第18話

第18話 ──自称探偵の末路


 男の名前は鷲津 蓮(わしづ・れん)。

 肩書きは「探偵」だが、探偵業の届出はしていない。名刺にも「調査屋」とか「情報サービス」など、曖昧な肩書きをその日の気分で印刷していた。実態は、何でも屋のアルバイト。家具の組み立てから、粗大ゴミの搬出、行方不明者の捜索まで──金さえ払えば何でもやる。


 彼にとって「善意」という言葉は、紙屑ほどの価値もない。

 例えば、近所の婆さんが「迷子の猫を探してほしい」と頼めば、報酬が無ければ鼻で笑って追い返す。認知症の老人が家を出て行方不明になっても、警察に通報する前にまずは相場を提示させる。それが彼の流儀だった。


 ネットの仕事も多かった。

 喧嘩別れした恋人の行方、ネットで罵り合った相手の住所特定、匿名掲示板の書き込み主の追跡……。

 やり口は徹底していた。配送伝票やSNSの過去投稿、背景の風景、通った道の監視カメラの情報など、何でもかき集める。中には、依頼主にデマを掴ませないよう最低限の検証はしていたが、それは仕事の精度を保つためだけだった。


 そして、彼が最も得意としたのは──「特定班」。

 炎上している人物の本名や住所、勤務先などを特定してネットに晒す。

 理由はただ一つ、「褒められるから」。

 匿名掲示板やSNSで「鷲津さんはすげー!」「逃げられねー(笑)」と持ち上げられる快感。

 それが報酬以上の報酬だった。


 対象に恨みはない。むしろ顔も覚えていない者が大半だ。

 彼にとっては人間も数字も同じ。特定した後のこと──荒らしや嫌がらせが押し寄せ、対象が職を失い、家族ごと破滅する未来も、興味は無かった。


 ──数か月前、彼は二人の少女を特定した。

 一人は炎上した女子高生・水瀬アカリ。

 もう一人はゲームプログラマー・由紀。

 彼女たちを晒したことなど、彼の記憶にはもう残っていない。膨大な「特定実績」の一つでしかなかったからだ。


その日、鷲津は「自殺部屋の片付け」の仕事を請けていた。

 家具や家電を運び出し、汚れた床を剥ぎ、臭いを消す。普通なら数人で作業するが、今日は同僚が一人、そして鷲津の二人組だ。


 ──この仕事自体が、アカリたちが仕掛けた罠だった。


 由紀は現場に姿を見せなかったが、同僚のスマホを遠隔操作して「上司からの電話」を偽装した。

 事前に録音しておいた上司の声を、単語単位で切り貼りし、通信が途切れ途切れになるよう加工する。

 「……すぐ……戻って……きてくれ……」

 同僚は慌てて外へ飛び出し、「電波が悪い」と言いながら路地の先に消えた。


 現場には、鷲津ひとり。


 淡々と片付けを続けていると、部屋の隅に置かれた古いノートパソコンが、ひとりでに起動した。

 黒い画面にノイズが走り、やがて一人の男の顔が映る。

 「……お前のせいだ……」

 低くくぐもった声。表情は死者特有の土色。


 鷲津は固まった。

 その顔に見覚えがあったからだ。確か、数週間前に住所を特定して依頼主に渡した男。名前までは覚えていない。

 ──まさか、死んでいたのか?


 背中に冷たい汗が伝った。

 慌てて出口に向かうが、ドアは内側からロックされている。

 窓も試したが、全て家具やベニヤ板で塞がれており、外は見えない。


 その瞬間、玄関の電球が破裂した。

 ガラス片が降り注ぎ、反射的に奥の部屋へ逃げ込む。

 そこは壁も床も黒く焦げ、天井から垂れた電線が無数に揺れていた。被膜が剥がれたコードが、蛇のように床に散らばっている。


 この部屋で、あの男は感電死した──そう直感した。


 ドアノブを掴むが動かない。

 耳元で突然、スマホの着信音が鳴った。

 画面に映るのは、先ほどの男の顔。

 「……お前のせいだ……」

 その声と同時に、床のケーブルが青白く光った。


 次の瞬間、全身を焼き切る電流。

 声にならない悲鳴が喉を裂き、足元から炎が走る。

 壁紙が燃え、天井が崩れ落ち、逃げ場は完全に消えた。


 「俺は……何もしてねぇだろぉぉ……!」

 焼け爛れた顔で叫ぶが、その言葉に罪の自覚は欠片も無いまま、炎と煙に呑まれていった。



廃墟と化した部屋の片隅で、焼け焦げたスマホのカメラが、最後までその姿を映していた。

 画面の向こう側で、アカリと由紀は無言でそれを見届ける。

 由紀が小さく笑った。

 アカリが冷たい声で一言。

 「ざまぁ」


 通話は切れ、闇だけが残った。


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