第24話
10月も半ばになるとようやく暑さも落ち着いて来て、朝晩が肌寒くなってきたせいかアディはどこか物思いに沈む日が増えた。
風邪をひいたという風には見えないし、何か仕事で悩んでるのか?と聞いても「大丈夫」と言ってくる。
夫である俺に何も言ってくれないというのは少し嫌だな、と思う。
「と言う訳なんだけど、アドルフに何かあったのか教えてくれないか?」
「……秋でございますからね。物思いの季節なのでしょう」
セバスチャンははぐらかすようにそう答える。
教えてくれれば何か対策を考えもするのだが、教えて貰えなければ俺にはどうしようもない。
「シンシアは何か知ってる?」
「秋ですからね」
「アドルフは秋になんか思う事がある訳?」
「ありますよ。ユキ様がラグビーについて思うところがあるように、人間だれしもそう言ったものは持ち合わせているものでしょう?
それに、殿下にお伺いになればよろしいのでは?」
「あれはたぶん聞いても答えてくれない」
半年もの間寝食を共にしてきたのだ、なんとなくは分かる。
そうしてシンシアは少しばかり考えを巡らせてから「まあ、本国の方では有名な話ですし、良いですかね」とつぶやいた。
「あまり明るいお話ではありませんが、それでもよろしいのならお話しますよ」
******
サルドビア王家では8歳ごろに婚約者を決めてしまう事が多い。
そしてその例にもれず、アドルフ王子も8歳になると1歳下の公爵家令嬢との婚約が成立した。
特別仲が良かったと言う訳ではないが、貴族の婚約者どうしとしては普通の距離感で手紙やおしゃべりを楽しんでいた。
しかしアドルフ王子の15歳・秋の事だった。
王都周辺で質の悪い肺炎が流行り始め、その婚約者のご令嬢も肺炎にかかってしまった。
ほとんどの貴族は身体の回復を促す回復魔法と処方された薬による治療を受けてしっかり寝ていればであっさり治ってしまうようなものであったのだが、問題はその薬がご令嬢に効かなかったことだ。のちに国王自身もこの薬が効かないタイプの肺炎に感染し、一縷の望みをかけて日本で治療してその命を救った事で長らく日本との外交に消極的だった国王の考えを変えることに成功したという。
それはともかく。
アドルフ王子の婚約者だった公爵令嬢はこの薬の効きづらい肺炎に苦しむことになり、日々衰弱していくご令嬢を、公爵家も王家も救うことは出来なかった。
そしてご令嬢は初雪を見ることなくこの世を去った。
婚約者の死去後、アドルフ王子は喪章をつけて婚約者の喪に服した。
本来婚約者の服喪は3か月程度とされるが、アドルフ王子は半年過ぎても1年過ぎても婚約者の喪に服しづつけた。
気づけばサルドビアの成人年齢である18歳となり、さすがにいい加減服喪を終わらせて新しい婚約者を探すべきであるという話が持ち上がった。しかしサルドビア貴族は成人と同時に結婚することが主流で、釣り合いの取れる年ごろの貴族は皆婚約しているのでちょうどいい相手がいるはずもない。
そこで日本との外交樹立に伴いアドルフ王子とずっと婚約者が不在だったアリシア王女の結婚相手を日本から迎える、という案が飛び出てきた。
相手が異世界人という事についてはともかく、サルドビアでも婚姻外交はたびたびある事なのでやり口としては納得できる。なにより王家と日本政府が地続きになれば交渉もしやすくなると考えたわけだ。
アドルフ王子・アリシア王女両名も国のためならば謹んで受け入れる、と異世界人との婚約を受け入れた。
そうして今の俺との結婚へと続いていく。
*****
シンシアの長い話を聞き終えてから、ふとあることに気づく。
「でも今のアドルフは喪章をつけてないよな?」
「そうですが、まあ殿下ご本人も色々お考えなのでしょう」
「……それにしても、
やっぱり俺はまだアディの事全然知らないんだな」
こういう時に俺はそのことを再確認する。
長い人生を共に生きていく相手なのに、俺は何も知らない。
そして同時に思うのだ。俺はアディの夫なのに、と。
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