第2話

第二話:揺れる、放課後の気配

翌日、琴葉は一日中そわそわしていた。

朝から里音とは何度も目が合って、そのたびに心臓が跳ねるように鳴った。


(なんで……いつもは目も合わないのに)


昼休み、琴葉は友達と話しながらも、どこか気もそぞろだった。

そして、放課後。


下校のチャイムが鳴って、生徒たちが帰り支度を始める中——


「瀬川」


不意に名前を呼ばれ、琴葉の背筋がぴんと伸びた。


「……え?」


振り返ると、そこには、教室の入り口に立つ楠原里音。

制服のネクタイを緩めたまま、少し照れくさそうに笑っていた。


「ちょっと、いい?」


心臓が、大きく跳ねた。


◇ ◇ ◇


校舎の裏手。人気の少ない場所に二人並んで座る。

琴葉は何度も深呼吸しながら、どうしてここに呼ばれたのか、考え続けていた。


「……あの、どうしたの?」


「いや、特に深い意味はないんだけど」


そう言って、里音はポケットに手を入れながら、空を見上げた。


「最近、瀬川とあんまり話してなかったなって、思ってさ」


(そんな理由で……? でも……嬉しい……)


「……そうだね、昔は、よく一緒に遊んだのに」


「うん。奈帆と玲音と、四人でよくさ」


その名前が出た瞬間、琴葉の胸にほんの少し、冷たい風が吹き抜けた。


「玲音、最近奈帆のことよく見てるよな」


「……うん、奈帆も、玲音のこと……たぶん、好きだと思う」


「そうなんだ」


静かな時間が流れる。風が葉を揺らす音だけが、耳に届く。

その沈黙を破ったのは——


「琴葉は……どうなの?」


「……え?」


「好きな人、いる?」


心臓が止まりそうになった。

まさか、そんなことを聞かれるなんて、思っていなかった。


「……いるよ」


絞り出すように答えると、里音は小さくうなずいた。


「そっか。……その人、俺の知ってるやつ?」


その一言に、琴葉は答えられなかった。

でも、その沈黙が、なによりも答えになっていた。


「……そっか」


そうつぶやいて、里音は立ち上がる。

その目は、どこか寂しげだった。


「じゃあ、また明日な」


その背中が夕陽に染まって、消えていくように見えた。


琴葉は、何も言えなかった。

胸の中が、甘くて、切なくて、痛くて、もうどうしていいかわからなかった。


——でも、気づいてしまった。


もしかして、里音も……?


揺れる恋心が、静かに、確かに動き始めていた。

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