第6話
第六話:声が届きそうで、届かない(琴葉 side)
朝のHRが終わり、1時間目の国語が始まる。
教室の窓から差し込む光はやさしくて、風はちょっとだけ肌寒い。
けれど、琴葉の胸の中はずっとざわついていた。
——昨日の夜、奈帆と話してから、ずっと考えてる。
「好き」って、どうしたら届くんだろう。
声に出せば届くのかな。
それとも、まだ言っちゃいけないのかな。
ちら、と教室の斜め前の席を見る。
そこには、いつも通りにノートをとっている里音の姿。
でも、その背中が……今日はいつもより少しだけ遠く感じた。
(私……ちゃんと返事、できてなかったよね)
あのとき、「好きな人、いる?」って聞かれて、
ただ「うん」としか言えなかった。
それが、どんな意味に聞こえたかなんて……今さら気づいても遅いのかもしれない。
——「その人、俺の知ってるやつ?」
あの一言に、どうして言えなかったんだろう。
◇ ◇ ◇
昼休み。
琴葉は友達に誘われて中庭に出たけれど、心ここにあらずだった。
「琴葉、最近さ、楠原くんと話すこと多くない?」
友達の優希夏がひょいと顔をのぞかせてくる。
「え、そ、そうかな?」
「だって、前はそんなに話してなかったじゃん。なのに最近、よく目が合ってるし」
「そ、そんな……っ」
「もしかして、いい感じ?」
「な、なんでそうなるの!?」
「えー、だって琴葉ってさ、わかりやすいもん。顔とか、目線とか」
「や、やめてよぉ……!」
優希夏の茶化しに赤くなる顔を隠しながら、それでも内心はちょっとだけ嬉しかった。
——そうだよね、前よりは、ちゃんと話せてる。
ほんの少しだけでも、前に進んでる気がする。
◇ ◇ ◇
その日の帰り。昇降口で靴を履いていたとき、不意に声が聞こえた。
「……琴葉」
びくっとして顔を上げると、そこには、やっぱり里音が立っていた。
いつもより少しだけ、気まずそうな顔で。
「昨日……変なこと言ってごめん」
「えっ……」
「なんか、変なふうに聞こえたかもしれないし。無理に聞くことじゃなかったよな」
「……ちがうの」
とっさに言葉が出た。自分でもびっくりするくらいの声で。
「ちがうの、里音くん。あのとき、ちゃんと答えたかったんだけど、言葉にできなかっただけで……」
「琴葉……?」
言いかけて、止まる。
これ以上は、今はまだ言っちゃいけない気がした。
「また……話してくれる?」
「……もちろん」
ふたりの距離が、ほんの一歩だけ近づいた気がした。
だけどその一歩が、とても大きくて、温かくて。
胸が、ほんのりと甘くなる。
(私、もうちょっとだけ、勇気出せたらいいな)
夕方の光の中で、並んで歩くふたりの影が、少しずつ重なっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます