第3話

第三話:好きだなんて、まだ言えない(里音 side)


「——また明日な。」


自分で言っておきながら、胸の奥がじんわり痛かった。

瀬川琴葉の沈黙。あれが、きっと答えなんだって、わかってた。

あいつの“好きな人”は、俺の知ってるやつ。


——それ、俺じゃないのか?


いや、違う。“だったらいいのに”って、俺が思ったんだ。


◇ ◇ ◇


家に帰ると、玄関から玲音の声が聞こえてきた。


「おかえりー、にいちゃん!」


「おう、ただいま。……奈帆、もう帰った?」


「うん、さっきバイバイした」


玲音はうれしそうにランドセルを床に放り投げて、走っていく。

わかりやすいやつだ。……まあ、俺も似たようなもんか。


リビングに入りながら、リュックをソファに置いて、天井を見上げた。


(琴葉……今、どんな顔してんだろ)


今日、やっと話しかけられた。

たったそれだけで、頭の中がぐるぐるするなんて、情けないと思った。

でも、それ以上に——


「琴葉って、変わったよな……」


気づけばいつも、あいつを目で追ってた。

長い髪、穏やかな声、優しいけど、意外と芯の強いとこ。

昔はただの幼なじみだったのに、いつからだろう。

話せば話すほど、好きになっていくのが、わかった。


……でも。


(あいつの“好き”は、俺じゃないかもしれない)


それが怖くて、今日もちゃんと聞けなかった。

「俺のこと、どう思ってる?」なんて、冗談でも言えなかった。


◇ ◇ ◇


次の日の朝。


教室に入ると、琴葉はすでに席に座っていて、窓の外をぼんやり見ていた。

朝の光が髪に反射して、まるで映画のワンシーンみたいだった。


「おはよ、琴葉」


「……あ、おはよう、里音くん」


その笑顔を見た瞬間、胸の奥が、熱くなる。

“琴葉”って呼び捨てで呼んでみたい——

そんな願いを、また一つ胸に閉じ込めた。


◇ ◇ ◇


昼休み。

廊下ですれ違ったとき、琴葉がふいに言った。


「昨日、話してくれてありがとう。……嬉しかったよ」


「……っ、ああ」


心臓が変なリズムで鳴り始める。

まるで、それだけで全部許されたみたいな、安心感。


「……また、話そ。いろいろ」


「……うん。俺も、話したい」


伝えたいことがたくさんあるのに、うまく言葉にならない。

でも、また少しだけ距離が縮まった気がして、それがうれしくてたまらなかった。


“好きだ”なんて、まだ言えない。

でも——言える日が来ると信じてる。

そのときは、あいつが笑ってくれるように。

少しずつ、俺なりに進んでいこう。


だって、俺の「好き」は、もう止まらないから

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