第3話 美人の正体

 美人はエリザベスを見つめたまま、明らかに狼狽え始めた。ピンク玉も彼女の困惑を感じたのか、うきゅきゅ……とうなだれている。


「わ、わたし、ずっとここに閉じ込められてて……お、お外に出てみたくて、でも……」

「……うっ」


 美人は苦しそうに心臓を抑え、跪いてエリザベスを見上げた。


(うん、いけそう)


 エリザベスは前世、いろんな人間と関わってきた。だからこそ、人を見る目はそれなりに養われているつもりだ。

 そんなエリザベスの目を信じるなら、この美人はちょろい。しかもたぶん、とんでもなくちょろい。


「お願いっ、お姉さん、わたしを連れていって……っ!」


 なんとか涙を流す。すると、ああっ! と美人は叫んで立ち上がった。その勢いのままエリザベスを抱き上げ、ピンク玉に飛び乗る。


「ラパン、出発だ!」

「……うきゅ?」

「とにかく外に出てくれ。こんなに可愛すぎる幼女、私に殺せるわけがないだろう!?」


(殺す!? この人、わたしを殺しにきたの!?)


 なんとも物騒な言葉に驚くと、美人は慈愛に満ちた笑みを浮かべてエリザベスの頭を撫でた。

 こんな風に頭を撫でられるのはいつぶりだろう。精神的には幼い幼女とはかけ離れているのに、嬉しくて頬が緩んだ。


「安心してくれ。危険な目には遭わせない」

「お姉さん……」


 エリザベスには前世の記憶もあるし、鍛え抜いた勇者としての力もある。この世界において、エリザベスが危険な目に遭う確率は限りなく低いだろう。


(でも、嬉しい。誰かに守ってもらうのって、嬉しいことだったんだ)


「うきゅー!」


 ラパン、と呼ばれたピンク玉が叫んで跳躍する。ラパンは屋根から小屋を脱出し、ふわふわと浮いたまま空の旅を始めた。

 少しだけ身体を乗り出して地上を見ると、村人達が驚いた様子でこちらを見つめている。その中に両親の姿はなかった。


 ラパンはそのまま飛んで、村から離れた場所にある山の中に着地した。空を飛ぶ魔獣の存在は知っているけれど、記憶のどこを探してもラパンのような魔獣はいない。

 やはりこの丸い生物は、ただの魔獣ではないのだろう。


「ここなら安全だ」


 美人はラパンから下り、右手を鳴らした。その瞬間、眩い光が彼女の指先から放たれ、薄い膜になってドーム状に広がっていく。


「結界を張った。結界を解くまで、ここには獣も人も近寄れない」

「……結界魔法?」

「ああ」

「……お姉さんは、人ではないのですか?」


 エリザベスの問いに美人は軽く目を見開いた。幼い子供にしか見えないエリザベスが、魔法に関する知識を持っていることを不思議に思ったのだろう。

 無知な子供を装うためには、質問をするべきではなかったかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。


 彼女が使った結界魔法は、人間が使える魔法ではないのだから。


 人間が使えるあらゆる魔法は、あくまでも1を100にするもの。0を1にするような魔法は使えない。

 炎や水を生み出すわけではなく、元からあるものを利用する。身体魔法も、元々ある機能を向上させるだけだ。


 結界魔法は違う。通常の世界には存在しない『結界』という新たな概念を生み出すことができるのは、自然に反して生きる魔物だけのはずである。


「……そうだな。君のことは知っているのに、私だけ名乗りもしないのはフェアじゃない」


 そっと息を吐くと、美人は微笑んで手を差し伸べてきた。


「私はモルト。死神だ」

「……はい?」

「大神デュエスの命で、君を殺しにやってきた」

「……え?」


 月の光を浴びて、モルトの銀髪が煌めく。一色の銀ではない。彼女の髪は、いくつもの銀で構成されている。


 大神デュエス。この世界を作ったとされる、全ての神の頂点に立つ神様だ。

 そしてモルトという死神の存在もエリザベスは知っている。


(でもそれって、ただの神話でしょ?)


 戸惑うエリザベスの頬に、モルトはまっすぐ手を伸ばした。彼女の冷たい手が頬に触れた瞬間、エリザベスは直感的に理解した。


(嘘は、ついてない)


 温もりを感じられない手のひらは、人間の手ではない。魔物の手ですらない。間違いなくこれは、彼女が特別な存在であることを示している。


「大神が言うには、君はこの世の平和を乱す危険な存在らしい。そこで私が、君を殺すために派遣されたんだ」


 大神はいつも空で人々を見守っていて、平和を守るために力を貸してくれる。

 勇者の誕生も大神のおかげであり、大神なくして人間の平和は成り立たない。


(なんて、嘘に決まってる。わたしが魔王を倒せたのは私が頑張ったから。わたしが勇者になったのは、わたしがなるって決めたからだ)


 沸々と怒りがこみ上げてくる。直接何の手も出していないくせに、どうして全て大神のおかげだ、なんて思わなくてはいけないのだろう。


(今回だって、直接わたしを殺しにこなかったくせに)


 怒りで固まっていると、勘違いしたモルトがエリザベスを優しく抱き締めた。


「だが私は君を殺すつもりはない。ただ、私は大神から命を受けている。なにもせずに帰るわけにはいかない」

「……お姉さん」

「だから、私と旅に出ないか?」


 モルトの低くて甘い声が頭に響く。いろいろと疑問は残っているのに、エリザベスは反射的に頷いてしまった。

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