第21話
第21話 流される人
彼女の名前は——小泉 美羽(こいずみ みう)。
16歳、県立高校の二年生。顔立ちは可愛らしい部類に入り、成績もそこそこ。だが、彼女には決定的に欠けているものがあった。
それは――「自分の意志」だ。
彼女が今通っている高校も、親が「ここが良い」と言ったから選んだだけだ。
特に理由もなく、偏差値も距離も気にせず、親の指示通りに願書を書き、試験を受け、合格してそのまま通い始めた。
部活も、仲の良い友達が入ったから同じものにした。
「やりたいから」ではなく、「一緒にやろう」と言われたからだ。
授業中、クラスの一部の女子が、ある同級生をターゲットにしていじめを始めた時も、美羽は一瞬だけ迷った。
——いや、迷ったというより「みんながやってるから」という理由で何となく加わった。
笑いながら机を蹴る。筆箱を隠す。無視する。
罪悪感はなかった。
「私だけやらなかったら仲間外れにされるかも」という程度の自己保身はあったが、「これは間違っている」という思考はなかった。
買い物もそうだ。
テレビで「今、大人気!」と言えば、必要かどうか考えずに買う。
SNSで流行っているメイクや服も、似合うかどうかを考える前に揃える。
そのためクローゼットには一度も着ていない服が山のように溜まっている。
友達がカフェに行くと言えば行く。写真を撮ると言えば撮る。
そこに「自分がしたいから」という理由は、一つもない。
大学進学も、担任が「この大学はいいぞ」と言ったからそのまま志望校にした。
学びたい分野も将来の夢もない。
誰かが提示したルートをそのままなぞる――それが彼女の人生だ。
そして、水瀬アカリの炎上事件。
クラス中がスマホを覗き込み、罵倒コメントや晒しのスクショを回し合っている時、美羽は真っ先に加わった。
「だって、みんながやってるから」
それ以外に理由はない。
彼女の中では、世間が悪だと指差したものは悪であり、叩くべき対象になる。
なぜ叩くのか、その行為が正しいのか、考えたことはない。
──こういう人間は日本に山ほどいる。
職場でも、学校でも、SNSでも。
「周りがやっているから」というだけで、いじめにも、炎上にも、差別にも加担する。
そして自分のやったことを「みんなやってたし」で正当化する。
彼らにとって、悪を悪と判断する頭は不要だ。
むしろ、考えること自体が面倒くさいと感じている。
だから集団の流れに乗り続け、罪悪感も持たず、今日も誰かを踏みつける。
——これは“加害者である”という自覚すらない、一番タチの悪い種類の人間だ。
ある日の放課後、美羽のスマホが震えた。
『RAIN!!』——着信音。
知らないアカウントからのメッセージが一件届いていた。
> 「あなたは、考える頭を持たないの?」
一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに「何こいつ」と心の中で吐き捨て、無言でアカウントを削除した。
反抗もしない。議論もしない。ほんのわずかに苛立ちを覚えただけで、再びいつもの日常に戻る。
今日も、いじめっ子たちと一緒に、何の疑問もなくターゲットを笑い者にした。
──だが、アカリはずっと見ていた。
スマホのカメラ越しに、美羽の日常を、表情を、行動を。
放課後、いじめっ子たちと校門を出た瞬間。
一台の車が、猛スピードで突っ込んできた。
タイヤが悲鳴をあげ、鉄の塊が制服の群れを薙ぎ払う。
運転席には誰もいない。
悲鳴を上げる暇すらなく、美羽もいじめ仲間も地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
離れた場所で、アカリはドライブレコーダーの映像を見つめながら呟いた。
> 「考えない悪……“みんなやってる”でやり返されないと思うなよ。」
これは警告だ。
読者よ、覚えておけ。
「周りがやってるから」で加害に加わる者は、悪を選んでいる自覚もないまま、確実に加害者になる。
そしていつか、自分がその「みんな」によって踏み潰される日が来る。
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