第23話
テレビの試合がハーフタイムに入った頃、アドルフが邸宅に現れた。
「どうした?」
「いや、なんか邸宅の方からたまになんか声がするからどうしたんだろうと思って様子を見に来た」
「あー……」
どうやら試合に集中するあまり俺の声量調整が出来ておらず、俺の応援が大使館の方にも届いてしまっていたらしい。
「仕事の邪魔になってたんなら悪い」
「いや、純粋に気になってただけだ」
テレビの方を見ると、試合前半のリプレイが流れていて「ラグビー見てたんだ?」と聞いてくる。
「試合の応援に熱中し過ぎて声のボリューム抑えられなくて」
「まあそういうこともある、次からは気を付けてくれればいいから気にするな」
歳下の夫にたしなめられて申し訳なさがマックスになる。アラサーのいい年こいた大人が何してんだか……という話である。
「アドルフ殿下、この試合に出てる鹿屋という人物がユキさまのファーストキスのお相手だそうですよ」
「うん?」
「つまり殿下は2人目の男です」
シンシアの突然の暴露にアドルフが動揺し、ついでに俺も困惑する。
というか2人目の男って言い方何?
「そういえばユキが男性好きなのか聞いてなかったな?」
アドルフにそう聞かれると、ちょっと顔が引き攣る。
(これ、間違えたら関係悪化する奴じゃないか?)
仮にも一緒に住んでる相手なのだ、関係悪化は望ましくない。
しかしどう答えたら良いのかわからない。
女性に告白されて付き合ったことはある、けれど自分から告白したこともしたいと思った事もない。
男性についても告白されたことはないししようと思った事もない。
一番シンプルにいうなら、そういう方向性の興味がない。
ラグビーとラグビーの仲間で満たされちゃってたから、それ以外にあんまり興味が薄かった。
「教えてくれるか?」
可愛くおねだりするようにアドルフが俺にささやく。
声が可愛らしい感じなのもちょっと抗う気を削ってくる。
「……正直、恋愛方面に興味なかったから、考えた事もない」
「考えた事もないのにキスをした、と?」
「酔った勢いのお遊びでしたってだけだから!お互いそういう気持ちナシでやってるから!」
「キスは遊びでするものじゃないと思う」
「一部の層はするんです……」
今はどうか知らないけど俺の周りにはそういう層の人たちは一定数居て、たまたまそう言う機会があったというだけに過ぎない。
まだ腑に落ちないというようなアドルフに俺はどう言い訳したらいいのか分からない。
「嫌だった?」
「……ユキが俺以外の男ともキスするのは、少し嫌だ」
「わかった。これからはもうしない、俺はアディの夫だからな」
実際既婚者にキスをせがむような奴は普通居ないだろうし、もう飲み会の罰ゲームでキスをはやし立てて遊ぶような年齢でもない。
気づくとテレビから後半開始のホイッスルが響いて、それでようやく意識がラグビーの方に戻った。
「アディ、せっかくだし少しだけ一緒に見よう」
「そうだな」
画面では熱いぶつかり合いが始まっており、誰もがその熱狂の渦に魅入られている。
得点でこそ負けているが日本優位に終わった前半の勢いそのままにトップクラスの選手たちが躍動している。
その熱はルールを知らないアドルフにも確かに伝わっていく。
「これがユキの愛した世界なんだな」
プレーがふいに途切れた時に、ぽつりとアドルフが言う。
「うん」
二度と戻れはしないけれどこれは俺の愛した世界だ、俺の側にいる人には好きになって欲しいと思う。
ましてやこの先長い時間を共に生きていくことになる相手であれば猶更そう思ってしまう。
「美しい世界だな」
「うん、美しいよ。ラグビーは」
痛くてつらくて過酷だけれど、唯一無二に美しいその世界。
それを分かってくれることは本当にうれしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます