007 道を辿る【三題噺 #109】「使者」「横顔」「真似」
--------------------------------------
丘の上の集落。
--------------------------------------
わたくしが、その池に辿り着いたのは、なんの因果だったのでしょうか。
偶然など、この世にはございません。使者が来た、それは必然だったのです。
川の流れるほとりの小さなアパートに家族で住み、その小さな部屋に、酒盛りに来る人たちは、何故家に帰らずあのアパートに来ていたのでしょう。近くにご自分の立派な家がありますのに。ご自分の家には美しい奥様と子供たち、それぞれ飼っている犬や猫や小鳥や猿がいるとうかがっていますのに。
小学生に上がった頃には、すでにお酒を注ぐことを覚えていました。母は、料理上手で、酒盛りの支度をして夜には仕事に出かけました。
わたくしにとって、愛想を言い、男の人に可愛がられることなど簡単でした。母は、とても美しい遺伝子をわたくしに与えてくれました。
ガニュメデスが神々の宴で給仕をする真似をして、手持ちの精一杯のおめかしをして小さな部屋を妖精のように飛び回りました。わたくしは人よりも背が高く早熟でしたので、都合が良かったのです。彼らは容易に言葉に乗り、少なからず、お小遣いをくださいました。
あの夜の酔客の笑い声に、すでに池の水音が混じっていたのかもしれません。
酒盛りの人たちの中には、お役所に勤めている方もいらっしゃいました。
古い、使っていない三角屋根の洋館に、引っ越すこととなり、母は喜びました。
誰も買取手がつかないのだと、お役所の人が言い、わたくしたち三人は、この家に住み始めました。
夜毎に酒盛りをして人が集まるのは、相変わらずでした。
部屋は段違いに広くなったので、わたくしには自分の部屋が与えられました。小さな屋根裏部屋は、三角の高い天井で、深海のような深い青緑色の壁の色が気に入りました。そこに安価なシャンデリアを下げ、大きなダークピンクのシェードのスタンドランプを置きました。
わたくしは、その小さな可愛らしい洋館には夜な夜な幽霊が出ることを知っておりました。
友人がその家の前を必ず迂回していくので、家に遊びに行こうとしたある日尋ねてみたのです。
「葉月ちゃん、この道を通ったほうが近いんじゃろ?」
「うん、こっちの道のほうが好きなんよ」
通りの先を見据えて、まっすぐ歩く横顔は緊張した面持ちで、わたくしは興味を持ちました。
「えー。なんかあるんじゃねん?」
「ううん、大丈夫だと思う。言葉にしたら定着することもあるけん、大丈夫」
彼女は、少し不思議な言い方をしました。
わたくしは、その意味を測りかねて胸がざわざわとしました。
--------------------------------------
つづく。
--------------------------------------
初稿:2025年8月21日10:00 / 修正:8月22日07:00
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます