7時 Lie
レイグラード中央部に位置する警察署の前からは、美しい首都の姿が一望できた。
川が遠くにきらめき、その岸辺には監視塔がそびえ立つ。
「12月20日。10時30分。国家反逆罪で逮捕する」
警官の声と共に、手錠をかけられた②は小さく笑った。
「ふふっ。殺人罪じゃないのね」
その横顔に向かって一ノ瀬は言った。
「なんで……私が好きなの?」
その問いに、彼女は少し考えるように目を伏せた。
「うーん。貴方が私にないものを持っていたから。さっき言った理想の投影。……でも、人を好きになるのに理由っている? 理由がある愛の方が高潔?」
微笑む口元は儚げで、②は最愛の人に向かって最期の言葉を口にした。
「大好き。ずっと私を忘れないで」
そして彼女は自ら歩を進めた。警察署の裏手へ。この美しい街に隠された、氷の下へと。
神宮は報告書を片手に、無機質に文字を綴っていた。
――「振付師、ひいては国家に決められた演技への反発から振付師を殺害。そして能力者を餌に、変身の悪魔と契約し、振付師の死を数日偽装した。試合での敗北を悟ると、能力者を強襲。当主様への反逆と判断し、即日処刑を執行する」
台本通りの末文だ。この報告内容も"変身"を重ねて、最終的には②を国家の転覆を狙った大悪党に仕立て上げるのだろう。嘘で塗れた舞踏会は、大会が終わっても続くのだ。
「やりたかった自分の振付を滑り終えたのに、なぜ犯行を隠そうと、一ノ瀬に罪をなすりつけた?」
それはただ報告書を補足するための問いかけだった。
「好きだからこそ穢したかったのもあるけど……」
神宮は銃を構える。銃口は無慈悲に彼女の心臓を射抜く位置を見据えた。
「……死にたくないことに、理由がいる?」
銃声は一度だけ、乾いて響いた。
*
神宮が警察署の表に戻ると、一ノ瀬がもじもじしながらも声をかけてきた。
「あの、ありがとうございました。助けていただいて。それで私……」
「君、読心能力者だろ?」
神宮の言葉に、彼女は弾かれたように目を見開いた。
「振付師と②の会話を“聞いていた”と言ったが、あれは外国語だったはずだ。君に理解できるのか?」
一ノ瀬の肩が、かすかに震えた。
「心を読む場合、言語ではなく本能的な叫びを聞くんだな」
「外国語じゃなかったですよ。あなたその場にいないでしょう」
「嘘をついても無駄だ。僕は耳が良くてね、半径数キロぐらいなら楽に聞ける」
一ノ瀬は眉をひそめ、震える声で問う。
「……あなた、何者?」
神宮は保安省の手帳を取り出し、無造作に見せた。
「……!」
一ノ瀬は「騙したな」と言いたげな目でこちらを見た。だが、護衛になると申し出たとき、国家の犬ではないと嘘をついた覚えはない。
「私はまだ滑りたいんです……読心能力より、スケートで役立てます! 今日も大会で優勝しました!」
その叫びに呼応して、心の監視装置から鋭い警告音が鳴る。激情の波が、制御を振り切って震えていた。
「私は、国の道具にはならない!」
「今は違うと?」
この監視社会で完全に隠し切ることはできない。上には知られているのだろう。だが、国威掲揚に貢献する限りは、スケーターとして生きられる。
「私は! 自分のために滑ってる。国の命令であっても、自分のために」
その瞳には、烈しい反骨が燃えていた。両親を保安省に粛清されたトラウマを経て、これほどの眼差しを向けるとは。
彼女を無理に従わせるのは容易いが、彼女を国に貢献させる必要もない。
「一度助けてやった分、一つ働け。そしたら能力について上には黙っておいてやる」
息を呑む彼女に、神宮は静かに告げる。
「保安省本部の能力強化装置を使えば、今ようなぼやけた声でなく、思考内容まで読み取れるはずだ。それで僕の心を読め」
「あなたの心を読む? なんで?」
怪訝な眼差し。自分の心を読まれたい人間は少ないのだろう。
「僕の中にある親友の記憶を読み取り、彼を再現するためだ。心の情報さえあれば、再現するための能力は見つけてある」
「記憶の中の人の心なんて、読めると思えない」
「僕には完全記憶能力もあるから、映像として心に残ってる。決して忘れない」
「彼は記憶
「え、能力の話じゃないでしょ……?」
「?」
「え、あなたが彼を忘れないのは、親友を忘れたくなかったからでしょ?
……彼に記憶を消す能力があったとしても、きっと使わなかった。忘れられたくなかったから」
神宮は一ノ瀬の推論を聞き、一つの問いが生まれた。
なら漣くんは嘘をついていたのか?
神宮は思案した。
(本当は改竄能力を使えるが、あえて使わなかった可能性があると。確かにその能力だけ欠けているのは不自然だ。彼は自分を忘れて欲しいと言いながら、本心では忘れて欲しくなかった?)
神宮は黙したまま、一ノ瀬を警察の用意した車へ乗せる。
漣が全ての能力が使えるなら、自分も同じだろう。自分にも読心能力が、使いこなせないだけで備わっているのか。
その時、彼女は「心を読むのは承諾するが、条件がある」と言った。
「私に、嘘をつかないで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます