スピンオフ ヘルヴェティアから来たジャーナリスト

中立陣営ヘルヴェティアの大手新聞社に勤めるルドルフ・シュタイナーは懐疑主義者だった。

日本の「逆鎖国」と「攻めない勝利」という思想を彼は鼻で笑っていた。

それは弱者の自己正当化であり危険な孤立主義に過ぎないと。

彼はその欺瞞ぎまんを暴くため意気揚々と日本の土を踏んだ。


彼が想像していたのは軍国主義的で息苦しい社会だった。

街の至る所に鎧を着た兵士が立ち人々は互いを監視し合う。

そんなディストピアを記事にしようと、彼は匿都の最初の「実証区画」へと足を踏み入れた。



彼が目の当たりにした光景は、完成された都市ではなく、未来の日本の縮図ともいえる壮大な社会実験の現場だった。

アマテラス・ドームの柔らかな光の下では、最初の入植者である家族たちが、まだ慣れないながらも穏やかな表情で新しい生活を始めている。

公園では、子供たちが学校の授業の一環として、生活型フレーム《日守ひまもり》を使い、建設資材の運搬を手伝う老人たちの補助をしていた。

それはまだ「当たり前」ではない、新しい日常が生まれつつある瞬間だった。


「……なんだこれは……」


ルドルフは呆然と呟いた。

彼は取材を始めた。プロジェクトの技術者や、最初の入植者である人々にマイクを向ける。


「あなた方は怖くないのですか? 国が軍事力を放棄して」


質問された主婦はきょとんとした顔をした。


「怖い? 何がです? 私たちにはこの子たちがいますから」


彼女は隣で《日守》を操る息子を誇らしげに見つめた。


「この子たちがいる限りこの国は大丈夫。だってこの子たちは人を傷つけるために力を使うことなんて絶対にしませんもの」


ルドルフは匠の思想の信奉者でも敵対者でもない。

ごく普通のジャーナリストの視点からこの国の「強さ」と「優しさ」の根源に触れた。

それは軍事力や経済力といった数値で測れるものではない。

国民一人ひとりの心の中に根付いた「相互尊重」という名の見えざる要塞だった。

彼はその驚きをありのままに本国にレポートした。


『――日本に軍隊は存在しない。なぜならこの国では国民全てが守る意志を持った兵士だからだ。彼らが守るのは国境線ではない。隣人の笑顔だ。我々はこの国の本質を完全に見誤っていたのかもしれない』


その記事は国際社会に小さな、しかし確かな波紋を広げていく。


世界が初めて日本の本当の姿に気づき始めた瞬間だった。

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