吃音アクター

だっこしろくるみゆ

❶穂村六華

私にとって友達は、何よりも大切なものだ。


私が女優になりたいって思ったのは女優の四神蒼さんに憧れたから。「シェルター」という映画で、彼女を見た時、その迫力のある演技に幼い私は夢中になった。私が初めて何かをしたい、と思ったのが演技だった。それで演劇クラブに入って真白と出会った。南真白は私の幼なじみ。「マシロ」という名前だが、正真正銘の男の子だ。家が隣同士で中学生の今までずうっと一緒。私が家族以外で自分をさらけ出せる唯一の相手でもある。一緒に稽古をしたり、オーディションを受けたりなんかもした。あの時の私は演技が本当に好きだった。でも、ある日言われたんだ。忘れられない、小学四年生の秋。


「シンデレラ役は六華ちゃんに決まりました。」

ぱちぱちぱち!温かい拍手の中、私は演劇クラブの主役に選ばれた。

「では、六華ちゃん。一言どうぞ。」

先生からマイクを受け取り、みんなの前で高らかに宣言した。

「誰よりも上手にシンデレラを演じます!」

シンデレラ、というより、プリンセス役に選ばれると、ティアラが付けられる。プラスチック製の安物だったけど、幼い私たちにはそれが本物の宝石で出来たもののように思えたんだ。ティアラを付けることはオリンピックで貰うメダルのようなもの。私の夢だった。だから、私は本当に嬉しかった。

「えー!凄い!六華ちゃんシンデレラやるんだ!」

次の日、小学校に行くと、友達のみるくちゃんが褒めてくれた。

「南くんと六華なら良い作品になると思います。」

「当日は応援に行くよ。」

そして、りんねちゃんと氷翠くん。私と真白を含めて、私たちは仲良し五人組だった。小学一年生の時からの仲で、こうやって何も無くても、いつも一緒にいた。放課後にみんなで駄菓子屋さんに行ったり、秘密基地を作ったりもした。でも、そんな関係も直ぐに壊れることになる。クラブでの本番直前の練習。

「お、おお王子様、私と踊ってくれませんか。」

「はい、喜んで。」

王子役の真白の手を取り、微笑む。

「二人ともいいよ!そろそろ一旦休憩にしようか。」

先生に言われ、休憩室へ水筒を取りに行った時だった。

「六華ちゃん何でそんな変な話し方なの?」

「え?」

同じクラブの莉音ちゃんだ。

「変って何が?」

「さっき、お、おおって言ってたじゃん。ふざけてるの?」

ショックだった。私は真面目にシンデレラを演じていたのに。

「ふ、ふふざけてなんか……。」

「ほら、今もやってる。ちゃんとやってよ。」

この時、私は自分の話し方が普通では無いことを知った。確かに、最初の音を出した後、次の音が上手く出ていない。

「そんなんじゃ六華ちゃんは女優になれないよ。」

今でも忘れられない言葉。思わず顔をしかめる。私は吃音症だ。

吃音症というのは滑らかに話せない言語障害のこと。症状は主に三つ。『おはよう』という言葉を例にすると、『お、お、おおはよう』となってしまう連発。『おーーはよう』となってしまう伸発。『………………』と、そもそも声が出ない難発。私の場合は『連発』と『難発』。スムーズに話せる時もあるけど、症状はいつ出るのか分からない。その日を境に私はとても消極的になってしまった。小学校では人の前に立つことも物怖じしなかったのに、話すことが、また誰かに変って言われることが怖かった。

「六華ちゃん。最近変だよ。」

「六華ちゃん、様子が変じゃない?何かあった?」

先生や友達からの心配も振り払った。変って何?私、何かおかしいの?何度練習しても「おはよう」も「ありがとう」も上手に言えなかった。私は普通じゃないのかな。そして、いつの間にか、みるくちゃんも、りんねちゃんも、氷翠くんも、関係が薄れてしまった。みんな、私が変だから、遂に嫌いになっちゃったのかな。

「あいつらなんか元から友達じゃ無かったんだ。六華には俺がいるから。」

真白だけが私と友達でいてくれた。臆病になつてしまった私は、人からの視線が怖くて、下を向いて歩くようになった。髪もあの日からずっと下ろしている。そうすれば、泣いちゃった時も、髪で顔が隠れるから。


そして、遂に劇の本番がやってきた。

「六華、気にするなよ。何かあったら俺が何とかするから。」

私が声のことで落ち込んでいることを知っている真白は、そう言ってくれた。保護者さんや地域の人達でいっぱいの観客席。撮影用に向けられるカメラの光。いつもは平気なのに、なぜか無性に怖かった。そして、私は失敗した。舞台に立ち、セリフを言う時。声が出なかった。みんなが私のことを怪訝そうな表情で見ている。別の役の子達がおろおろしている。劇は一度中断になった。

「六華ちゃん大丈夫だよ。」

「緊張しちゃったね。」

先生は声は優しいものの、顔はがっかりしていた。

「劇、どうしましょう。」

「シンデレラがいないシンデレラなんてねえ……。」

私のせいでみんなが迷惑している。でも、私はどうすることも出来ず、ただめそめそと泣くだけだった。

「先生、私シンデレラのセリフ、全部覚えてます。」

誰かが声を上げた。莉音ちゃんだった。

「本当に?じゃあ早く着替えて、劇を再開しましょう。」

みんなが忙しなく動き出す。私は衣装を渡すために控え室へ行こうとした。

「六華、いいのか?」

真白が心配そうな顔で見つめる。

「私出来ないから。」

「でもティアラが付けられるんだぞ!?六華の夢だったじゃんか。」

「真白。」

首を横に振る。

「頑張って。」

笑ってるつもりだったけど、実際は全然笑えていなかったと思う。暫く経って、劇が再開された。大成功だった。歓声と拍手の中、莉音ちゃんのティアラが白いスポットライトに反射して輝いていた。私は案内された観客席でただ座っているだけ。私のが酷いシンデレラだったのもあるけれど、莉音ちゃんのシンデレラは比べ物にならない程素晴らしかった。

「莉音ちゃんすごーい!」

「真白くんも様になってたね。」

二人がみんなから賞賛を受ける中、私はただ独り、床と顔を合わせていた。私が悪いのに、自分のせいなのに、心が痛くてたまらなかった。その日を境に、私は演技が出来なくなってしまった。今までは出来ていたことが、出来ない。その日を境に私は演技をスッパリ辞めた。女優になるって夢も諦めた。夢を諦めた私を誰も責めなかった。家族はそっとして置いてくれた。真白は、真白だけは、私が孤立してしまってもずっとそばにいてくれた。私は真白を裏切ったのに、いつか共演しようって約束を破ったのに、真白はいつもの眩しい笑顔を向けてくれた。そんな彼を私はまた裏切ろうとしている。


真白は信じてるよね。私がまた演技を始めようと思ってるって。

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