した。遅れて爆音が響き渡る。


砲撃を始めた4脚の軍艦は、蜃気楼のベールを吹き飛ばしたかのように、はっきりとした姿を現した。


その軍艦と表現するには些か歪であった。


所々に髑髏のデザインをあしらったペイントが主砲塔等に描かれ、船体には相手を威嚇するように主張が激しいタイガーパターンを備えていた。


極めつけは黒字の生地に白の髑髏が描かれた海賊旗を至る所に掲げていた。


その艦砲射撃は凄まじく、辺りの赤茶けた地面をえぐり取り、歩行軍艦にとっては壁のような土煙さえ発生させてた。


最初の砲撃数発は大きく外れて前方に着弾していたが、攻撃回数を重ねるうちに正確に歩行軍艦を捉えるようになっていった。


脚や艦の喫水線以下に至近弾が出始め、そのうち命中するようになったが何かに阻まれているようで効果はないように見えた。


歩行軍艦の脚や喫水線以下には強力なエネルギーフィールドがあり、攻撃による影響を受けても粒子的な淡い光をあたりの空間に放ち、無効化していたからだ。


だが、数発が歩行軍艦前方甲板に直撃し、前方の主砲塔ごと多くの自動人形を吹き飛ばす。


その損傷は歩行軍艦にとって戦闘力低下による危険性を悟ったのか、身を隠すように岩場の多いルートに進路を変える。


そのルートは自由な進路をとれる広大な荒野と違い、移動方向が限定される。


船体を隠すほどの丘や大岩に身を隠すことが可能で、逃げるのに都合が良かった。


歩行軍艦は岩肌に船体をぶつけながらも全速力で突き進んでいた。


射線を切り、海賊艦からの攻撃を逃れられたかと思われた直後、歩行軍艦は別の者達からの攻撃を受けることとなる



高さの1.2倍ほどの高さがある渓谷に追い込まれた歩行軍艦は爆走を続けていたが、地形に沿って走らされる。


海賊艦からの艦砲射撃は地形によって遮られて、攻撃を受けることなく狭い谷底状の地形を器用に進む。


しかし、すぐに別の者達からの攻撃を受けることとなる。


新手の爆発が起こり、全長4mから8m程の人型兵器ヴァリアブルフレームの集団に襲われた。


両側に切り立った崖の上にいる人型兵器の群れに襲撃される。


歩行軍艦を見下ろす絶好のポジショニングを取ることができた人型兵器達は、歩行軍艦の兵装に照準を定め、手持ち武装の口径30mm機関砲や75mm低圧砲で、的確に脅威となる歩行軍艦の攻撃手段を奪っていた。


襲撃者はおおよその脅威を排除すると、地形上の大岩などの障害物等をVF用グラップリングショットを用いて3次元的機動を行い、俊敏に移動を行いつつ歩行軍艦に迫りながら攻撃を加えていた。


やがて、所々に待ち伏せているサイボーグやパワードスーツの陸戦隊が支援攻撃に入り、弾幕を張り巡らし、激しい波状攻撃を行った。


さらに歩行軍艦の銃座や対空砲は次々に損傷を与えられていった。


また、その余波に巻き込まれる自動防衛人形群が多くの被害を受けていた。


彼らは環境構造物破壊の巻き添えや直接的なターゲットとなり、数を減らしていった。


それでも歩行艦は速度を落とさずに、脅威から逃れようと障害物の多い地域に突き進んでいた。

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