3.凄惨な暴力描写、真秀を加害しない男を探す方が難しい



 ぼんやりあらすじとキャラがわかる程度のほぼ初見状態で、私は銀金の再読を始めた。


 まずタイトルがいい。銀の海、金の大地。おそらく「金の海 銀の大地」ではだめである。「純銀の海 白金の大地」とかでもだめ。一気に雑感が入って安っぽくなる不思議。

 私の脳裏に浮かぶイメージは、四方を銀のしぶきが飛ぶ海に取り囲まれ、豊かな大地には黄金の稲穂が実り、重いこうべを垂れる秋の風景。

 日本、秋津島、大和まほろばを、これほど美しく詩的に表現したタイトルもないと思う。もうタイトルだけで優勝。


 舞台は4世紀ごろの日本。真秀が「来れば母親の薬をやる」という美知主の言葉に釣られ、兄の真澄と共に船に乗って息長おきながから丹波へ行く船旅のシーンからスタートする。兄の真澄は目が見えず、耳が聞こえず、口もきけないが、真秀とだけは心で会話できる美形。

 丹波について真秀を着飾らせてみたら、めちゃくちゃ美人なことが判明する。でもって、息長の首長で叔父の真若王に目をつけられる。

 身分が奴婢同然に低いのに若くて美しい、こういう娘がどうなるかはもうわかりきったことで不穏な空気が漂い始める。

 息長に戻った後は、案の定村の男たちに襲われかけるし、真若王にもセクハラされる。ピンチに陥ったところで、真秀は初潮を迎えてパニック。

 生理中の女たちが籠もる忌み屋で数日を過ごすが、生理が終わっても真若王の命令で忌み屋に留め置かれ、やっとのことで病身の母と兄がいる小屋に戻ったら、真澄はどっかの知らない女に犯られていた。


 ……。

 ここで、私はいったん本を閉じた。そして思った。

 あの……氷室先生、ちょっと展開がハードすぎやしませんかね?

 走り始めたばかりなのに、すでに心臓破りの坂にさしかかっているんですけど?


 しょっぱなからこれということは、今後はどんどんハードルが上がる気がする。というか、そんな話だった気がする。

 昔読んだときにショックを受けた記憶はないが、それはあまりにも無知で無教養で世間知らずだったために、この話を理解していなかっただけではないのか。

 角川ルビー文庫ではないが、何が起きているのかよくわからないまま読み流していた可能性が高い。


 不安は当たった。書き出すのも憂鬱なので割愛するが、その後の展開も陰惨極まっていた。真秀を襲う暴力の嵐は、読んでいるだけで身が縮む思いがした。

 銀金には多くの男性キャラが登場するが、真秀に直接かかわる男たちの中では、彼女を殴らない男、加害しない男を探す方が難しい。私もこれまで様々な小説を読んできたが、戦闘員や軍属ではない一般人なのに、ここまで殴られる女性主人公も珍しい。


 直接的に殴らない男は、真澄、美知主、耀目かがめ波美王はみおうなどがいるが、彼らは真秀に対して殴るよりも酷いことをする。真若王のようなわかりやすい性加害ではないが、何をするのかは直接読んで確かめて欲しい。真綿でじわじわと首を絞めるような、しかし苦しむ寸前でふっと手を緩めるような傲慢さ、不気味さがあって読んでいてゾッとした。

 これを、真秀を成長させるための必要な試練とは思いたくない。精神的なものであれ、肉体的なものであれ加害は加害である。ファンの方には申し訳ないが、私は彼らの誰も好きにはなれなかった。

 真秀に性欲や悪意、殺意、政治的な思惑、商品としての利用価値をいだかず、加害もせず、打算もなく協力してくれるのは、醒めたチャラ男の須久泥王すくねおうくらいではなかろうか。


 真秀は、真澄の生き写しで佐保の王子・佐保彦(真秀の叔父であり従兄弟でもある)を好きになるのだが、佐保彦も真秀の額にかわらけを投げつけてくる。真秀は傷つき血を流す。痛い。読んでいるこっちも痛い。いや、いきなり憎しみと物をぶつけてくる男のどこがいいんだろうか。好きになる理由がわからんて。やっぱ顔なのかな?


 野蛮で理不尽な世情は、真秀だけでなく、彼女に関わる人間たちも容赦なく苦しめ、死に至らしめる。

 新キャラが出てきて真秀と交流し、心の疎通がかなっても長くは続かない。真秀に好意を持ち、優しくしてくれるキャラは大抵死ぬか心が壊れてしまう。

 この凄惨な暴力や殺人描写は、氷室先生の筆力ならいくらでもぼかして婉曲に書くことができるだろうに、一切の妥協がない。直球である。少女小説に許される表現のギリギリを攻めるどころか、限界突破しまくっている。

 美しく、そして鋭い刃物のような一文が胸にザクザクと突き刺さってくる。めった刺しである。


 一応言い訳をすると、私は歴史小説やホラー、ミステリー、クライム小説、ピカレスクロマンが好きでよく読むため、暴力や残虐描写にはかなり耐性のある方だと思う。逆に耐性がないと、これらのジャンルは読めない。戦争、拷問、殺人、凶悪犯罪といった残虐かつ悲惨な描写が売りでもあるし、ミステリーは人が死んでなんぼだし。

 それなのに銀金を読んでこんなにも打ちのめされたのは、私がこれをあくまでも少女小説だと信じていたからだろう。少女小説といえば、イメージは「赤毛のアン」「あしながおじさん」「秘密の花園」「若草物語」などであって、基本的に露骨な性描写や暴力描写とは無縁である。こちらもそのような描写はないものと思って読む。

 銀金も一般文芸か歴史ロマン小説で出版されていたら、ここまで衝撃を受けずに済んだのかもしれないが……。

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