第6話 迷いの公園
外へ出ると、働き者の太陽が一生懸命に光と熱を届けていた。まるでオーブンで焼かれているんじゃないかと思うくらい、体の内側まで熱が突き刺さる。
早く公園の奥まで行こう。そうすれば、そこにはたくさんの木が生えている。木は瑞々しい緑の葉をつけた枝を太陽に向かって大きく広げている。その下は、湿気はあっても熱は和らぐ。そういうところに吸い寄せられていく生き物は、ぼくら人間だけじゃないだろう。他の生き物だって、今この瞬間を〝暑い〟と感じるものたちは、きっとみんな、吸い寄せられていくはずだ。
花がゆらゆらと踊る広場を通る時、ぼくはすごいな、と思った。根を張って生きる彼ら、彼女らにとって、この暑さは堪えないのだろうか。動けないから仕方なく浴びているんだろうか。それにしては楽しそうに見えるのが、不思議でしかたない。
花たちの園を通り過ぎ、木々の元へとひたすらに足を動かしつづけた。頭上の葉が増えて、だんだんとぼくが感じる熱から鋭さが失われていった。より奥へと進んでいくと、より柔らかな暑さに変わって、吹き抜けていく風の優しさに、思わず笑みがこぼれる。
木の根に腰を下ろす。ついさっきお昼を食べたばかりだけれど、甘いものを口にするのは頑張りスイッチを入れるのにちょうどいいと思って、おじいさんから貰った袋を開けた。まん丸の飴玉を取り出そうとしたら、金平糖がひとつ、おむすびころりんみたいに転がって、近くの穴にぽとんと落ちた。やっちゃった、って、ちょっと焦る。けれど、きっとアリさんとかのご飯になってくれるだろうと信じて、落とさず摘めた飴玉を口に放り込む。
甘い。すごく、懐かしい味がする。
すっくと立ち上がると、口の中で飴玉を転がしながら、ぼくはレインボーカブト探しを再開した。けれど、チョコレート色のカブトムシすら見つけられない。
時々水を飲んだり、もらったお菓子を食べながら、ひたすらに木を見て回る。風が少し冷たくなったような気がする。葉の隙間から降り注ぐ光は、相変わらず眩しい。
ふと気になって、時計を見てみる。
「え、うそだぁ……」
時計は十六時を指していた。そろそろ帰らないと。日が暮れる前までに帰るって約束をしているんだから。
奥へ進むのはもうやめて、来た道を戻ることにした。くるり、と方向転換したとき、背後からシャララ、と涼やかな音がした。思わず振り返る。そこには木が生えているだけで、誰も居ないし、何もない。視線を上に動かすと、葉が風に揺らされて、こすれて、小さな音を奏でていた。
なぜだか胸の奥がざわざわする。薄気味悪い。
早くひと気があるところまで行こう。そうして、駐輪場まで進んで、自転車に乗って帰ろう。
歩いていると、その木がどんな木であるかを説明する看板を見つけた。レインボーカブトのことばかり考えていたから、これがもとからあったかは、正直分からない。
どんどんと来た道を戻っていく。だんだんとスピードが増していく。
「え、うそだぁ……」
ついさっき見た、どんな木かを説明する看板をまた見つけた。同じ説明をする看板を複数立てることはあるだろうし、何回も見つけてもおかしくはないと思う。けれど、その看板が立てられている周囲の風景すらなんら変わらないのは、どこかおかしい。
不安を覚えながら、さらに進む。
また、あの看板に出会う。
進む。看板がある。走る。看板がある。
「大変だ……迷ったみたい」
まさか公園で迷子になるだなんて。そして、助けを求められる人もいないだなんて。心がどんどんとやせ細っていく。ぼくは同じ道を進むからいけないんだと思って、帰り道とは反対だと思っている方へ向かって駆けだしてみた。息が切れる。看板がある。もう帰る方向でもその反対でもない、あてずっぽうな方向へと駆けてみる。また、看板を見つける。
「迷ってるんじゃない。道がヘンテコにつながって、ループしてるんだ!」
そんな現実離れしたことが起こるだろうか。自分の想像は間違いだと思いたい気持ちが膨らんだ。想像を否定する気持ちは、ぼくを強引に笑わせる。
うすら笑っていると、風が吹いた。思わず顔を腕でガードしたくなるくらい、強い風だ。シャララ、と涼やかな音が、またした。音はきれいだけれど、とても恐ろしかった。頭を抱えてしゃがみ込む。小さくなって、風が、音が止むのを待つ。
するとその時、ぼくは気づいた。ぼくはカメラを持っていることに気づいた。カメラを使って写真を撮りながら進めば、このループから脱出する方法を見つけられるかもしれないと考えた。しゃがんだまま、見えない何かから隠れるように、ゆっくりゆっくり進み始める。少し進んだら写真を撮る、を繰り返す。看板がある。進む。写真を撮る。進む。写真を撮る。また、看板を見つける。撮った写真を隅から隅まで見てみる。写っているのは、なんの変哲もないただの森の様子ばかり。
「……!」
公園の木は、せいぜい林程度しかなかった。けれど、今いる場所は林とは言えない。
つまりここは――公園じゃない!
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