第56話

第56話 毒を盛る料理人


 またひとり、裁くべき人間が見つかった。

 名は「如月良平」。有名なフレンチシェフで、テレビに出れば爽やかな笑顔を振りまき、SNSでは「料理は愛情です」と繰り返す。多くの主婦や子どもたちが憧れ、神のように称える存在。だが、その実態は、弟子を見せしめに晒す卑劣な加害者だった。


 厨房の監視カメラから覗く光景は残酷だった。

 「何度言わせるんだ、このクズ! こんな盛り付けもできないのか!」

 如月は怒鳴り散らし、弟子が縮こまる姿を面白そうに撮影する。そしてSNSに載せる。

 〈こいつが失敗しました。プロ失格です。〉

 数十万のフォロワーが一斉に群がり、嘲笑と罵倒が飛ぶ。晒された弟子は、やがてアカウントを消し、業界から姿を消す。夢を壊され、心を折られ、二度と立ち上がれない。


 料理で幸せをと言いながら、実際は料理で人を壊していく。

 アカリはその偽善に吐き気を覚えていた。

 だからこそ、この男を狩る。



---


 今夜、如月は生配信を予定していた。「家庭で作れる極上ビーフシチュー」。大手食品メーカーがスポンサーにつき、数万人が視聴予定。彼にとっては輝かしい舞台。だが、アカリにとっては処刑台にすぎなかった。


 如月の厨房は最新機器で固められていた。スマートコンロ、在庫管理システム、冷蔵庫のIoT化。効率化のため導入した機械群は、すでにアカリの掌の上。彼の誇る舞台装置は、全て罠へと変わっていた。


 配信開始。

 如月は爽やかな笑顔を浮かべ、カメラに手を振る。

 「こんばんは! 料理で皆さんに幸せをお届けしますよ!」

 その声が響くと同時に、アカリは温度制御プログラムを書き換えた。


 彼が弱火にしたはずの鍋は、実際には強火のまま。ソースは焦げつき、黒煙が立ち上る。

 「え? おっと、ちょっと待ってくださいね」

 動揺する姿がそのまま映り込み、コメント欄がざわつく。

 〈焦げてるじゃん〉

 〈シェフでも失敗するのか〉

 如月は必死に笑顔を繕ったが、額の汗は隠せなかった。



---


 アカリは次に冷蔵庫の表示を操作した。彼が取り出した牛肉には「賞味期限切れ」の赤いラベルが浮かぶ。もちろん偽装だが、視聴者には真実にしか見えない。


 〈うわ、期限切れ使ってる〉

 〈スポンサー商品なのにこれはヤバい〉

 コメントが荒れ始める。


 「ち、違う! これはシステムの誤作動で……!」

 如月は慌てて否定した。だがその瞬間、画面に別映像が差し込まれる。

 〈システムのせいにするな! お前の責任だろうが!〉

 弟子に向かって怒鳴り散らす如月自身の声。アカリが用意した過去映像の切り抜きだ。

 言葉が彼自身に返り、信頼は音を立てて崩れていく。



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 さらに追撃。

 厨房のマイクから、女の泣き声が流れる。

 「やめてください……ごめんなさい……」

 過去に弟子が罵倒されながら泣いた記録音声だ。


 〈今の何!?〉

 〈弟子の声じゃないのか〉

 〈パワハラだろこれ〉

 チャットは騒然となり、如月の顔色は蒼白に変わる。


 「違う! 捏造だ! 合成音声だ!」

 必死に叫ぶが、誰も信じない。その瞬間、アカリは最後の仕掛けを解放した。


 ――如月自身のアカウントから、過去の晒し投稿が一斉に流れ出す。

 弟子の失敗写真、罵倒の文章。

 「恥を知れ」「笑ってやってください」といった残酷な文面。

 そして、その後に弟子たちが残した絶望のツイートや、消えていった痕跡も添えられる。


 〈最低だな〉

 〈救うどころか壊してたんだ〉

 〈お前の料理は毒だ〉

 怒りの声が殺到し、「#毒を盛る料理人」がトレンドに躍り出る。



---


 如月は発狂したように配信機材を叩き壊す。

 「違う! 俺は料理で人を幸せにしてきたんだ! 俺は悪くない!」

 その姿さえも視聴者に嘲笑され、切り抜きは瞬く間に拡散される。


 スポンサー企業は即座に契約解除を発表。予約サイトには嫌がらせキャンセルが殺到し、翌日には店の前に抗議の人だかりができた。

 ネットで弟子を殺してきた如月は、今度はネットで自らの首を絞められた。



---


 数日後。

 厨房にひとり取り残された如月は、虚ろな目で呟いた。

 「俺は……ネットに殺されたんだ……」

 だが、それは違う。

 アカリがしたのは、隠された真実を鏡のように突きつけただけ。


 お前の料理は救いではなかった。

 弟子たちの夢を壊し、心を腐らせ、毒のように広がるだけだった。

 その毒は今、お前自身を蝕んでいる。


 ――Target54人目、完了。

NextTarget選定中


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