第10話

-第10話 『教師失格』



──男の名前は、酒井功一(さかいこういち)。

40代前半、独身。

水瀬アカリのクラス担任であり、国語教師だった。


それは「嫌い」の一言では収まらない。

彼は、水瀬アカリを憎んでいた。


あの小娘が、何万人にも好かれているということ。

あの顔で、あの喋りで、あの人気。

自分が教え子として扱わなければならない、その理不尽。


──おまえなんかが、どうして。


嫉妬はやがて憎悪に変わった。

表向きは優しい教師を装いながら、裏ではこっそり攻撃を始めた。


授業中、わざと発言を遮る。

提出したレポートには赤ペンで「調子に乗るな」と殴り書く。

皆の前で、些細なことを大げさに怒る。

進路相談では「その業界は不安定だよ」と笑いながら貶す。


──それでも、アカリは耐えた。

成績を落とすこともなく、笑顔も崩さず、

まるで「全部わかっていて流している」かのような態度で。


それが、さらに彼の神経を逆撫でした。


アカリが炎上した日。

ネット中が悪意に満ちた言葉で彼女を焼き尽くしたあの日。

酒井は、職員室の自席で画面を眺めながら──笑っていた。


> 「ああ……ようやく崩れたか、仮面が」

「ざまぁみろ。お前なんかが、チヤホヤされて当然と思うなよ」




その夜、彼は匿名掲示板に書き込んだ。


> 「あいつ、中学の頃から性格悪かったよ」

「裏で男子とつるんでた。裏垢もあったらしい」

「俺、教師だけど、あれは正直終わってると思ってた」




匿名をいいことに、事実無根の情報をばらまき続けた。

まるで「正義の告発者」になったかのような錯覚。

しかし、彼のIPアドレスも、端末IDも、MACアドレスも──アカリは記録していた。


数か月後──

酒井の周囲で、異変が起こり始める。


ある日の授業中。

使おうとした教室のPCが、突然、真っ暗になった。

映し出されたのは黒地に白文字のメッセージ。


> 「セクハラ教師 酒井功一」

「少女の夢を壊して楽しいか?」

「次はどこが壊れる?」


一瞬で電源が落ち、再起動不能に。


コピー機は暴走。

プリントアウトの指示を出していないのに、紙が吐き出され続ける。


> 「女子生徒の胸ばかり見てる教師」

「盗撮癖があるという噂」

「酒井功一、変態教師」




そのまま廊下にまで用紙がばらまかれ、

同僚の教員と、生徒たちがそれを拾いながら顔をしかめる。


保健室に逃げ込んでも無駄だった。

誰が入れたのか、保冷庫にぎっしり詰まった焦げた豆。

しかも熱湯で煮詰められていたようで、室内に異臭が漂う。


職員室に戻っても、誰も目を合わせてくれない。

コーヒーメーカーからは、液体のようなドロドロとした茶色の塊が噴き出し、スーツに飛び散る。


業務用タブレットは、突然アラーム音を鳴らしながら震え出す。

画面にはライブ配信映像──彼が匿名で書き込んだ投稿の履歴がスクロール表示されている。


> 「な……なんだこれ……」


あの時の笑顔は消えていた。

顔面は蒼白。指先は震え、言葉にならない呻き声を漏らす。


誰が仕組んだのか。

どうやってやったのか。

理解できない現象が、次々と自分を襲ってくる。


「呪いだ」

「誰かが、俺を……」


そう呟いた酒井は、

ある夜、駅のホームに立っていた。


心ここにあらずの様子で、

前に立ちはだかる人々を押しのけ、

静かに──線路へ身を投げた。


TARGET_09 → 終了済


その瞬間の映像を、

ある少女はモニター越しに見つめていた。


──水瀬アカリ。


表情は無い。

ただ、冷たく、無言で。


その瞳に映るものは、感情の死骸。

正義ではない。ただの「返報」。


モニターには、新たな文字が浮かぶ。



> NextTarget_10:選定中

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