⑪劇の練習
「早いな、穂村。」
私の次に練習室に来たのは弥雷くんだった。いや、正確に言えば、御門さんもだ。すぐ隣で、ツンとすました様子で腕を組んでいる。今日は初めての劇の練習。クーラーが効いている教室は、少し寒く感じる。
「おはよう、み……。」
そう言いながら、結愛ちゃんに言われたことを思い出してしまい、俯いた。ついさっきのことだもん、気にしないなんて出来ないよ。
「わりぃ、遅れた!」
真白も到着し、シンデレラグループ、全員が揃った。頬を軽く叩く。今は悲しい顔してちゃダメだ。目の前のことに集中しよう。あ、そういえば私主役なんだった……。
「どうする?セリフ読みからするか?」
「いや、最初は軽く声出しをした方が良いと思う。そうだな、モッツァレラチーズゲームをやろう。」
説明しよう。モッツァレラチーズゲームとは、順番に、モッツァレラチーズ、と言うだけのくだら……単純なゲーム。ルールは簡単。前の人より大きな声で言うこと。
「じゃあ、俺から時計周り、俺、日浦、御門、六華って感じでいこうか。」
真白のバカ、私を最後にしないで!
「行くぞー!モッツァレラチーズ!」
おまけに真白ったら、どんどん声を大きくしていくゲームなのに、最初っから音量MAXじゃん。
「じゃあ僕の番だ……ッ、モッツァレラチーズ!!」
わ、弥雷くんが大声出したの初めて聞いたかも。鼓膜がビリビリと震える。でも、一応防音室ではあるから、外の迷惑にはなっていないはずだ。
「モッツァレラチーズ!!!」
御門さんは大声を出しても、喚くって感じにならないで、ちゃんとはっきり通った声って感じだ。流石、現役の子役。あ、女優か。
「六華、早く!」
いけないいけない。息を大きく吸う。大丈夫、大きな声を出すには、腹筋を使ってお腹から声を出すようにするだけ。ここにいるのは、みんな友達だし、緊張もしない。大丈夫、大丈夫。
「モッチャ、あれ、モッチャレラ、違う、抹茶、……。」
しまった。普段全然話さないから滑舌が終わっている。みんながシーンとしている。
「……穂村さん、ここで詰まるなんて論外よ。後で滑舌向上トレーニングを送っておくから、明日までに直してきなさい。」
御門さんの言葉にしゅんと項垂れる。情けない。穴があったら入りたい。
「ま、まあ、とりあえずセリフ読み行っちゃうか!」
場の空気を変えるように、真白が明るい声をあげる。私ってなんでこんなにダメダメなんだろう。情けなさすぎて涙が出てくるよ。
「私も舞踏会に行って王子様と踊りたい。」
「穂村さん、声が聞こえない!やり直し!」
「私と踊ってくださいませんか。」
「南くん、なんかねっとりしてて気持ち悪いわ。」
さっきからダメだしばっかり。御門さんはスパルタ並に、一言話すごと、言葉が飛んでくる。でも、それは真白や主に私に対してだけ。
「ここは私が食い止めます。」
「いいわ、弥雷!流石ね!」
弥雷くんに対しては甘々というか、親バカみたいというか……。それに、御者のセリフがヒーローみたい。通し練習が終わった頃にはチャイムが鳴った。……。今日の私、本当にダメダメだった。弥雷くんも、注意はされてたものの真白も、演技力があった。ちゃんとお芝居になってた。なのに、私はそもそも声が小さい、動きが小さい。本番は沢山の人の前でやるのに、練習の時点でぼろぼろ。それに対して、御門さんは現役子役、間違えた女優なのもあって、凄い上手だった。やっぱり御門さんがシンデレラの方が良かったのに。でも、私なんて意地悪な姉だとしても、どうせ出来ないよね。そう思うと同時に、胸がしめつけられた気がした。何もかも上手くいかない。
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