第6話

「BEAT IT‼♪~♬、BEAT IT‼♫~♩」




 久米が自己最高得点を、自分のおかげでとれたことで、指導力の高さを周りに評価されたと、縄手は完全に舞い上がっていた。


 上機嫌に口笛を吹きながら、ほとんどの生徒が帰った校舎の中を、施錠点検していく。




「やっぱ俺って最強――やな。」


 廊下の開いたままの窓を閉め、鍵をかけながら、いつもより何億倍も学校という職場が、自分にフィットする感覚になり、さらに気持ちよくなる。




 目を閉じ、思いっきり深呼吸してみる。


「最高―‼フォウ‼」


 暴走する気持ちは、縄手をムーンウォークへ導き、そのまま絶好調に踊りながら渡り廊下に差し掛かった。






「先生‼」




 背後から久米の声が聞こえる。なんてキラキラした声なんだろう。天使か神様か、幸運の響きが耳に届く。




「久米――――――‼」


 もうこの世には楽園しか存在しないと、最強の満面の笑顔で振り返る。




 縄手は息せき切って走り寄る久米に、両手を広げて近づいた。




「お前――‼本当によーー頑張ったな‼」


 大声で近づく縄手に、テスト期間中ほとんど会話できていなかった久米も、やっとゆっくり話せるタイミングを見つけた喜びを隠しきれず、ぐちゃぐちゃになった笑顔で駆け寄った。




「すごいで‼お前‼ここまで頑張れるとは思ってなかったで‼」


 縄手は久米の両肩を叩き、頭を撫でた。


 照れて俯いた久米は、


「俺、ガチでめっちゃくそ頑張りましたよ!」


 大きく頷いた。


 うれしいやら、恥ずかしいやらで、心が喜びでかき乱される。




「テスト、すごいって‼もう職員室、お祭り騒ぎやで‼」


「ありがとうございます!」


 頭を撫で続けられる久米は、もう何を言えばいいか、どう体を動かせばいいかわからなくなり、されるがままでいた。




「やればできるんやって‼久米は‼」


「ありがとうございます!」


「本当にお前は凄い!」


「ありがとうございます!」


「ヤバいで!マジで!」


「ありがとうございます!」




 調子がさらにヒートアップした縄手は、職場での自分の評価を、一気に押し上げてくれた存在を愛おしく思ってしまい、これまでの久米の気持ちも忘れて、


「久米!マジで好きやで!お前のこと。」


 勢い止まらず、そのまま久米を抱きしめた。




「あ・・・・・・・・・・・・」


 息が止まる。時が止まる。縄手先生の力を感じる。縄手先生の体温を感じる。縄手先生の生を感じる。




『ヤバい・・・先生・・・』




 縄手の抱きしめる肩に自分の顔をうずめ、そのまま抱きしめ返そうと腕をあげた瞬間、部活終わりの自分の脇汗の臭さを思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。




