第36話

第36話 デジタル同化者(Target32人目)


男の名は 天城(あまぎ)蓮司。

彼はメタバース企業「Eden-VR」のプロデューサーであり、数百万ユーザーを抱える仮想空間の仕掛け人だった。


「現実は古い。死ぬ肉体より、残るアカウントのほうが価値がある。」


そう豪語する彼のオフィスは、壁一面がスクリーン。

映し出されるのは、ユーザーたちが笑い、踊り、消費し、依存していく様子。



1. ビジネスの実態


天城はメタバースに入った者のあらゆる行動ログを収集していた。


誰と話したか


どんな姿にアバターを変えたか


どこで足を止め、何に興奮したか



それらは細分化され、広告主に売られる。


さらに天城は「死後のデータ」すらも利用していた。

入会者が亡くなっても、アバターは消されない。

「メモリアル機能」と称して、仮想空間に永遠に残すのだ。


だがその実態は――

遺族に料金を請求し、さらにその「故人アバター」をイベントやキャンペーンで使い回す。


「死んでも、利用価値はある。

 人間は“永遠の資産”だ。」


そう言って彼は笑った。


2. アカリとの因縁


炎上渦中のアカリの名を、天城は利用した。


「本人は沈黙中……だから逆に利用しやすい。」


彼女そっくりのアバターを作り、VR空間に「炎上アイドルの見世物小屋」を開設したのだ。

ユーザーは模造のアカリに罵声を浴びせ、石を投げ、笑い者にした。

アクセス数は跳ね上がり、広告収益は爆増。


「死んだも同然の人間を、商品に変える。それが俺の仕事だ。」


アカリはその光景を、遠隔のデータの海で見ていた。

彼女の復讐リストに、天城の名が深く刻まれた。


3. 崩壊の始まり


ある夜、天城は自らもEden-VRにログインしていた。

VIPルームに一人、無限に拡張されたデジタル都市を見下ろす。


「完璧だ……この世界は俺が神だ。」


だが突然、都市の光景が崩れ始めた。

ビルがノイズに塗り潰され、空が真っ赤に染まる。


街の広場に無数のアバターが現れた。

老人、子ども、学生、インフルエンサー……皆が天城を睨んでいる。


「おかしい……これはプログラムじゃ……」


天城がシステムを確認すると、画面いっぱいに赤字が流れた。


あなたは“同化”されます。

あなたは利用者です。

あなたは商品です。


4. ネットに喰われる


アバターの群れが天城に近づいてくる。

一人が腕を掴む。データが腕に吸い込まれる。


「や、やめろ……俺は管理者だ!この世界の神だぞ!」


だが次々とアバターが彼に触れ、身体の一部を切り取り始める。

右手が広告バナーに変わる。

左足が課金アイテムのアイコンになる。

胸からはログデータの数列が垂れ流される。


「や、やめろぉぉぉぉお!!」


叫んでも止まらない。

自分の人格が分割され、ユーザーの“遊び道具”にされていく。


ある者は彼の声を「通知音」として設定し、

ある者は彼の目を「アバターのスキン」として貼り付け、

ある者は彼の笑顔を「広告素材」として売り出した。


5. 永遠の囚人


天城は現実の椅子に座ったまま、VRゴーグルを外せない。

脳は完全にメタバースに同期され、ログアウト不能となった。


オフィスの防犯カメラに映る彼は、虚ろな目で宙を見上げ、

時折、笑い、泣き、罵倒を繰り返している。


アカリの声が、仮想都市に木霊した。


> 「あなたはもう“神”じゃない。

ただの、商品。

生きながら、ネットに喰われ続けなさい。」




天城は数千万のユーザーに切り刻まれ、改造され、笑われ、利用される。

肉体は生きているのに、意識は永久に帰らない。


6. 終幕


ログにはただ一行。


[User: Amagi_Renji] → status: ONLINE / FOREVER


彼は死ななかった。

だが、死ぬよりも残酷な「永遠の接続」に呑み込まれた。



---


Target:32人目、同化。

Next Target:未定……

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