第13話 ジャックに起きた異変
道中、ジャックは時々、バッタを捕まえて食べた。
ある時ぼくは、「ジャックがご飯の時は、どこかでゆっくり待ってるよ」と伝えた。それから、ジャックがご飯を食べる時、ぼくは近くの葉っぱの上で待つようになった。バッタの体液を浴びることなく、自分が吐くこともなく、ただ減り続けるおやつを少しずつ食べながら、咀嚼音が止むのを待っていた。
ジャックは、出会いこそ怖いものだったけれど、ゆっくりと腹を割って話をしたら、いい虫だと思う。そして、ジャックと共にぼくには分からないどこかへ向かう旅は、とても楽しいものだった。いつのまにか空っぽになったグミの袋をじーっと見ないと、元居た世界に戻りたいと思えなくなりそうなくらい、楽しいものだった。
「ねぇ、ジャック。あとどのくらい?」
『急かすな。俺は道を覚えるのが得意じゃないっていうか、最近なんだか、よく道に迷うようになったっていうか』
「なるほど、方向音痴なんだね?」
『ん? 方向音痴ってのがなんなのか、よく分からないけど。なんか、バカにされた気がする』
「ごめん、ごめん。ちょっとバカにしちゃった」
『こら。その辺にポンと放り捨てるぞ』
「だから、ごめんってば」
ぼくは知っている。ジャックは、ぼくのことをポンと放り捨てたりなんかしないって、知っている。だから笑う。ジャックの言葉はジョークだって分かっているから、ふふふと笑う。
「ねぇ、ジャック」
『なんだ?』
「今日は、いい天気だね」
『そうだな』
ジャックとすっかり仲良くなってからというもの、お互いに何も言わない空白の時間すら楽しい。風の音や、葉や虫の声を聞きながら、ジャックに揺られるのが心地いいと、ぼくは心の底から思っていた。
ある日、そんな空白が姿を変えた。
ぼくが話しかけても、ジャックは何も答えてくれなくなった。
話をしたい気分じゃないのかな? と思った。どんどんと増えていく異様な空白を、なんとか受け入れようと努力した。
でも、空白が再び姿を変えることはなかった。
ジャックはひたすらにぼくのことを無視し続けた。
どこへ行くか教えてくれないまま、どこかへ向かって、バッタを食べるでもなくヨロヨロとただ進み続けた。ぼくは「どうしちゃったんだろう」と思いながら、ジャックにしがみつき続けていた。するとある時、ぼくの視界に水が映った。
「海だ! ……いいや、もしかして、川かなぁ」
遠くに島が見える。その島は、とても大きそうだ。島は水で囲まれているわけではなく、水が土地を隔てているように見えた。近づけば近づくほどに、その水の様子がはっきりと分かる。流れは左から右。ということはやっぱり、川なのだろう。
大きな川が迫っているというのに、ジャックは気にせずヨロヨロ進んでいく。
ぼくはなんだか怖くなって、ジャックから降りることにした。
ジャックから降りるのは一苦労で、途中で手足を滑らせてズドン、と落ちた。
こういう時、これまでのジャックだったら、心配してくれたり、笑い飛ばしてくれたりするだろう。でも、おかしくなってしまったジャックは、音を立てたぼくの方をちらりと見ることすらしない。
「ジャック……一体どうしたんだよ」
ぼくは、ジャックの足を叩いた。
本当だったら、ジャックの体をぺちんぺちんと叩きたかった。でも、今の、地面に降りたぼくには、ジャックの体に簡単には手が届かない。
ぼくは気づいてもらえるまで、いつまでも叩いてやろうと思っていた。だけど、ジャックはそのままヨロヨロ進んで、いよいよ川に入ってしまった。
ぼくは、少しなら泳げる。でも、こんなに流れが急で深い川に入ったら、すぐに流されて息ができなくなってしまうと思った。だから、川に入られてしまったら、もう叫ぶことしかできない。
「ジャック! ねぇ、キミって、そんなに水が好きだったっけ?」
記憶を探る。これまでの旅の途中で、川や海に辿りつくことはなかった。でも、大きな水たまりには何度か出会った。その度ジャックは、『水、あんまり好きじゃないんだよな~』とぼやいていた。そんなジャックが、自ら水だらけの場所に飛び込んでいくなんて、何かおかしい!
ぼくは、ジャックが手が届かないほど遠くへと流れて行ってからようやく、ジャックを強引に引き留めなかったことを後悔した。
こんな小さな体で何ができたかは分からない。でも、何かはできたはずなんだ!
「ジャーック! しっかりしてーっ!」
その時だ。ジャックのお尻から、うにょうにょと黒っぽい何かが出てきた。
髭がない龍みたいだ。
体をくねらせながら、どんどんと外へ出てくる。
ジャックの体の中のいったいどこに隠れていたのかと不思議に思うほど、それは長い。
いつまで経っても、それは出続ける。
「も、もしかして、ハリガネムシ⁉」
これまでに本物を見たことはない。でも、図鑑や動画でなら見たことがある。カマキリには寄生虫がいることがあって、そいつはカマキリを水辺へと誘い、そしてそこでカマキリの体から出ていくんだ。
そのあと、カマキリは――。
「ジャック! ジャーック!」
まだ間に合うんじゃないか? せめて、水から出ることが出来たら何かが変わるんじゃないか?
ぼくは一生懸命叫んだ。ジャックからの返答はない。
にゅるん、とハリガネムシの体が全て出た。
ジャックは力なく手足を動かしながら、川の流れに逆らうことなく、どんどんと流されていく。
憎きハリガネムシの姿を見る。水の中で呑気に動いてやがる!
「くそぅ、くそぅ!」
ジャックがハリガネムシに殺された。
ぼくはとっても悔しくて、悲しくて――怒りを覚えた。
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