「・・・・・先生、俺、今、汗臭いっすよ・・・・・・」


 久米は急いで臭わないように、自分から縄手の抱きしめる腕を外してしまった。




 本当はこのままいつまでも先生を感じていたかった。ものの数秒だったが、自分の願う未来にいたような気がした。




 しかしそんなことはお構いなしに、縄手の絶好調は止まらない。


 久米の両肩をしっかり握ったまま


「ホンマにかわいい奴やで、お前は!」


「このままチューしてやりたいわ!はっはっはっ‼」


 そのまま大声で笑いながら、ポンポンと肩を叩いた。




「・・・・え⁉チュー⁉ご褒美!チュー‼」


 その言葉に、目が点になってしまった久米は、一気に体中の血液が、顔面に集まる激流に飲み込まれた。


『・・・・・・・え⁉ここで?今ここで?え?え?え?』


 顔面は真っ赤に、頭は真っ白に、コントロールを失ってしまいそうになる自我に、熱を帯びる胸に呼吸がまともにできない。駆け巡る血の激流が鼓膜に爆音で響く。






 《両肩を抱きしめたまま、ゆっくりと縄手先生の真剣な目が近づく。


 自分のすべてを受け入れてくれているその眼差しに、俺は力を抜き見つめ返す。


 鼻先が触れる、その先端から体全体を震わす感情の閃光が走る。


 俺は息を止め、唇を緩く開く。


「早く、早く」俺は顎を少し前に出しながら、先生の唇に触れようとする。


 そんなねだる俺に優しく微笑み、先生は唇を重ねた。


「あぁーー」漏れる吐息に、俺はありったけの力で先生の体を抱きしめる。


 抱きしめ返す縄手先生の力が【今を生きる】喜びを全身に伝えてくれる。》






 クラクラする状態に少しよろけながら、なんとか耐えようと踏ん張る久米に、




「あっ!せや、俺に何か用やったんか?」


 急に夢から覚めたように縄手は聞いた。




 瞳孔が開き、口が力なく開いた放心状態の久米の姿に驚いた縄手は、目の前で手を振って見せた。


 反応がないことで更に慌て、肩を強くゆすり、顔を近づけ大声で呼びかけた。


「おい‼大丈夫か‼久米‼」




 その声に一気に現実に引き戻された久米は、瞬きを何度かした。


 すぐ目の前に縄手の顔があることに息をのみながら


「あの・・・・先生・・・・・俺、心の準備が・・・・・」


 かすかな声で囁いた。


「ん?どないしてん?」


 目に力が戻った表情に安心をした縄手は、首をかしげた。




『ヤバい・・・・俺、止められなくなりそう・・・・ヤバい、ヤバい。』


 最後の残る力で、なんとか暴走しそうになる自分の欲望にブレーキをかけながら、「あぁ・・」小さく声をもらした後




「いえ!なんでもないです!失礼します!先生、さようなら!」


 大声で叫び、深く頭を下げたまま、勢いよく背中を向け、全力でこの場から逃げ出すように駆け出した。




 階段を一気に飛び降り、勃起してしまった股間を納め直し、再び走り出した。




 そんな姿を見送りながら、縄手は


「廊下は走るなー‼気を付けて帰れよー」


 既に見えなくなった久米に声を投げた。


「なんやったんや、あいつ?」






 ―――――――――――








 通学路とは逆側、橿原神宮前東出口のロータリーにあるベンチに木之本は座っていた。






 電車が到着する度に、目の前を足早に家路につく人々が通り過ぎる。


 誰も一人でいる自分に気づかずに、待つ人がいる家に戻って行く。


「誰もみな、愛し愛されているんだ。」そう思ってしまった木之本は、自分一人が世界から取り残されてしまった気持ちになり、しばらく体の力が抜けてしまったままだった。




 あの日の屋上庭園で香月が返した贖罪のキスを、思い違いだったことにしたい逃避と、校舎を歩く縄手を見つめる香月の高揚し続けていた瞳の奥の情熱の疎外感は、絡み合い戦いながら、木之本の思考回路を停止させてしまっていた。




