第16話 カブさんと木登りの準備


『ドラゴはキミとの冒険を楽しんだようだね』

「……え?」

『キミは、虫のことをどのくらい知っているんだい?』

「うーん」

 虫捕りをしたり、図鑑を見たりしたことはある。けれど、見た目のことばかりに興味を持っていた。かっこいいなとか、かっこよくないな、とか。

 詳しい生態については、ほとんど知識がないと言っていい。

『トンボは、そう長くは生きないんだ』

「……え?」

『ドラゴの一生の終わりは、もうすぐそばにあるんだよ。だから、もしかしたら、キミがレイさんに会う前に、ドラゴは天へと旅立っているかもしれないんだ』

 なんだかセミみたいって思った。夏に見る虫たちは、どうしてこうも短命なんだろう。

「あれ? もしかして、カブトムシも……」

『そう。正直を言えば、大差ないんだ。そんなわけで、レイさんに会いたいのなら早くしないといけないね。そうだ。キミは木登りが得意かい?』

「木登り?」

 カブさんが、さっきまで居た樹液の場所をツノでツンツンとさした。

 木登りは、全くできないわけではないと思う。でも、ぼくの今の体格からして、この木を登るのは難しいように思う。

「うーん。苦手じゃないと思うけど、この木はむずかしい気がする」

『そっか。じゃあ、わたしに掴まっていることは? ドラゴに乗ってきたときにそうしたように、何かで括る必要がありそうかい?』

「括らせてもらえると安心、かな?」

『じゃあ、何か括るものを手に入れよう。ええと、どんなものがいいだろう。わたしは何を手伝えばいい?』

「自分で出来ることはやる。だから、カブさんはちょっと待ってて。どうしても困ったら、助けてって言う」

『オーケー。……おっと、その前に、一枚撮らせてってやつをしたほうがいいね。その、一枚撮らせてっていうのは、どういうことなんだい?』

「あ、そうだった! ぼくがこの箱を通してカブさんを見るから、その間すこし、ニコッてしていてほしいんだ」

『なにか種が飛んできたりしない?』

「しない、しない! それに、痛くもかゆくもないから!」

 カメラの電源を入れる。画面に表示されている電池マークが点滅している。急いで向きを合わせてシャッターボタンを押し込むと、レイさんに会えた時のために電源を切った。

「あ、カブさん、ありがとう!」

『終わったの? 何をしたの?』

「記録をとったの!」

『ほぉ』

「協力してくれてありがとう! それじゃあ、括るものを探してくるね!」

『オーケー。待っているね』

 何か使えるものはないかと辺りを見てみる。草が生えている。また草の根を使って体を括るか? でも、ドラゴと違って、カブさんの体は大きい。括るとなると、一苦労どころじゃない。

「あ! そうだ!」

 閃いて、出来るだけ細い草を一本引き抜く。

 懐かしの〝おおきなかぶ〟だ。

「んーっ!」

 たぶん今、ぼくの顔は真っ赤になっているんじゃないだろうか。

 必死になって葉を引っ張っていたら、急にスポン! と抜けた。あんまり急だったから、ぼくは尻もちをついた。カブさんの前でする、二度目の尻もちだ。

『ごめん、ごめん。ちょっと手伝おうと思ったんだ』

 いつのまにか、目の前にはカブさんがいた。カブさんは、ツノで土を掘って、草を引き抜くのを手伝ってくれたみたいだ。必死過ぎて、カブさんが近づいていたことも、土を掘ってくれたことにも気づいていなかった。

『だいぶ困っているようだったから、助けてって言われてないけど、来ちゃった。平気だった?』

「あ、うん! ありがとう。助かった!」

『それならよかった。それで? この草をどうするの?』

「ぼくの体に巻き付けて、ハーネスみたいにするつもり!」

『ハーネス?』

 カブさんがツノを傾げた。


 ぼくの閃きはこうだ。

 草のはしを、体に巻き付ける。もう片方のはしに輪っかを作って、それをカブさんのツノに引っ掛ける。

 そして、カブさんが登っている間、ぼくはカブさんにしがみつく。カブさんの体は艶やかだから、きっとぼくは手足を滑らせるだろう。でも、草があるから、ぼくはぶらぶらと揺れることはあっても、落ちることはないはずだ。

 とはいえ、ぼくは体にハーネスを巻き付けたことがない。だから、どのように体に巻き付ければ、しっかりと体を支えてくれるのか分からない。

 たぶん、両足の付け根はしっかり巻き付けたほうがいい気がする。でも、そこだけしっかりしていたら、例えば逆立ちみたいな体勢になったら、そのままずるんって落ちちゃうんじゃないか。

 だから、お腹にも巻き付けたほうがいい。

 お腹に巻くなら、肩にもだ。

 試行錯誤しながら、ひとりで体を締め上げていく。

 まぁ、これでいいかな? なんて思えるようになったころには、ハーネスっていうよりも服みたいになっていた。昔々の人間は、こんな服を着ていたかもしれない、なんて考えちゃうくらいに。

『これで、完成?』

「ううん。あとは、こっちを輪っかにする。それで、カブさんのツノに引っ掛けさせてもらいたいんだけど」

『いいよ。引っ掛けて』

「ありがとう!」

 体中に草を巻き付けたせいで、身動きがとりにくい。

 ギィギィと壊れかけのロボットみたいに手足を動かしながらカブさんによじ登ると、草のはしをツノにかけた。

 やったぁ! できた! 安心した瞬間、ずるん、と足を滑らせた。



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