第10話 予約、穏健派、闇討ち
「ほんとに美味しい。どうやって作ってたの、この肉」普段の無頓着な食生活からは想像だにしないほど勇者はくいつく。
「えっとぉ、牛っていう動物にたくさん草を食べさせて…」
「今の質問で牛の育て方答えるとは思わなかった。料理の方法だよ」
「熟成のことですかぁ?」
「熟成? 肉を?」
「そですぅ」
「そんなことできるの?」
「別に普通にやるのよ。けどテレーズは目利きっていうか、鼻が良くて熟成具合を嗅ぎ極めるのが上手いの。メイド時代はシェフでもあったんだ」
とゾーナ。テレーズはこくこく頷く。
「ふーん…。それでこんなおいしい肉が」
「おほめに預かり光栄でぇす」
「さて、それじゃそろそろ本題でも入ろうかな! アンタに美味しい肉を食べさせるためだけに此処に来たわけでもないし」
「僕に美味しい肉を食べさせるために来たわけじゃないの?」
「私の美味しい肉を食べに来ただけじゃないんですかぁ?」
「テレーズ、例の紅茶」
「ああ、うぃ」
素直に頷いたテレーズはキッチンの奥へと引っ込んでいく。
それを見送った勇者は不思議そうな顔のままゾーナのほうへと向き直った。
「もうお茶? 食後に頼むんじゃなくて?」
「おまちど」
とテレーズが置いたのは瓶だ。茶葉が入っていた。紅茶を頼んで茶葉そのものが出て来るとは思わず、勇者は目を丸くする。
「今晩涼しい場所に置いておくとぉ一番いい発酵状態になりまぁす。どぞ」
「ありがと。で、次の仕事はこれね」
流れるようにぽんと渡された茶葉を見つめて、勇者は「そう言うこと…」と呟いた。
「これを運べってことね」
「依頼主はウェスタニアのカガリ家当主。ティカ・カガリよ」
「えっ、ティカ? てかウェスタニアに行くの?」
「そう。明日の朝までにティカのもとにこれを届ける」
ゾーナは肉にフォークを刺し、口へと運ぶ。それを真似るように、勇者も肉を一口食べた。
とても美味しい。
ウェスタニアは「旧魔王御前」と呼ばれる地方であり、魔王と魔物の影響を色濃く受けた場所である。
勇者に女神の祝福が顕現する前から魔物と抗争を続け、魔王が滅んだ後も戦士が暮らし、武家と呼ばれる武力集団が残っている。カガリ家はその中でも穏健派として知られている中立・平和主義者であり、魔王征伐の折にゾーナが構築した人脈の一つが、カガリ家の現当主ティカ・カガリである。
彼女はゾーナと勇者の共通の知人で、もっと言えば戦友であり、魔王討伐に際してはカガリ家と共闘体制があった。また、もともと剣の素人だった勇者が真の意味で剣の扱いを覚えたのは、その時のカガリ流との交流の成果である。
「魔物がいなくなったあとも戦時に生まれたしがらみが残ったままなのか、人同士の抗争が絶えないみたいでね。ティカはその状況に手を講じるために当主集会を立案したの」
「て言っても当主たち応じてくれるの? 話し通じなさそう…」
「ティカ以外の呼びかけじゃ無理だったろうけど、ティカだから何とかなったみたい。それから彼女は出席者に振舞う料理や土産物を半年以上も前から見繕ってる。その一つがこれ」
こんっ、とゾーナは指で瓶を叩く。
「テエンジク限定生産の最高級茶葉、それを最高の職人が管理して発酵させた紅茶」
「おお…」と勇者は子細を完全には理解できていなかったが、感心したようだ。
「この紅茶は食事会の最後に出される。ティカが微に入り細を穿つ調整をしたランチを飾る品としてね。お腹を満たした参加者の心を落ち着け、食事会のテーブルを話し合いのテーブルに変える。終わり良ければ総て良し――その逆も、また然り」
「どうも責任重大だね。ティカの集会はいつ?」
「くすっ。この紅茶は明日の朝に最高の状態になるのよ。分かるでしょ?」
「明日か」
「ティカとは半年も前から手紙でやり取りをしてる。最後の返事も受け取ってる――商会が太鼓判を押す茶葉が無事にウェスタニアに届くのを待ってるって」
「半年前って僕、まだ仕事受ける前じゃん」
「断ると思ってなかったし断らないでしょ?」
「君の
「ありがと! じゃ、成功を祈って!」
ゾーナは勇者が手に持っていたグラスにチン、とグラスの端を当てた。勇者は一切グラスを動かしていなかったので、代わりにため息で応じるのだった。
そして
「ひとつ」
と、ゾーナは急に声を潜めて囁く。
「ティカがランチタイムを選んだのは闇討ちを防ぐため。ティカ自身にもその意思がないことをアピールするためでもあるけど――他に邪な考えを持つ人を全て防げるとは限らない。ティカと言えども、全利害関係に関わりなく生きて来たわけじゃないから」
「…誰かいるの? 敵が」
「極端な話、いつだって無いとは言いきれないことよ。でもティカは当日の自分の警備は最小限に抑えるつもり。穏健派代表としての態度を示すためにね」
「それでどうやって――いや読めたよゾーナ。僕は茶葉を届けた後も、集会が終わるまでそこにいた方が良い。違う?」
「さすが頼りになる」
「護衛だね。ティカの」
「アンタの面はウェスタニアの当主たちには割れてない。ティカにさえもね。商会から送られた配達人の体で集会所に入って、しれっとティカの護衛を続けて。当主たちがティカの仲裁の下の停戦協定を結びさえすれば良い。それ以降の闇討ちは、ウェスタニアの武家当主全員を敵に回す蛮行に変わる」
「その瞬間までか…」
「ま、アンタには楽勝よ! 自信持って!」
「ちなみに聞くけど。そんな剣呑な場にゾーナは行かないよね?」
ゾーナは肩を竦めた。
「行くわよ? 魔王城にも行ったのに今更なに?」
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