③入学初日

白い桜の花びらが通る道を水玉模様みたいに彩っている。花壇には赤や黄色、桃色のチューリップや紫のネモフィラが地面を埋めつくしてしまうぐらい咲き乱れている。幻想的。まるで、私たちを歓迎しているみたい。

「きれいだね、真白。」

隣を歩く彼に微笑みかけると、……。

「ほうだなー!」

片手に持ったメロンパンを頬張っている真白がいた。

「ま、ま、真白、自分の家でごはん食べた後、私の家でもごはん食べてったじゃん!まだ食べるの?」

「ほうがないだろ?春は食欲が増すんだよ。」

食べながら話すな!

「真白の場合は一年中でしょ!もう!ほ、本当に花より団子なんだから!」

プイッとそっぽ向くけど、本当は嬉しくて仕方がない。これからも真白と一緒に登下校して、勉強して、たまにお出かけして……。もっと思い出を作れるんだ。その為には何としても嘘を隠し通さなくちゃ。密かに気合いを入れた。

「六華、その髪型。お嬢様結びだっけ?似合ってる。」

ふいに真白がそう言った。吹き出しそうになりつつも、ありがとう、と返し笑う。お嬢様結びって。言い方が古臭いな。そう、今日はただ下ろしただけの髪型から三つ編みハーフアップに変えてみたんだよ。それから……。こめかみの辺りをそっと触る。幼い時に真白にもらった赤い蝶の髪飾り。私の宝物なんだ。付けてると勇気が出てくるの。

「昔みたいな髪型にはしないのか?横結び?だっけ。」

「サイドテールでしょ?あれは……。」

あの髪型だと顔が隠れないから。そんなことは言えずにわざと話題を変えた。

「ほ、ほ、ほら、校舎はあっちだよ。クラス表、見に行こっ。」

にっこり笑いかけると、不思議そうな顔をしたものの、真白もおうっ、と笑ってくれた。でも……。

「俺はB組だった!六華は?」

「私、A組……。」

流石に同じクラスまでは無理、か。コースが同じ俳優専攻だから一緒になれると思ったのになあ。しょぼんと落ち込む。

「クラスが別でもさ、行き帰りは一緒だし。そんな顔すんなよ。」

真白が励ましてくれる。

「うん。そうだよね……!」

あんまり欲張っちゃダメだ。私は本来ここに居ちゃいけないんだから。笑顔を作って真白に微笑みかけた。


「皆さん入学おめでとうございます。学園長の日浦有亜です。この、ナラルテア学園で沢山の学びを吸収してください。」

ようやく入学式が始まった。校長先生とか、学校で一番偉い人って歳をとった男の人ってイメージがあったけど、日浦先生は若くてきれいな人だった。私のお母さんよりも年下かな。なんかかっこいいなぁ。そして色々な人の話が終わり、入学式が終わった。

「教室に戻りましょう。」

先生の声掛けで立ち上がる。でも、人数が多いからぶつかってしまいそうだ。そう思った時。誰かの肩に体が当たり、その弾みで蝶の髪飾りが取れてしまった。嘘でしょ。慌てて拾おうとするも、人の波に巻き込まれて身動きが取れない。このままじゃ、落ちた場所からどんどん離れていっちゃう。どうしよう。真白にもらった大切な髪飾りなのに。無くしちゃったら、壊れちゃったら。そんな悪い考えが頭に浮かんできた。体育館シューズの擦れる音だけが講堂に響く。……いや、そんなことならない。一回講堂から出て、みんなが出た後に、もう一回取りに入ろう。そう思い直し、再び中に足を踏み入れた。でも、辺りを探しても、髪飾りは見つからない。おかしいな、この辺でだったはずなのに。何で無いの。誰かに蹴り飛ばされちゃったのかな。他の場所を探してみても無い。涙がじんわりと滲んできた。そして、足元の床に雫が落ちて小さな水溜まりを作る。下を向くと顔を隠すように髪の毛がサイドを覆った。私、何ですぐに泣いちゃうんだろう。もう中学生になったのに。そんなモヤモヤした気持ちが胸の中に広がっていく。

「探しているの、これか?」

ふいに声をかけられ、振り向くと男の子が立っていた。多分同じ新入生だ。背は真白より高く、短い黒髪の毛先が紫色に染まっている。――真白より背が低い人は中々いないってのは一旦置いといてね――そして、その手には赤い蝶の髪飾りが乗せられていた。

「それ、わ、わわわ私の。」

急いで涙を拭いて言ったけど、動揺していたせいか、いつもより酷い吃音の症状が出てしまった。

「あああありがとう。」

男の子から髪飾りを受け取る。男の子は少し驚いたような目で私を見つめていた。

――「六華ちゃん何でそんな変な話し方なの?」

あの言葉が脳裏にチラつく。やっぱり変に思われるよね。下を向いて目を伏せる。

「大丈夫。普通に伝わった。」

そんな声が上から降ってきた。びっくりして顔を上げる。

「え……?」

しばらくの沈黙が続く。男の子が少し口を開いた、と思ったらすぐに閉じた。そして、目線を逸らす。

「……いや。君も早く教室へ戻った方が良い。」

そう言って男の子は行ってしまった。何故か、悲しそうな、傷ついた顔をしていた。


教室に戻ると、まだギリギリチャイムが鳴る前だった。安心して席に戻る。

「みなさん入学おめでとうございます。担任の熊野です。一年間よろしくお願いします。」

優しそうな若い女性の先生だ。良かった、話しやすそう。心の中でほっとする。

「じゃあ時間なので授業を始めます。初回なので、まずはアイスブレイクをしましょうか。」

「先生ー!アイスブレイクって何ー?」

陽キャの問いかけに先生がにっこりして答える。

「アイスブレイクと言うのは、緊張をほぐしてコミュニケーションを取りやすくするための手法です。つまり、クラスメイトと仲良くなるためにお話するってこと。」

そう言うと先生は黒ペンを手に取り、ホワイトボードに文字を書き始めた。

『自己紹介をし合い、友達を作る』

みんながきゃーきゃー盛り上がる中、私はサーッと青ざめていった。私、自己紹介とかこの世で一番苦手で。無理オブ無理、だよ〜。バタンと机に突っ伏す。と、同時にお腹が痛くなってきた。あ、違うよ!?勘違いしないで!私、友達作りもこの世で一番苦手で。ダブルの苦手でお腹が痛いんだ。周りからはガヤガヤと楽しそうな声が聞こえる。おいおい、嘘でしょ……。みんな打ち解けるの早すぎだよ。元から知り合いだったの?ってレベル。私から話しかけなきゃ、だよね。……いやいやいや無理無理無理。それに吃音の症状が出ちゃったらどうしよう。

――「六華ちゃん何でそんな変な話し方なの?」

体がドクンと波打つ。よし、秘技・気配を消す!すると、肩をトントンと叩かれた。

「ぎゃっ。」

「ぎゃっ、って。あはは。」

隣の席の女の子だ。気配を消したのに気づくなんて、ただ者じゃないな。腰まで伸びた髪を変なハート型の髪飾りでツインテールに纏めている。いや、でも結った髪の束がそれぞれ二又に分かれてる。これじゃツインテールじゃなくてクアドラプル(四倍)テール?

「ねぇっ!あたし、成瀬結愛!名前、教えて!」

クアドラプルちゃん、いや、成瀬さんがにこにこ話しかけてくる。

「私は穂村六華……。よろしくね、成瀬さん。」

良かった、吃音は出てない。心の中でほっとする。

「成瀬さんなんてヤダなー!結愛って呼んでよ、りーたん!」

「り、りーたん。」

それ、私のあだ名だよね?陽キャの距離感にビビりつつも、初めてのあだ名呼びに少し感動。

「てか、りーたんはさー、何志望?推しとかいる?」

「え、えーと。一応、あ、いや。女優専攻で……。」

急にそんなこと言われても……。必死に頭を回転させる。推しって好きなものや人のことだよね。憧れの人を言っておけばいいのかな?

「あ、女優の四神蒼さん、かな……。」

「なるほど〜。確かに雰囲気似てるかも!」

私と四神さんが?まさか、ないない。月とすっぽんだよ。陽キャはとりあえず褒めておく癖があるからなあ、と私は某真白を思い浮かべた。

「じゃあ結愛ちゃんは何を目指してるの?」

「あたしはね、アイドル!歌って踊れるだけじゃなくて〜、何でも出来ちゃうマルチに活動できるアイドルを目指してるの!世界中の誰もがあたしの名前を知ってるくらいに有名になりたい!」

そう言いながらペンケースをマイクのように持ってウインクした。凄い熱気が篭っている。そして、夢を語る結愛ちゃんはとてもキラキラしていた。

「……そうなんだね。」

あー、上手い返しが出来ない。何、そうなんだね、って。会話を繋げなきゃいけないのに。つまらないって思われてないかな。

「私って可愛いでしょ?」

う、うん。こくりと頷く。確かに結愛ちゃんは可愛い。センターを飾れるくらい目立つし、華がある。

「あたし昔から可愛いって言われまくっててね、アイドルにならなくちゃ!って思ったの!そっか〜やっぱあたしって誰もが認めるほど可愛いんだ!」

いきなりガバッと飛びついてくる。私の心臓はもう破裂寸前、バックバク。や、やっぱり陽キャ怖いよ〜。

「あ!インスタ交換しよう!」

結愛ちゃんが制服のポケットからスマホを出す。

「私、インスタやってなくて……。」

「ええ?今どきそんな人いる?」

結愛ちゃんが目を丸くする。

「あはは、私の精神愛より脆いから……。SNS怖くて。」

「何それー、じゃあさ、LINE!これならやってるでしょ?」

結愛ちゃんのスマホに映し出されたQRコードを読み取ると、可愛らしいピンク色のアイコンが表示された。制服姿の結愛ちゃんがバシッとポーズを決めている。

「これ、あたしね!ほい、交換っと!」

流石陽キャ、手馴れてる……。私は家族以外だと真白しか相手がいないからなぁ。

「おまけに、友達になった記念!」

ぱしゃ、とシャッター音が鳴り響く。

「え、今写真撮った?」

「うん。あ、安心して、私加工は得意だから!」

そ、そういう問題じゃ……。プルンと通知が鳴り、写真が送られてきた。今日の日付がピンクのおしゃれなフォントで書いてある。友達……。その言葉がくすぐったくて、無性に嬉しかった。


「六華ー!」

声のした方を振り向くと、息を切らして走ってくる男の子がいた。

「……!真白。もう、遅いよ。」

LINEを打ちながらそう返事する。

「待ってて、あと少しだけ。」

あわわ、焦るから打ち間違えちゃった。直さなきゃ。

「ひま……?」

ぶっ。

「勝手に見るなー!」

体をねじって真白から離れる。全く、油断ならないんだから。真白のノンデリ!

