第20話

第20話 「女王様、墜ちる」


そのパソコン教室は、街の中心部の一角に鎮座していた。

白いガラス張りの外観、洒落たカフェのような内装。

しかし、その中に漂う空気は甘美で濃密、そして支配的だった。


綾香(あやか)──パソコン教室の講師にしてオーナー社長。

長い黒髪、艶やかな唇、細く長い脚に張りのあるヒール。

スタイルは完璧、顔立ちは整いすぎていて、近づく者に自分の劣等感を思い知らせるほど。


だが何よりも強烈なのは、その性格だった。

善悪など、どうでもいい。

「人を蔑み、痛めつけること」こそが、彼女の幸福の源泉。

授業の中でも、できない者、もたつく者を容赦なく言葉で切り裂く。


「そこ、何回説明した?覚えられない脳ミソは飾りなの?」

「ほら、手、止まってる。止めていいって言った?ドMでも、命令がなきゃ動けないの?」


心の弱い生徒はすぐに来なくなり、残ったのは彼女の罵倒を浴びたくて通い続けるドM男たちばかり。

授業後には、彼らが差し出す高級ワインやブランド物が山のように積み上がる。


「先生、これ、前から似合うと思ってて…」

「…まあまあ。ブタのわりには気が利くじゃない。今日だけ“彼氏”に昇格させてあげる」


奴隷のような忠誠と財布を差し出す彼ら。

綾香はそれを軽蔑の笑みで受け取る。


だが彼女の嗜虐は教室の中だけでは終わらない。

ネット上でも同じように、いやそれ以上に攻撃的だった。


論破は日常茶飯事。

相手の誤字や言い間違いを見つければ、そこから人格否定まで持ち込む。

男性も女性も関係ない。

SNSの中で彼女の餌食となった者たちは、晒され、揶揄され、心を折られて消えていった。


ある日も、匿名掲示板で、学生らしい女性が少し的外れなコメントをしただけで──


「知識もないのに発言とか、頭の中、空洞でしょ?」

「あなたの存在自体がバグ」


彼女は言葉を重ね、相手が反論すればするほど冷笑で打ち返す。

「反論できてると思ってるの?言葉遊びで誤魔化す惨めさ、わかる?」


画面越しに数人が沈黙し、アカウントを削除していった。


そして、その日──

彼女の視界に、アカリが入った。


アカリが配信中、些細な言い間違いをした瞬間だった。

綾香は即座に飛び込む。


「言い間違え? 心のどこかでそう感じてるから出たんじゃないの?」

「“無意識の本音”ってやつ。恥ずかしいね」


その嗅覚は鋭く、正確に痛点を突く。

その頃のアカリは、叩かれるだけの存在だった。


そして遂に見つけた。アカリ。


> 「それに群がるドM男だけにとどめておけばよかったね」



アカリのパソコンへの侵入が始まる。

異変に気づく綾香、

綾香の指がキーボードを叩く。

怒り混じりの高速タイピングが始まった。

煽り、論破、さらには追跡。

パソコンの画面には、綾香が仕掛ける侵入防御と逆探知のコードが流れる。


「この私に侵入?笑わせない…!」


しかし、アカリの動きは桁違いだった。

挑発するように軽いセキュリティを突破し、無意味なファイルを撒き散らす。

「これがあなたの城? 豚小屋みたい」

モニターに現れる一文が、綾香の自尊心を蝕む。


「ブタの飼育だけにしておくべきだったね」


拳がモニターを叩き割る。

ガラス片が飛び、右手に裂傷が走る。

「絶対に特定して潰す…!」


彼女は部屋を飛び出し、エレベーターへ向かった。

自宅は超高層ビルの上階。

扉が閉まる直前、防犯カメラの映像が切り替わり、そこにアカリの冷たい瞳が映る。


暗転。

モニターに浮かぶ文字。


> 『さようなら女王様(笑)』




次の瞬間、エレベーターが落下を始めた。

重力が内臓を持ち上げ、視界が揺れる。


「待って!まだ…私が上よ!私が支配者なのよ!誰も私には…ッ」

「ブタ共!お前ら!助けろ!金ならいくらでも…!」

「いやあああああああああああ!!!」


叫びは金属音にかき消され、粉砕音とともに終わる。


エレベーターカメラの映像を見届けたアカリは、無表情のまま画面を閉じた。


> 「人を傷つけるのを喜びにするカスは、全部死ねばいいのに……」




そして、静かに問いかけるように呟いた。


> 『なぜ人間の中には、傷つけることで喜びを感じる糞が居るのか?』





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