荒野の甲子園

まかない

第1話 希望なき学園

荒神高校のグラウンドは、荒れ果てていた。

雑草は膝まで伸び、フェンスには穴があき、バックネットは破れたまま。

雨水にえぐられたマウンドの上で、一人の男が立っていた。


部長――佐久間信司。

この部で唯一真面目だが、絶望的に下手くそな野球部員だった。

彼は錆びついたトンボで必死に地面を均しながら、心の中で呟いた。


「……今年も、もうダメか」


そんな彼の背に、ふらりと一人の影が落ちた。


「グラウンド、まだ使えるんだな」


振り向けば、新入生の神谷蓮が立っていた。

中学時代、全国五本の指に入ると呼ばれた二刀流の天才。

だが、全国大会ベスト8で仲間のエラーに泣き、野球への情熱を失った男だ。

学力のなさから、この北村高校へと流れ着いた。


「……やる気はねぇよ。ただ、入れって言われたから来ただけだ」

神谷は吐き捨てるように言い、グラウンドに腰を下ろした。


そこへ、さらに奇妙な連中が現れる。


部室から布団を抱えて出てきたのは、小林泰造。

二十一歳、留年の果てに家をなくし、今や部室を住処にしている男だ。


「おー、また新入りか? ここは居心地いいぞ。屋根もあるしな」


続いて現れたのは、タバコをふかしながら歩く藤井隼人。

未成年でありながら酒と煙草漬け、教師すら手を焼く問題児。


「真面目にやる奴なんていねぇよ、この部は」


その横で、金属バットを肩に担ぐのは、かつて全国に名を馳せた不良、鬼塚翔。

喧嘩の武器として振るったバットの延長で、いつしか打撃センスを身につけていた。


「……殴るより、打つ方が気持ちいいかもな」


やがて姿を見せたのは、元サッカー部ゴールキーパーの南条翼。

その大きな体と反射神経で、ファーストとしての素質を秘めていた。


さらに、分厚いノートを抱えた久我智也が現れる。

典型的なチー牛だが、頭脳は明晰。データ野球に興味を持ち、キャッチャーとしての資質を見せる。


そこに二人が加わった。

足の速さだけが取り柄の元陸上部、風間涼。

そして体重120キロ超、打球を飛ばすことだけが武器の巨漢、大熊剛。


――9人。


「人数だけは、揃ったな」

佐久間部長が呟く。


その瞬間、背後から重い靴音が響いた。


「……集まったようだな、ガキども」


現れたのは、漆黒のスーツに身を包んだ男。

荒神組若頭――黒田剛志。

この野球部の新監督であり、元帥の右腕であった。


「いいか。ここで負けるのは許されねぇ。勝つか、潰れるかだ」


監督の眼光に射すくめられ、誰一人として声を出せなかった。

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