第2話 許嫁は、年上のシーフ!?

その日の夕暮れ、アレンは家に戻った。

豪奢すぎないが品格のある屋敷──剣聖ライオネルと大魔導士セリーヌの家にふさわしい佇まいだ。


玄関を開けるなり、父の豪快な声が飛んでくる。

「どうだった、ギルド登録は!」


「無事に終わったよ。初依頼は……薬草採取だった」

「ほう、いいじゃないか。基本からだ」

「……ただ、仲間を連れていないと依頼は受けられないんだって」


父は「ふむ」と短く唸り、にやりと笑った。

「なら、ちょうどいい。あてがある」


翌日、アレンは父に連れられて王都の訓練場にやって来た。

そこに立っていたのは、陽光を浴びて輝く栗色の髪を後ろでまとめ、革鎧に身を包んだ女性。腰の双剣と、冒険者らしい落ち着きが目を引く。


「紹介しよう。リリアナ=クレスト。アレン、お前の仲間……いや、許嫁候補だ」


「……は?」

アレンが目を瞬かせる横で、母セリーヌが「えっ!?」と鋭い声を上げた。

しかしすぐに表情を取り繕い、腕を組んで「……なんでもないわ」と視線を逸らす。


リリアナは一つ年上。父同士が旧友で、幼いころから顔を合わせてきた幼馴染だ。

だが今はすでに冒険者ランクD。場数を踏んだ風格を漂わせ、堂々とアレンの前に立つ。


「久しぶりね、アレン。立派になったじゃない」

にやりと笑みを浮かべ、リリアナは片手でアレンの肩を軽く叩いた。

「冒険者としてはあんたの先輩よ。だから最初の依頼くらい、私の言うことをちゃんと聞くこと。わかった?」


「せ、先輩って……僕だって剣も魔法もSランク級なんだぞ」

「実戦経験ゼロでしょ? 口答えする暇があったら、草の一本でも抜けるようになりなさい」

ぴしゃりと切り返され、アレンは言葉を詰まらせる。


父は豪快に笑い、母は小さくため息を漏らした。

こうしてアレンは、許嫁であり冒険者の先輩でもあるリリアナとコンビを組み、初依頼「薬草採取」へ向かうことになった。



依頼書に書かれた簡単な地図を手に、アレンとリリアナは王都近郊の森へと足を踏み入れた。

「ここは初心者向けの森よ。危険度は低いし、出るのもせいぜいスライムとかホーンラビット程度」

リリアナは軽快に言いながら、手際よく道を切り開いていく。


実際、時折低級の魔物が現れたが、リリアナの短剣が閃くと一瞬で地に伏した。

「アレン、剣は抜かなくていいわ。初依頼で怪我なんて、笑えないから」

「う、うん……」

(だけど、僕はもっと大きな依頼で人々を助けたいんだ……!)

心の奥で、アレンの胸は高鳴っていた。


やがて目的の薬草を見つけると、二人はしゃがみ込み、規定量を摘み取った。

「これで十分ね。あとは帰って報告すれば完了」

「……でも、せっかく来たんだから、もっと取っておこうよ。予備があれば困ってる人も助かるだろうし」


そう言ってアレンは目を輝かせ、断崖の上の方に群生している薬草を見つけた。

「ちょっと待ちなさい、あんなところ危ないわよ!」

「大丈夫だよ、これくらい」

父譲りの剣士の体力と、母譲りの魔力操作で軽やかに岩壁を登っていく。


「……全く、昔から無茶ばかり」

リリアナは腰に手を当て、呆れたように見上げた。


アレンは上へ上へと進み、さらにその上に新しい薬草を見つけては登っていく。

やがて崖の最上部にたどり着くと、そこは意外にも平坦な小さな台地になっていた。


そしてその中央に──薬草とは明らかに異なる、ひときわ美しい花が咲いていた。

淡い光をまとったその花は、青とも白ともつかぬ輝きを放ち、風に揺れるたびに周囲の空気までも清らかにしていくようだった。


「……きれいだな」

思わず花を摘み取ると、甘やかな香りが鼻をくすぐる。


やがて崖の最上部で花を摘んだアレンは、するすると身軽に岩壁を下りてきた。

土埃を払いつつ、リリアナの前に差し出す。


「見てよ、こんな花が咲いてたんだ」


リリアナは目を細め、ふっと微笑んだ。

「……本当。きれいな花ね。薬草採取の依頼なのに、そんなおまけまで持ってくるなんて」


アレンは少し照れながら、その花を見つめる。

「母さんにお土産にしようと思って。……きっと喜んでくれるから」


リリアナは肩をすくめて笑った。

「ふふ、あんたらしいわね。じゃあ、その“おまけ”は大事に持って帰りなさい」


アレンはうなずき、花を丁寧に袋へとしまい込んだ。

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