第二十二章 日常の要塞化
第六十四話 生活に根づく
設計思想の公開から一年。
世界が日本の特異な進化に戸惑い、警戒と賞賛の入り混じった視線を向け続ける中、日本の国内では静かだが確実な革命が進行していた。
それは人々の「日常」そのものが巨大な要塞へと姿を変えていく、壮大な社会実験だった。
その変化を最も肌で感じられる場所の一つが神戸の港だった。
巨大なガントリークレーンが林立するコンテナターミナル。
かつては屈強な港湾労働者たちの怒号が飛び交っていたその場所は、今、驚くほど静かだった。
主役はPA-2F《運環(うんかん)》、通称「生活型-物」。
物流に特化したサムライ・フレームだ。
そのずんぐりとした、しかし力強いフォルムの機体が、数十トンはあろうかというコンテナをまるで段ボール箱でも持ち上げるかのように軽々と、そして驚くほど静かに船からトレーラーへと移していく。
「――はい、オーライ、オーライ。ゆっくり降ろしてなー」
操縦しているのは日に焼けたベテランの港湾作業員だ。
内側で汗がこめかみを伝うが、長年の経験が染みついたその指は、寸分の狂いもなく制御グリップを操り続ける。
彼の視界にはMIYABIのネットワークを通じてコンテナの重量、重心、そして風速までがリアルタイムで表示され、最適な荷役ルートをナビゲートしてくれる。
かつては常に死と隣り合わせだった危険な作業。
それが今や安全でそして数倍も効率的な仕事へと生まれ変わっていた。
変化は都市の建設現場でも起きていた。
東京、新宿。超高層ビルの建設ラッシュが続くその一角。
PA-2E《築都(ちくと)》、通称「生活型-建」がその真価を発揮していた。
彼らは巨大な鉄骨をまるで小枝のように軽々と吊り上げ、寸分の狂いもなく組み上げていく。
その動きはもはや建設作業というよりは、巨大な彫刻を作り上げるアーティストのそれに近かった。
そして彼らが最も得意とするのは匿都計画の地下掘削作業だ。
草薙モジュールを応用した超振動ドリルで地上の環境への影響を最小限に抑えながら、地下深くに巨大な空間を作り出していく。その技術力は他国の追随を全く許さなかった。
医療の現場も例外ではない。
地方の山間部。
過疎化が進む小さな村。
そこへ一台のドクターヘリが舞い降りた。
降りてきたのは医師と看護師、そして一体のPA-2D《救護(きゅうご)》、通称「生活型-医」だった。
彼らは急患である老人の元へと駆けつける。
《救護》はその繊細なマニピュレーターで老人のバイタルを正確に計測し、そのデータを瞬時に麓の大学病院にいる専門医へと転送する。
専門医からの指示を受けながら現場の医師が応急処置を施す。
そして《救護》はその背負子ユニットに老人を優しく収容し、ヘリへと運び込んでいく。
かつては救えなかったかもしれない命が、今、確かに繋がれていく。
消防、警察、農業、林業……。
あらゆる生活の現場にサムライ・フレームは当たり前の風景として溶け込んでいた。
それは匠が夢見た光景そのものだった。
鎧が兵器としてではなく人々の日常を支える頼もしいパートナーとして受け入れられている。
この国はゆっくりと、しかし確実にその内側から強靭な要塞へと姿を変えようとしていた。
それは武力による要塞ではない。
人々の生活そのものが織りなす、温かくそして決して破られることのない絆の要塞だった。
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