 焦点の合わない瞳に、恋人をむかえに来た車のヘッドライトが横切る。


 塾に向かう子供たちが騒ぎながら、足先数センチを走り抜ける。


『涙がこぼれ落ちないように 滲んだ空を見上げているよ』不意に浮かぶ【HANABI】の歌詞に、まだ余裕があるのかなと、小さくため息をつきスマホを手にした。




 一時間前に久米に送ったメッセージは未読のままだった。


「もう・・・・疲れた・・・・」




 気分を変えたくてSNSを開くと、アルゴリズムで縄手と久米のBL話題が表示される。「・・・・・私、何か悪いことした?私が悪いん?なんで?」




 肩で大きく息を吐いた木之本は、スマホを消し、暮れゆく初夏の空を問うように見上げた。


 高校生最後の短い夏の一日が、終わろうとしていた。








「よーーーーう!木之本、やっぱそうなるよなぁーーーーぁ。」


 ふいに背後から声がする。




 聞き覚えのある声は嫌悪感のある声で、怪訝に眉をひそめながら、急いでカバンを手に取った。




「待てや!お前、このまま何も知らんままでええんか!」


 立ち去ろうとする木之本を、葛本は大声で呼び止めた。


 通りゆく人々が驚き、二人に視線が集まる。




 関わりたくない思いの一心で、無視を決め込んでいる木之本に追いつき並んだ葛本は


「おい!あいつのこと、お前は、なぁーんもわかってないんやで。」


「お前のことなんか、あいつにとって最初から、どうーーでもよかったってことに、はよ気づけや。」


 そんな声から逃げようと、速足になる木之本に、


「俺は親同士で付き合いあったから、色々知ってんねんで。お前、どんだけあいつのこと知ってんねん。」


 葛本は言葉のロープを巻き付け、歩調を止めさせようとする。


「あんたには関係ないやろ!いちいち絡むな!うっとーしい。」


 たまらずに木之本は、葛本に向き直り怒鳴ってしまった。




「お前は最初っから、久米に利用されてんねんで。」


 立ち止まり睨みつける姿に、平然と答える。


「あいつん家は、残念ながらおかま一家なんや。」


「は?何言ってんの?暑さで飛んでもーたん?」


 あきれた木之本は、駅の改札口へ足を向け歩き出す。


「あいつのおやじ、死んだんやなくて、本当はおかまと駆け落ちしたんや。」


 聞こえないふりで、首を左右に振りながら歩く木之本の前に立ちはだかり、


「あいつには、おかまが遺伝してるんや。」


 ニヤつき続ける。




 そんな葛本を避けながら先へ進む木之本に


「あいつは、お前と付き合ってる体にすることで、おかまをカムフラージュしとるんや。」


「それが証拠にみんなの前だけ優しいふりして、二人の時はそっけなかったはずやで。」




 さらに被さるように木之本の前に出た葛本は、両手を多きく広げ大袈裟に表現する。


 目を細め、完全に軽蔑した視線で呆れ顔になりながら、


「あのやー。香月のお父さんは、香月が五歳の時に交通事故で亡くなってるんやって!なに言ってんの?はあ?」


 木之本は、立ち止まり大きくため息をついた。




「だからそれが嘘なんやって。俺のオカンとあいつのオカン、同級生やで。」


「どんだけお互いの事、知っとるおもとんねん。」


「なんでそんなに必死なん!お前キモ過ぎ、ウザ過ぎ、死ねばいいのに!」


 少しずつ葛本のペースに飲み込まれていく、木之本は抵抗しながらも、久米の自分への態度を思い出してしまっていた。




 いつも私から背中に声をかけていたこと。


 いつも私から笑顔になっていたこと。


 いつも私からキスをしていたこと。


 いつもいつも、私が追いかけていたこと。




 知ってたのかもしれない・・・・




 そう、いつもつないだ手をほどくのは香月からだったこと。


 いつも気づいたら寂しそうな目で私を見ていたこと。


 いつも、キスの途中で目を開けるのは香月だったこと。




『カムフラージュ?ゲイだってことを?なんで?恋人を演じないといけない環境だったってこと?誰から?クラスのみんなから?家族から?世の中から?』


 木之本は徐々に歩調が遅くなり、立ち止まって俯いてしまった。




「ほらな!やっぱ思い当たるんがいっぱいあるやろ!」


 まんまと思う壺にはまってしまった木之本に、葛本は指を指してニヤついた。




「あるわけないやんか!あほか!」


 その指を払いのけ、睨みつけながらも心は揺らぐ。


「あいつんとこは、おかま親子なんや!女が馬鹿を見てしまうんやって!もうおっとろしいことやめて、縁切った方が身のためやで!」


 木之本の顔の翳りを見逃さずに、葛本は追い打ちをかけた。




 返す言葉が見当たらなくなってしまった木之本は、しかめっ面で葛本を睨み、逃げるように背を向けた。




「あいつに直に確かめてみーそのままやったら今日も寝れへんやろ‼」


 歩き出した木之本に最後の一投が刺さる。




 駅の改札をくぐりながら、一時間前に送ったLINEに返信が来ていないか確認をした。まだ既読になっていないメッセージ『東出口のベンチで待ってるからね。』


 大きくため息をつき、俯いたまま歩調を速めた。






 ――――――――――――






 縄手は職場がある橿原市に部屋を借りているにも関わらず、斎部の部屋に週の半分は住み着いていた。


 通勤時間と交通費が増えようとあまり気にならない。


 縄手にとって多忙な斎部と少しの時間でも感情を共有できる環境に、自分がいることが大切だった。




 時々、脂汗を掻いてしまうくらい、斎部が全く誰も近づけさせない雰囲気を放っている時があるが、お互いの相性は史上最強に合っていると思えていた。


 料理の好みも、観る映画の趣味も、街を歩くスピードも、一日の時間配分も、もちろんSEXの相性も。




 気を使い合ってるわけでもなく、譲り合ってるわけでもない。だけどどこかで許し合える関係。これぞ大人の恋愛という、お互いの距離の強弱があった。


 ただ、住み着いている以上、斎部は要らないと言うが、家賃を折半したい気持ちは山々あった。だけどそんな金額を払ってしまうと、給料のほとんどがぶっ飛んでしまう。だからせめてもの、部屋の掃除や食事の後片付けなどの家事全般は、縄手がするようにしていた。






 夕食の準備で出来た生ごみをディスポーザーで粉砕し、下水流に流しながら、ゴミ袋に不要物を詰め込んだ縄手は、『地下の集積所に持って降りなあかんかったらと、往復何分かかるんや、このタワマン。ほんと、各階にダストステーションなかったら、最悪やん。』心でつぶやき、