「暇って、六華、お前いつからそんなにあざとくなったんだよ。誰に送るんだ?日浦か?」

「違うよ。そういう意味じゃないし。友達じゃなくて、家族に送ってたの。」

もう、そんな娘離れ出来ないお父さんみたいなこと言わないでよ。なんて、朝のように怒る。最後に会ってまだ少ししか経っていないけれど、やっぱり真白といると安心するな。学校での不安な気持ちも、一緒にいれば無くなっちゃうんだ。

「あ、遅れてごめんな。ちょっと追われてて。撒いてたんだ。」

「お、お、追われて?何それ、また何かしたの〜?」

どうせ、早弁がバレたとかでしょ。そう思っていたけれど。

「いや、実はクラスの女の子達にさ、仲良くなりたいんだって。逃げてきたけど。」

「へー。」

真白、早速モテモテなんだ。いや、分かるよ。

真白はかっこいいし、優しいし、気が利くし、完璧なんだもん。背は低いけど、そこもあばたにえくぼみたいな感じで。前の学校でもたまに告白されてたし。こっちの学校でも人気でも別におかしくはない。とはいえ、真白がみんなから好かれているのは、私としても嬉しい。真白、本当に良い子なんだもん、嘘つきな私と違って。寧ろ愛されなきゃおかしいよ。

「じゃあ帰るか。」

「う、うん。」

私たちは学園の正門へ向かった。辺りには他にも生徒が沢山いて、わいわいと騒いでいる。

「私こっちだから。」

「じゃあまた明日!」

そんな会話が聞こえてきて、思わず目線を向ける。また明日、か。

私が小学生の時によく言っていた言葉だ。前にいる女の子達が昔の私と重なる。この子達はずっと友達のままでいられるのかな。ふとそんな事を思ってしまって首を振る。やだ、私何失礼なこと考えてるの。春なのに、やけに風が冷たく感じる。

「そういえば、六華。学校ではどうだ?何か困ってることとか無いか?」

ふいに真白が話しかけてきた。ワードセンスがお父さん!さっきまでの空気が変わった。くすくす笑いながらも答える。

「うん、大丈夫だよ。友達も出来たんだ。アイドル志望の子ですっごい陽キャ。成瀬結愛ちゃんっていうんだ。」

「……そうか、良かったな。それで……吃音のことは大丈夫か?」

歩く足がピタッと止まる。

「大丈夫。まだバレてないよ。」

これからバレるかもしれないけど。そんな言葉は飲み込んだ。

「真白は?友達できた?」

再び歩き出して、そう聞いてみた。

「ん、一応はな。みんな沢山話しかけてきてくれて……。他のクラスの子や他学年の先輩まで。」

他のクラス!?先輩!?流石、真白。私とはレベルが違うよ。

「真白は凄いなぁ。友達が沢山いて。」

何気なく言ったつもりだった。

「でも、どうせ直ぐに居なくなるよ。あいつらみたいに。」

「え?」

真白らしくない答えに驚く。そんな私の表情を見て、慌てて真白が話題を変える。

「そういえば、六華のことを聞いてきた奴が居たぞ。」

「え、何で私?」

急に自分の名前が出されて、声が大きくなってしまった。慌てて周りを見るも、誰もいなかった。ほっ。

「さぁ。今日一緒に登校してきた子、何て名前だ?とかどういう関係なんだ?とか。なんか随分慌ててたっていうか、切羽詰まった感じだったなあ。」

真白がそう言って笑う。慌てて個人情報を聞く人?それってかなり怪しい人なのでは?というか、今日の朝、結構早かったのに見てた人がいたんだ。

「そういえば、放課後一瞬A組通りかかったんだけど、六華のことをじっと見てる子もいたぞ。派手目な女の子。」

「え?気づかなかった。」

いや、その子の場合は真白のことが好きで私を警戒してるだけなんじゃないかな。その子にも一緒に登校したのを見られたとか。

「大丈夫、あの子に何か用?って笑顔で声掛けたら直ぐに去っていったから。それにしても、どっかで見たことある顔だったんだよなあ。」

強いな。それにしても……。真白は中学生になってもっとかっこよくなった。きっと、この学園でも真白のことを好きになる子は沢山いるだろう。また目を付けられないようにしなくちゃ。

「六華どうした?」

真白の声掛けにはっとする。

「ううん、何でも。早く帰ろう!」

誤魔化すように手をパタパタと振り、帰路を急いだ。

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