⑩結愛ちゃんとケンカ

今日は連日の雨が嘘のようにカラッと晴れたいい天気だった。教室に入って、結愛ちゃんが一人で準備をしているのが見えた。あ、今なら話しかけるチャンスかも。

「おはよう、結愛ちゃん。」

出来るだけ大きな声を出したつもりだった。ても、結愛ちゃんは私に気づいていないみたい。聞こえてなかったかな。もう一度言ってみよう。

「おはよう、結愛ちゃん。」

「うるさい。」

間髪入れずに聞こえてきたのは低い、でも確かに結愛ちゃんの声だった。その言葉が信じられずに固まる。いつもの結愛ちゃんならテンション高く挨拶を返すはずなのに。何も言えずにいると、大きくため息をついて、どこかへ行ってしまった。私、何かしちゃったかな。昨日はいつも通りだったはずだ。教室に入ったら、近くに結愛ちゃんがいて、ちゃんと挨拶をしてくれた。なのに、何でこんなことになっちゃったの?小学校の頃を思い出す。クラブの友達や、みるくちゃん達が私から離れて行ってしまったこと。私、また失敗しちゃったのかな。とりあえず、謝らなきゃ。謝ってどうにかなる問題なのか分からないけど。私は結愛ちゃんを探し始めた。


あ、いた。同じ階の第二練習室。教室の中には結愛ちゃんしか居なかった。どうやら、発表会の持ち物を整理していたみたい。開けっ放しの窓からひんやりとした風が入り込む。それに、逆光のせいで、影ができ、結愛ちゃんの顔がよく見えなかった。

「結愛ちゃん、あの、私何かしちゃった?怒ってる、よね。本当にごめん!」

真剣に、でも優しく、心から謝った。結愛ちゃんは何も言わない。

絶対、怒ってる。でも、ここで逃げちゃダメだ。私はもう、友達を失いたくない。

「私本当に身に覚え無くて。でも傷つけちゃったなら本当にごめん。」

そう続ける。こういう時、何て言えばいいんだろう。正直、頭の中は真っ白だった。すると、結愛ちゃんは髪を軽くまとめていたポニーテールを解き、大きなため息をつく。まるで、うざったい、とでも言いたげだ。拳がわなわなと震えている。

「うるっさいな。男目当ては黙ってろよ!」

「え……?」

私も驚いたけど、それ以上に結愛ちゃん自身が驚いていた。バツの悪そうな顔をしてそっぽを向く。今、男目当てって言った?結愛ちゃんの言葉が頭の中を反芻する。私のこと、そんな風に思ってたの?仲直りが出来なかったことより、嫌なことを言われたことの方がショックだった。何、これ。上手く立っていられずに、ドアによりかかるように体を支えた。心臓の音がやけに大きく聞こえる。これが本当の結愛ちゃんなの?結愛ちゃんと言えば、明るくて、可愛くて、独りぼっちの私にも臆せず話しかけられる勇気がある素敵な子だ。何も言えない私に痺れを切らしたのか結愛ちゃんが続けてまくし立てる。

「聞いたの。彼氏をりーたんに盗られそうだって。」

いや、それ絶対御門さんじゃん。知り合いが少ないから名前を伏せても丸わかりだよ。いや、盗ろうとなんてしてない。日浦くんのことをそんな目で見たことは一度もないよ。私は無実です!

「日浦くんのこと、狙ってるんでしょ?B組の南くんと付き合ってるのに。」

真白のこともそんな目で見たことは一度もないよ。そもそも付き合ってないし。付き合ったことも無いし。

「毎年いるとは聞いてたけど。芸能人の卵の男目当てでこの学校に来るミーハーな子。」

そう言って私を鋭く睨む。心がズキンとした。だって、今言われたことは少なからず本当のことだ。私は他のみんなと違う。夢を叶える為じゃなくて、真白と離れるのが嫌で、この学校に来たから。

「実際学校来ても女の子の友達じゃなくて南くんとばっかり話してるしね。本当は女優になりたいってのも嘘でしょ?そんなウジウジしてる奴がなれる訳ないもん。私のことも本当はうざいって思ってた?いつも話かけても迷惑そうだし。」

やめて、もう言わないで。涙が滲み出てくる。結愛ちゃんの言葉が着実に私を刺してくる。

「もう一度言うけど、あたし、そんな夢に本気じゃない奴は大嫌いだから。」

そして、私の横を通り過ぎ、結愛ちゃんが去っていった。行かないで、そう言おうとしたのに、声が出なかった。空っぽの教室に私だけが取り残される。また友達を失った。それが悲しくて、苦しくて、しばらく何も出来ずに声を押し殺して泣いていた。始業五分前のチャイムが鳴って、ようやく立ち上がり、教室へ向かう。みんなが楽しそうにおしゃべりをする中、私の存在は凄く異質だった。とぼとぼと、ただ、ひたすらに足を動かす。結愛ちゃんとはまだ知り合って間もないけど、この学校に来て初めて出来た友達だ。なのに、こんなことになってしまうなんて。結愛ちゃんが私に声をかけてくれた時。凄く嬉しかった。私からは絶対話しかけられなかった。LINEを交換してくれたこと、一緒に池袋に遊びに行ったこと、挨拶をし合うだけでも、その一つ一つが嬉しかった。もっと結愛ちゃんと思い出を作りたかった。

――「実際学校来ても女の子の友達じゃなくて南くんとばっかり話してるしね。」

私が勇気を出して話しかけていれば、何か変わっていたのかな。嫌われるのが怖くて、話しかけられなくて、それで結局嫌われちゃうなんて。私はなんて馬鹿なんだろう。いや、そもそも夢に全力じゃないところがダメだったんだ。そんな子とはそもそも、友達になりたくないよね。結愛ちゃんは夢の為に日々努力している。それに対して私はあの時から何も変わっていない。

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