第55話
第55話 偽りの声と晒しの罠
──「水瀬アカリ」を名乗る偽アカウントが現れた。
それはある晩、唐突に私の監視網の中に飛び込んできた。SNSのタイムラインに流れてきたクラウドファンディングのページ。そこには、私がかつて泣き叫んだときの顔写真が切り抜かれ、涙を浮かべた“哀れな少女”として飾られていた。もちろん、盗用。プロフィールにはこう記されている。
> 「私はネットリンチで全てを失いました。どうか助けてください。支援を──」
振込先、投げ銭リンク。賛同するコメントがずらりと並んでいた。
「アカリちゃん頑張って」「応援してるよ」「俺の給料の一部でも力になれば」
だが、それが“私”ではないと暴かれた瞬間、状況は地獄へと反転した。
「やっぱり詐欺女か」「炎上商法のクズ」「被害者ぶりやがって」
私を貶める声が再び炎のように燃え広がる。
その背後に潜んでいたのが──神谷亮太。
彼は過去十数件の炎上案件に関わってきた匿名の“火付け屋”。ネット上で住所や電話番号を掘り出し晒し、嫌がらせ電話や家突撃を誘発して被害者を追い込む。さらに今回は“なりすまし詐欺”を組み合わせ、善意を逆手に取り、被害者を加害者に仕立て上げる。二重の攻撃。二重の地獄。
彼に狙われた者は例外なく潰れる。ある配信者は家族ごと家を追われ、あるシングルマザーは職場を失い、子どもが学校に行けなくなった。神谷はその惨状を掲示板に逐一報告し、嘲笑していた。
──「被害者が壊れる瞬間を眺めるのが楽しい」
彼の書き込みは今もネットの闇に残っている。
私は冷たい呼吸を吐き、呟いた。
「……お前は、絶対に許さない」
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◆神谷のアジト
神谷の住処は都内の安アパート。六畳一間にぎっしりとモニターが並び、匿名掲示板やSNSのトレンド、クラウドファンディングサイトが映し出されている。通話ソフトには嫌がらせ電話のログが何千件も並び、マクロツールによる自動発信が稼働中だった。
「アカリを名乗る偽クラファン、もう五十万突破か……チョロすぎるな」
彼は缶ビールを飲み干し、口角を吊り上げる。
「人間なんて単純だ。“被害者”を演じれば同情が集まるし、それが詐欺だとわかれば、今度は叩き棒に変わる。俺が火をつけてやるだけで、勝手に群衆が燃やしてくれる」
そんなとき、スマホが震えた。見覚えのない番号。
「は? 抗議か? 今更ビビって電話してきたか」
通話を取ると、雑音だけが流れる。
「チッ、イタズラか」
だが、すぐにまた別の番号から着信。さらに別の番号、また別の番号。
二度、三度、四度……画面は光り続ける。
「な、なんだよ……!」
次の瞬間、部屋に置かれた全ての電話機が一斉に鳴り出した。固定電話、タブレット、古いガラケーまでも。ベル音とバイブレーションが重なり、空間が震える。
神谷は耳を塞ぎ、半狂乱で叫んだ。
「やめろ! 誰だ!」
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◆アカリの視点
私は既に神谷の回線を掌握していた。
スマホもPCもタブレットも、すべて私の指先一つで操れる。
マイクを通じて拾った彼の狼狽が、私の鼓膜に心地よく響く。
「……お前が今まで流した電話は、こういう音だったんだろう?」
加工した声を流すと、神谷は息を呑む。
「な……誰だ、お前は……!」
「人の家庭を壊し、家族を泣かせ、それを娯楽にしてきた。今度はお前が味わう番だ」
彼はスマホを床に叩きつけるが、壊れたはずの端末が自動で再起動し、また着信音を鳴らす。
「やめろぉぉ!」
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◆反転の晒し
私は次に彼の個人情報をすべて公開した。
住所、電話番号、銀行口座。
裏で隠していた口座履歴、詐欺の証拠となる振込先ログも添付して。
掲示板は一瞬で炎上した。
「こいつがアカリを騙ってた詐欺師だ!」
「住所ここだろ? 突撃しようぜ!」
「警察に通報した!」
神谷のアパートのインターホンが鳴り響く。
「おい、出てこい詐欺師!」
怒声が廊下に響き、窓の外には野次馬の影がうごめく。
神谷は蒼白な顔でカーテンを引き裂くように閉じた。
「違う! 俺は悪くない! 俺は……ただ……!」
だがその声は、かつて彼が壊してきた無数の被害者と同じように、誰にも届かない。
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◆精神崩壊
着信は止まらない。
無限に鳴り響くコール音、掲示板に刻まれる自分の住所。
部屋の外からは足音と怒鳴り声が近づく。
「や、やめろ……やめろォ……!」
神谷は膝を抱えて震え、涎を垂らす。
モニターの一つに、私のアイコンが浮かんだ。
「お前は人を壊すことでしか生きられなかった。だから──壊されて死ね」
彼の瞳が虚ろに揺れ、口から泡が零れる。
「……見てたのか……ずっと……」
その呟きを最後に、神谷亮太の精神は完全に砕け散った。
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Target54人目、撃破完了。
現在の撃破数:54人
Next Target:選定中……
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