spiRit&beAst

神崎

第1章 転生したがまたも重役を任されるようです…


 真っ暗な空間。

 無音の世界に、ただ心臓の鼓動だけが響く。


「……ここは……?」

 

俺――藤堂航は、ゆっくりと意識を取り戻した。記憶が途切れる直前、確かに夜道を歩いていたはずだ。視界の隅に迫るトラックのヘッドライト、その瞬間の衝撃……そこまでしか覚えていない。


「つまり、俺は……死んだのか」

 

口にしたと同時に、光が落ちた。闇を切り裂いて、ひとりの女性が姿を現した。

 長い黄金の髪、透き通るような白い肌。威厳を漂わせながらも、どこか人間味のある微笑を浮かべる。


「……ようこそ、迷える魂よ」


 その声は、あまりにも美しく、慈愛を帯びていた。


「あなたは……誰だ?」


「この世界を司る一柱にすぎません。人は私を、女神と呼ぶでしょう」


 女神……か。という事は、やはり死んでしまったのだろう。


「ええ、あなたは確かに命を落としました」


「……勝手に人の心を読むなよ……で、ここは死後の世界?」


「正確には“中継地点”です。死んだ魂を別の行き先に導く場所」


 女神は静かに言葉を継ぐ。


「あなたを呼んだのは偶然ではありません。藤堂航、あなたの魂はとても珍しい形質を持っているのです」


「形質……?」


「世界の“理”を拒む力。規則や制約を上書きし、あり得ない現象を可能にする。……前世のあなたは自覚がなかったのでしょうけど」


 俺は思わず苦笑した。


「理を拒む? 俺の人生、無茶苦茶だったのは認めるけどな。就職氷河期に飛び込み、残業漬けの会社にしがみついて、最後はトラックに轢かれて終わり。どこに理屈を拒んだ要素がある?」


「生き延びてきたことそのものが奇跡です。普通の人間なら、とっくに心を壊していたでしょう」


 女神の瞳は真剣だった。


「この力を欲する世界があります。藤堂航、あなたを転生させたいのです」


「転生、ね。……それって要は“お前の都合に巻き込まれる”ってことだろ」


「否定はしません」


「正直、もう休みたいんだが……」


 俺の言葉に、女神はふっと微笑を消した。


「…… 藤堂航。この世界には、私の同胞たちがいます。けれど、彼らはすでに人間のことを見限りつつあります」


「見限る?」


「世界を侵食する魔王、終末の獣。人間たちは弱く、勇者は何度挑んでも敗れました。神々の一部は“この世界を捨てるべきだ”と口にし始めている…」


 女神の声音は低く、切実だった。


「私は、それを許せない。だから……禁忌を犯してでも、あなたを呼んだのです」


「禁忌?」


「異世界から魂を引き寄せる行為は、神々の掟で固く禁じられています。あなたがここにいることを知られれば、私は罰を受けるでしょう」


 なるほど。つまり、俺は神様同士の綱引きに利用されたってわけだ。


「じゃあ、俺が転生を拒んだら?」


「……この場で魂は霧散し、二度と輪廻に戻れません。永遠の虚無に消えるだけです」


 随分と一方的な選択肢じゃないか。だが――女神の目は冗談を言っている色ではなかった。


「仮に転生する事を選んだら何をすればいいんだ?」


「“生きる”こと。それだけでいいのです」


 あまりに抽象的すぎて、思わず眉をひそめる。


「生きるだけ?」


「はい。あなたが存在することが、この世界の均衡を変えます。必ず、出会うでしょう。精霊に愛されし者、獣の血を継ぐ者……そして、あなたの運命を揺るがす女性に」


 女神は一歩近づき、俺の額にそっと手を当てた。


「あなたに授ける加護は――『絶対なる力(オーバーライド)』。この世界のあらゆる法則を、あなたの意思で上書きする権能です」


「……なんだそれ。万能すぎないか」


「万能ではありません。万能に“見える”だけです。……その真の意味は、あなたが歩んで知りなさい」


 女神の瞳が、一瞬だけ翳る。まるで後悔を隠しているように。


「最後に一つだけ。藤堂航――」


「なんだ」


「この力は、あなた自身をも蝕むかもしれない。それでも、進む覚悟はありますか?」


 俺は少しの間だけ黙り込む。

 だが、何故か胸の奥から笑いがこみ上げてきた。


「はは……結局、こっちの世界でも無茶しろってことか。上等だ。どうせ一度死んだ身だ。だったら、もう一度くらい人生やってやるよ」


 女神の表情が、わずかにほころんだ気がした。


「……ありがとう。あなたの選択を、私は決して忘れません」


 次の瞬間、眩い光が世界を覆った。

 俺の身体は溶けるように白に包まれ――新たな運命へと投げ出される。

 その刹那、女神の呟きだけが耳に残った。

「どうか……あの子を救ってあげて……」


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