第21話 深淵の開口
広間を揺らす爆音とともに、巨影の胸に刻まれた亀裂が震えていた。
赤い瞳がぐらりと揺れ、巨体が一歩退いた。
藤堂蓮は肩で息をしながら叫んだ。
「……よし、効いてる……!」
リィナも青い瞳を細めて頷く。
「初めて奴を押し返したな」
だが次の瞬間、巨影の瞳がさらにぎらりと光った。
裂け目から黒い霧が噴き出し、胸の口がゆっくりと開き始める。
今までの咆哮とは違う。
まるで底の見えない深淵が、広間そのものに口を開いたようだった。
――忘れろ。
――すべてを呑み込み、声も記録も消し去る。
圧倒的な声が頭蓋を震わせ、蓮の視界が一瞬で白く霞む。
「っ……な、なんだこれ……! 今までと桁が……!」
胸の口から吐き出された闇は床を這い、書棚を丸ごと包み込んでいく。
触れた本は一瞬で白紙に変わり、背表紙ごと消滅した。
「……やばい……!」蓮は歯を食いしばった。
「歩くだけで本を喰ってたのに……今度は息してるだけで記録が消えてる!」
「それが“深淵の開口”だ」リィナの声は低い。
「核が本気を出した証……ここで押し返せなければ、この区画は丸ごと消える」
「エリア全ロストイベントってやつか……!」
軽口を叩いたが、手は震えていた。
巨影が闇を吐き出すたび、蓮の記憶も削られていく。
子供の頃の笑顔。母の声。
そして、この図書館でリィナと交わした会話すら霞んでいった。
「……っ……また……忘れて……」
「蓮!」リィナが強く叫ぶ。
「忘れるな! お前は藤堂蓮! 私と共に抗う存在だ!」
その声に一瞬意識を繋ぎ止められる。
蓮は奥歯を噛みしめ、震える手でカードを掲げた。
「……俺は藤堂蓮だ! 忘れない! 忘れさせない!」
だがカードの光はすぐに闇に呑まれ、揺らいでしまう。
リィナが隣に膝をつき、彼の手に自分の手を重ねた。
その青い瞳は、恐怖を超えて強い意志を宿している。
「蓮、一人で抗うな。私もいる」
「リィナ……」
「共に声を上げろ。私たちの意志を重ねれば、この深淵に抗える!」
蓮は頷き、血を吐きながら笑った。
「共闘残業、第二ラウンドか……」
「愚か者。だが、その愚かさで勝ち取れ!」
二人が同時に声を上げた。
「俺は藤堂蓮! 記録を守る管理者候補だ!」
「私はリィナ! 司書として、この声を刻む!」
光と鎖が交わり、兵士たちが再び姿を現した。
だが今度は兵士の胸に蓮とリィナ両方の言葉が刻まれていた。
――我らは二人の声。
――忘却を呑む深淵に抗う盾。
その咆哮が広間を震わせ、巨影の開いた胸の口を押し返す。
だが巨影はさらに闇を吐き出し、床も天井も裂けていく。
広間そのものが深淵に沈もうとしていた。
リィナが鋭く告げた。
「蓮……ここからが本当の戦いだ!」
蓮はカードを強く握りしめ、叫んだ。
「だったらやってやる! 俺の声も、お前の声も、全部残してみせる!」
闇と光がぶつかり合い、図書館の空間が軋んだ。
深淵の口は、まだ閉じる気配を見せなかった。
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