第25話 秋の気配とワクワクノート


 長かった夏休みが終わりをつげ、懐かしい日常が帰ってきた。

 レインボーカブトを見つけられた人は、ぼくを除いて一人もいなかった。

 約束したみんなの自由研究は、苦し紛れに『レインボーカブトが存在したら、こんな見た目だと思う』っていう想像を紙に書いたり、紙粘土で形を作ったりしたものだった。

 そんな調子だから、ぼくの物語はたくさんの自由研究の中にうまく埋もれた。

「みんなレインボーカブトを見つけられなかったんだな。なんかちょっと、安心した。オレだけだったらどうしようって、ちょっとドキドキしてたんだよね」と、タカシが言った。

「悔しいよな。自分が見つけられなかったっていうのもそうだけど、誰も見つけられなかったってこともさ。でもさ、俺、思うんだよね。カブトは……実は見つけたんじゃないかって」

 キリトはそう言いながら、ぼくを疑うような目で見た。キリトの手には、みんなの自由研究と共にロッカーの上に飾っておいたはずの、ぼくの物語があった。

 キリトはそれを読んだらしい。

 ぼくは苦く笑いながら、

「み、見つけられなかったよ」

「本当に? なんか、カブトにしては出来過ぎた自由研究な気がしたからさ。絶対ありえないことが書いてあるけれど、でも、なんか……これって実話なんじゃないかと思ったんだよね」

「夢にヒントを貰った。夢に! ほら、授業の準備! しないと先生に怒られる!」

「え、もうこんな時間? やば、行くぞ!」

 ごまかせた、だろうか。

 分からないけれど、とりあえずその場を乗り切れたから良いってことにする。


 まだまだ暑い日が続くけれど、季節は確実に秋へと進んでいく。

 諦めきれないぼくらは、授業が終わると何度も透虹公園へ行った。

 でも、普通のカブトすら見つからなかったりする。だから結局、みんなで仲良く遊んで、「宿題たくさんあるんだった!」なんて、突然叫んで家に帰る。

 そんな、なんてことない騒がしい日常を過ごした。

 ぼくは、休みになるとお父さんとお母さんと一緒に喫茶店へ行って、ランチを食べた。お母さんからぼくの話を伝え聞いたらしいお父さんが、ノリノリで車を運転して、連れて行ってくれるのだ。

「この公園は、好奇心を刺激してくれるよね」

 飲んでいるものがブラックコーヒーでなければ、少年に見えるだろう。お父さんの心は、公園や喫茶店を訪れるたびに若返る。

「そういえば……いつになったらわたしもお話を読めるかな?」

 ニコニコ笑顔のおじいさんに問われて、ぼくは言葉を探しながら苦笑いをした。

「あの物語、学年代表になったんですよ。それで、地域のコンクールに出すことになって。だから、手元にないんです」

 お母さんがニヤニヤと自慢げに笑いながら言った。

「そっか、そっか。そりゃあすごい。じゃあ、もう少し先になりそうだね。手元に戻ってきたら、ここへ持って来てよ?」

「はい、もちろんです!」

「ああ、そうだ。すごいお話を書くカブトくんに、見てもらいたいものがあるんだけど……」

 言いながら、おじいさんはお店の奥へ消えていった。

「まったく、自由なんだから」

 おばあさんは呆れたようにそう言って、ふんわりと笑った。

 お店の中がてんてこ舞いだっていうのに、おじいさんはなかなか戻ってこない。

「ああ、手伝いますよ」

「あら、ごめんなさいね。そこのテーブルに」

「はーい」

 ついには、お母さんがコーヒー運びを手伝いだすほどだ。

「あの人、裏でポックリ逝ってないでしょうね」

 おばあさんが縁起でもないことを口走った直後、ようやく誰もが待っていたおじいさんが戻って来た。

「あれ? みんなどうしたの? なんでそんな目でわたしを?」

 これまでの店内でのこと、そして、おばあさんのブラックな言葉なんてつゆ知らず。

 おじいさんはきょとんと首をかしげながら、ようやく探し出したのだろう一冊のノートをぼくに差し出した。

「見ていいの?」

「もちろん。これにはワクワクがたくさん詰まっているんだぁ」

 おじいさんは、視界に記憶を広げているようだった。

 遠い目をしながら、無邪気に微笑んでいる。

「これはね、キミと同じくらいの歳の女の子とわたしの二人で書いたものなんだ。その子はある夏の暑い日、キミのように公園の中でパタッと倒れていてね。たまたま散歩をしていた時に、わたしが気づいて」

「お店をさぼっていただけですけどね。結果としてはお手柄でした」

 おばあさんが、いじるように、誇るように言った。おじいさんが照れ笑いを浮かべた。

「それがきっかけで仲良くなってね。時々来てくれるようになって。……そういえば、最近は来てくれないなぁ。まぁ、元気な証拠かな?」

「そういえば、その子にジュースとお菓子をごちそうしていた分のおこづかいがたまるようになったはずなのに、虫の形の消しゴムを集め始めたからか全然貯まりませんね、お金」

 おばあさんが言うと、おじいさんがまいった様子で頭を掻いた。

「あはは。何か目的があれば貯められるみたいだけれど、目的がない貯金はわたしには難しいみたいだ。そんなことは置いておいて。そのノート、良かったらお家でじっくり見てみてね。それで、返してくれる時、感想を聞かせてくれたら嬉しいな」

「ありがとう。分かった」



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