第28話 星屑を探す旅路

アレンの家の一室、木箱の中に、青白く揺らめく光を放つ「イリシアの涙石」が収められた。昼間でも淡く光を放ち続けるその石は、ただそこにあるだけで部屋の空気をひやりと澄ませ、まるで祈りの残滓のような神聖さを漂わせていた。


「……まずは一つ、手に入ったな」

アレンがそう呟くと、リリアナが腕を組んでため息をついた。

「次は月光シルクだけど、満月まで待たなきゃどうにもならない。だったら先に星屑粉末を狙うしかないわね」


「でもさ」カイルが首をかしげる。「流星の破片とただの石ころって、見た目で区別できるもんなのか?」

「そうよね……」アレンも思わず唸る。「文献には“星の息吹を宿す粒子”って書いてあったけど、どうやって見極めるんだか」


重たい空気が流れる中、控えめにソフィアが口を開いた。

「あ、あの……もしかしたら、私、役に立てるかもしれません」

皆の視線が一斉に集まると、ソフィアは少し俯きながら続けた。

「回復魔法を覚える過程で、魔力の流れを細かく探る訓練をしたんです。普通の石にはない微細な魔力……たぶん、探知できると思います」


「おお、ソフィアすごいじゃないか!」カイルが勢いよく肩を叩き、ソフィアは顔を真っ赤にする。

リリアナはにやりと笑って「ようやく自分から役割を示せたわね」と囁き、ソフィアはさらに耳まで赤くして俯いた。

アレンは素直に微笑んで言った。「頼りにしてるよ。これで目処が立ったな」


こうして一行は、星屑粉末を求めて旅立つ準備を整えた。

目指すは、古い巻物に記されていた“無人島”。「星降る丘」と呼ばれるその地は、夜ごと流星が落ち、微細な魔力の粒子が降り積もると伝えられていた。



王都の港で、彼らは一隻の魔船をチャーターした。

魔力で推進する船体は、風や潮に逆らっても滑るように進むことができる。港の喧騒から離れ、静かに船が水面を切り裂くと、潮風に混じって魔力の振動が微かに響き、夜明けの海に白い航跡が残った。


「星屑粉末……ほんとに見つかるのかな」

セレーネが海を見つめながら呟く。

「見つけるのよ。私たちの力で」リリアナがきっぱりと言い、背を伸ばした。

アレンはそんな仲間たちを見渡しながら、心の奥で小さく決意を固めた。


星々が瞬き始める海の向こうに、伝説の島が待っている。


魔船を降り立った先は、地図にあったとおり小さな無人島だった。

潮風にさらされる岩肌と、低木がまばらに茂るばかりの寂しい景色。外敵の影は見当たらず、足を伸ばせばすぐに丘の全貌が見渡せるほどの広さしかない。


「ここが……星降る丘?」

リリアナが眉をひそめて呟く。

見た目は荒れた普通の丘で、古文書にあった“星々の息吹が降り注ぐ神秘の地”という言葉から想像される幻想はなかった。


「とりあえず、探してみよう」

アレンが促すと、ソフィアは一歩前に出て、目を閉じて深く息を吸った。

掌を地面にかざすと、微細な魔力の流れを探り始める。


「……ん、感じる。普通の石と違う……魔力の粒が、ちょっとだけ混ざってる」

彼女はしゃがみ込み、雑多な石の中から一つを拾い上げる。

灰色の中に、ごく薄く光を帯びた小石。言われなければ気づかない程度の違いだった。


「すごいじゃないか!」カイルが声をあげる。

「ほんとに見分けられるのね」リリアナも感心して身を乗り出す。

セレーネも手を伸ばして「見せて?」と覗き込むが、ソフィアは慌てて小石を胸元に抱き寄せた。


「だ、駄目ですっ。集中が途切れちゃいますから……!」


「悪い悪い」アレンは苦笑しながら頭をかいた。

結局、魔力探知ができるのはソフィアだけで、他の四人にできるのは見守ることだけだった。


時間が経つにつれ、アレンたちは手持ち無沙汰になり、丘の周りで石を積んだり、枝を拾って投げ合ったりと遊び始めた。

その様子が耳に入ったのか、ソフィアの眉間に皺が寄り、とうとう声を荒げる。


「私ばっかり働いて……みんな遊んでるんですか!」


不満を隠しきれず顔を膨らませるソフィアに、四人は気まずそうに顔を見合わせた。

アレンは慌てて駆け寄り、「ご、ごめん! 任せきりにして……」と謝る。

だがソフィアはじっと彼を睨み、「そんなに近づかないでください。集中できません」とそっぽを向いた。


「……だってよ、アレン」カイルが肩をすくめる。

「しょうがないわね。私たちは黙って待機ね」リリアナもため息をつく。

セレーネも「仕方ないわ。お茶会でもしたいけど、ここには何もないし」と笑って肩を落とした。


結局、四人は丘の片隅に腰を下ろし、波の音を聞きながらただじっと待つしかなかった。

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