「ゴミ、捨ててくるでー」


 少し照明が落ち、夜景が広がるリビングに声をかけた。




 カウチソファに横向きに座り、足の上に乗せたノートパソコンから目をあげ「お願い。」と手を挙げる斎部に手を振り、縄手はキッチンを出た。




 心地いい空気がここにはあった。『結婚したら、毎日こんななんでもない、緩やかな時が流れ続けるんだろうな。子供が二人くらいできて、てんやわんやになって、いや、優耳はきっと冷静になんでもこなしちゃうやろうな。たぶん俺が主夫やってるかもな。』




 縄手は顔認証でダストステーションのロックを外し、ごみを分別しながら、近未来を想像してホカホカした気持ちになっていた。






 部屋に戻った縄手は、ペリエを注いだグラスを両手に斎部に近づき、一つを手渡した。


「え?飛行機事故?」




 ノートパソコンに表示されている記事が目に入り、身を乗り出した。詳細は日本語ではなかったため、ぱっと見ではわからなかったが、小型機の画像と、消息不明になるまでの航路図で何となく理解できた。


「うーん。」


 低く唸る様に息を吐いた斎部は、パソコンのパネルを閉じ、受け取ったペリエを一口飲んだ。




「え?優耳に何か関係あるんかいな?」


 少し考えるような表情の斎部に、心配そうにつぶやいた。


 ノートパソコンをソファの脇にずらし、


「あー、大丈夫。全然関係ない。世の中いつになっても物騒だなっと思って。」


 斎部はそう言いながら、一気にペリエを飲み干し、サイドテーブルにグラスを置いた。




「それなら、ええんやけど。優耳の会社、海外メインでやってるからなあ、心配や。」


 縄手はカウチソファの縁に腰かけ、上からのぞき込むように、腕を組んだ斎部を見た。




「あのさー。」


 そんな縄手を見上げて、突然思い出したように、斎部は切り出した。


「海外赴任になるかもしれない。」




「・・・・・・えええええっ!」


 あまりにも唐突な一言に縄手は慌てて、斎部の隣に座りなおし直視した。


「いつ⁉」


「まだ正式に決定したわけじゃないけど、遅くても半年以内にかな?」


 驚きのあまり、口が開きっぱなしの縄手の顔に、吹き出しそうになりながら告げた。


「え?え?え?どこに?どれくらい?え?えええ?」




 つい先ほどまで、明るい家族計画を立てていた縄手の近未来が、音を立てて崩れていく。


「とりあえず、落ち着け。」


 あまりにもそんな縄手の表情が可愛く思えた斎部は、たまらず口元が歪んでしまい、いったん天井を向いてから、縄手に向き直った。




「たぶんイスラエルかな。最低二年。」


「え?それは・・・・・遠い・・・え、ちょっと、マジかあ・・・・」


 落胆の表情で、肩をガッツリ落とした縄手に、


「私がいないと寂しい?」


 斎部は両手を伸ばした。


「当たり前やんか。死ぬで・・・」


 顔をあげた縄手は、その両手に合わせるように両手を伸ばし、体を寄せあった。




「でも・・・・優耳のキャリアアップの機会だろうしな。」


 体重を斎部に乗せ、重なり合うようにソファに沈んだ。


 首筋に寄せる縄手の頭を抱き寄せながら


「じゃあ、ついてくる?イスラエル。」


「え!ええの?マジで?」


 斎部の腕を解くように、また驚いた縄手は勢いよく顔をあげた。




「うん!マジで!」


「おおおおおーーー!」


 喜びの笑顔で見下ろす縄手に、笑顔で見上げる斎部。


「でもやなぁ・・・・」


 笑顔が霞み、少し考えるような表情になった縄手は、


「うーん・・・・行きたいけど・・・・やっぱ俺、今担当している生徒を責任もって、ちゃんと卒業させてやりたいしなあ。・・・・」


 斎部から目を反らした。




「なんで‼来いよ‼」


 そんな縄手の顔を斎部はのぞき込んだ。


「むこうでイイ男見つけるかもよー。」


「いや、それは絶対やめてほしい。」


 慌てて冗談を言った斎部に目を合わせる。


「だったら来いよ!私は真剣だよ。」


「うーーーーーん、卒業式終わってからでも・・・・・なんか、途中でやめてしまうってのは・・・・」




 困り顔が更に歪んでしまい、まるで泣き顔のようになってしまった。


「そんな顔すんなよーまだ決まった訳じゃないからさ。」


 両手を縄手の頬に当て、顔を真正面に向き直らせた。


「うん・・・・」


 不安そうに頷く。




