第32話 Bランク、蔵掃除の依頼

イリシアの魔導ローブが完成するには、しばらくの時間が必要だった。

職人の槌音を背にしたアレンたちは、手持ち無沙汰を解消するため、冒険者ギルドへと足を向ける。


掲示板にずらりと並ぶ依頼票を眺めながら、アレンが指差したのは――「某貴族屋敷の掃除」という、一見Fランクでも受けられそうな内容だった。


「これにしようか。掃除なら安全だし、ちょうど手も空いてるし」


「……アレン」

リリアナが深いため息をつき、腰に手を当てる。

「私たち、もうBランクなのよ? 何でわざわざ雑用までするの」


「いや、でも……屋敷の掃除っていうのも、貴族に恩を売れるチャンスかもしれないだろ?」

アレンは真剣な顔で言うが、その響きには「気軽にできるから」という理由が透けていた。


セレーネが微笑みを浮かべ、さらりと口を挟む。

「私は悪くないと思いますわ。貴族との繋がりは、後々必ず役に立ちますもの。しかも、掃除なら失敗のしようがありませんし」


「……ふぅん」

リリアナは渋々ながらも頷いた。

「しょうがないわね。どうせ止めても受けちゃうんでしょ」


こうして一行は、王都の一角に構える貴族の屋敷を訪れた。

広々とした庭園を抜け、出迎えた執事に案内されると、依頼の内容が告げられる。


「お屋敷の蔵を掃除していただきたいのです。古い物が積まれていて、最近は人手がなく……」


「蔵、か……」

リリアナは頭を押さえ、肩を落とした。

「やっぱりただの雑用じゃない」


だがアレンは、意気揚々と頷いていた。

「よし、任せてください! 隅々まで綺麗にします!」


一行は黙々と蔵の掃除を進めていた。

二階建ての蔵は、長年の埃と古びた木箱でいっぱいだ。

カイルが「ほんとにBランクがやる仕事かこれ……」と文句を言いながらも、大剣をほうき代わりに使って床を払うと、リリアナに頭を叩かれた。


「真面目にやりなさいよ!」

「はいはい……」


そんな中、アレンが奥の棚を動かした瞬間――光がきらりと弾けた。

「ん……これは?」


取り出したのは、琥珀色に輝く宝石だった。

ただの宝石とは違い、内部には木の根のような模様が広がり、温かみのある光が脈打つように明滅している。


「きれい……」ソフィアが思わず見とれる。

セレーネも目を細め、「ただの装飾品じゃありませんわね」と呟いた。


アレンは蔵の主である当主に見せることにした。

屋敷の当主――レオンハルト侯爵は、宝石を手に取るなり、目を大きく見開いた。


「こ、これは……まさか、蔵に眠っていたとは!」

驚きと安堵の入り混じった表情で、侯爵は宝石を両手で包み込んだ。

「これは五大宝石のひとつ、“地脈石”に間違いない……! 妻が大切にしていたものを、ずっと探していたのだ」


侯爵夫人も駆け寄り、涙ぐみながら宝石を見つめる。

「また私のもとに戻ってきてくれるなんて……」


アレンたちは顔を見合わせた。

ただの蔵掃除が、思わぬ大発見に繋がったのだ。


侯爵は改めて一行を見据え、厳かに告げる。

「この地脈石は、五大宝石のひとつ。残る四つ――“星涙石”“炎魂石”“幽霧石”“風詠石”を、ぜひお前たちに探し出してほしい」


リリアナは頭を抱えた。

「また新しい依頼が増えた……」


セレーネは逆に嬉しそうに微笑む。

「でも、五大宝石……国にとっても大きな意味を持つはずですわ。受けておいて損はありません」


アレンは少し考え込み、仲間の顔を順に見渡した。

「……わかった。俺たちで探し出します」


こうして一行は、新たな大任――五大宝石の探索を引き受けることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る