「まあ、確かに区切りをつけてからの方が、気持ち的にはスッキリできるだろうしな。」


 斎部は、そのままゆっくりと縄手の頭を抱き寄せながら唇を合わせ、慰めるようにベッドへと導いた。








 ギザ87で編まれたボックスシーツに広がる汗の波紋の上を、二人はしばらく漂っていた。


 クーラーを最大にしていても、縄手の代謝は高く、汗がしたたり落ちては体の上に溜まり、腰のくびれから溢れだしていた。


 湖に深く沈み込むように息が途切れ途切れなり、その度に名前を呼ばれては浮上し、縄手にしがみつく。生と死の境界をなぜか感じられる、その瞬間がたまらなく麻薬だった。




 ぼやけた視界が徐々に現実に戻り始める、隣で仰向けになり、荒くなった息を落ち着かせている縄手に手を伸ばした。


 汗ばんだままの胸の筋肉は張り、呼吸を繰り返す。縄手の生を感じることで、自分の存在を確認できた。




 縄手の腕が伸び、体を引き寄せる。まだお互いに呼吸が整わないまま口づけを交わす。ダウンライトに微かに光る瞳を手繰り寄せ、その瞳の優しさに口元が緩み、微笑みながらまた口づけを交わす。




「ふーーーーーっ。」


 縄手が大きく息を吐いたことがきっかけとなり、斎部はまどろみながら、


「そういえば、あのぼくちゃんに、私の事ちゃんと伝えたの?」


 何気なくつぶやいた。




 その言葉に我に返った縄手は、目に恒星を瞬時に宿し輝かせながら、大きく口を開いた。


「あ!せや‼あいつ凄いんやで‼」


 久米の期末テストの成績が一気に上がったことを意気揚々と「上手くいったのは、すべて俺のおかげや!」とまくし立てた。




 手を大きく動かし、久米を称賛する縄手の様子をしばらく見ていた斎部は、自分の質問の答になっていないことに、苛立ちを覚えてしまい、


「まだ言ってないってこと?」


 縄手が続ける久米の話を、眉をひそめながら遮った。




「・・・・・まだ、言ってない…。」


『よくやったな!』と褒められると思っていた縄手は、困惑しながら目を伏せて、恐る恐るつぶやいた。


 斎部は、その表情を『可愛いなぁ(笑)』と感じながらも、


「その気が一切ないなら、無いとハッキリ伝えないと駄目だろ!なに穏便に済ませようと思ってんだよ。人は生きてる限り傷はついていくんだよ!」


 顔を背けた。




「あいつ、そんなに真剣に俺の事、思ってるんかな?」


「そうなる前に!真剣になる前に言うんだよ!ただ言葉はちゃんと選ばないといけないけどな!」


「でもさーぁ、あいつ彼女いるしさーぁ。」


「あのさ!それが、かりそめの仮面だったらどうするんだよ。」


「え?・・・かりそめの仮面って?」




 煮え切らない態度に可愛さ越えて腹が立ってきた斎部は大きくため息をつき、ベッドから立ち上がった。




「もういい。」


 床に散らばった服を手に取り、ドアのノブに手をかける。


「成績を上げたぐらいで、覚醒させた気になってんじゃねーよ。」


 勢いよくドアを開け、


「今日は帰れ!」


 斎部はそのままシャワーへと向かった。








 熱めの水流に頬を打たれるように顔をあげた斎部は、


『なんで私はこんなにイラついてるんだ?』


 心中を落ち着かせるように顔を左右に振った。


 たがが十七歳の男子高校生に、感情を揺らされてしまっている自分を思うと、更にイラつきが増してくる。今までに感じたことのない感情に自分でも驚きながら、水流を止めた。




 バスルームミラーに写る自分の目と目が合う。瞬間、少し吹き出してしまった。


 縄手の心に住み着いた【久米】という存在が、斎部自身にも住み着こうとしていることに気がついたからだった。




『この私の心に、土足で入り込もうとしているのか‼生意気にも程がある‼』




 口元に力を入れ、鏡の中の自分を睨みつけ真顔になろうとするが、睨みつければつけるほど、何故か笑いがこみあげてきて止まらなくなってしまった。髪の毛を両手で後ろに流すように頭を抱えたまま、


「ハアッ、ハッハッ、ハアッ、ハッハッ‼」


 いつの間にか笑い声は大きくなり、バスルームに大反響となった。




 その声は、今玄関口でそそくさと靴を履いている縄手をビクつかせてしまった。




 ハアッ、ハッハッ、ハアッ、ハッハッ‼



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