第9話 呉の四大都督

【萌動(ほうどう】草が芽生え始めること。物事が動き始める兆し。

【晶瑩(しょうえい】晶瑩玲瓏。透き通って宝石のように美しいこと。



ここから魏のターンですが、

時折勿論呉のターンが来ますということで呉のターン。


魯粛大好き🥰




呉の大都督について。(大都督=軍の最高位という感じ。総司令官)


赤壁からの呉の大都督は


周瑜、

魯粛、

呂蒙、

陸遜


になります。


この……受け継がれていく四人のラインが無茶苦茶私は好きでね……。


一人一人、意味合いが違うんですよ……。


周瑜は勿論赤壁というそこで負けたら曹操が長江越えて南下し、江東一帯に影響を及ぼすようになるだろうっていう呉にとっての国の命運をかけた防衛戦を託された人。



魯粛は、赤壁を大勝利に導いたけど、それから間もなく亡くなった周瑜から「私の後は魯子敬に」と言われた人です。また機会があったら話しますが、周瑜と言えば孫策ですが、実は魯粛と周瑜もものすごい絆がある。

周瑜は孫策と離れていた時期に、魯粛の元を訪れていますが、その時に食料援助を魯粛に頼むと、魯粛は何を思ったか自分の保有していた倉で保管していた食料などをポン! と周瑜にあげたそうです。

魯粛は、貴方に頼みたいと真摯に頼んで、相手に見込みがあり、真摯であると彼が思うことが出来れば、基本的に頼られたら断らない豪気な男だったようですね。


ちなみに魯粛と周瑜は共に一時袁術に仕えていますが(寿春一帯を袁術が支配していたので、周辺域で官職に就くと自動的に袁術に仕える立場に成らざるを得なかった)、さすが私も三国一愚かと認める袁術様 どんだけ見どころの無い振る舞いをしていたのか知りませんが 二人とも余程こいつに先はないと見たのか、一瞬でその許を離れています。


魯粛は袁術を嫌い北に行こうとしましたが(どっちかというと魯粛は実家が北に近い)周瑜は袁術を嫌い孫策と南に行こうとしていたので、魯粛に「君も来てくれ」って北に行こうとしてた魯粛を南に引っ張って来たのは周瑜です。


つまり、江東時代からの古い付き合いの二人なのです。


孫策と周瑜の結びつきが強すぎて、魯粛が薄くなりがちですが、実はものすごい強力な信頼関係と、波長が合うんやろなこの二人~~~っていうのが伝わって来るんですよね。


魯粛は赤壁を前に降伏するか、抗戦するかで二つに意見が分かれた呉軍において、降伏派の方が多い中、周瑜と共に主戦派になっています。本当に、周瑜の側で志を共にし続けていた人なんですよね。


周瑜の魯粛への信頼がいかに強いかが分かるのが、まさに自分の死後、魯粛を後継に、と軍を託したことです。


彼しかいないと周瑜の中では思ったんでしょう。


周瑜は志半ば、36歳の若い死でしたが、死の際において「こいつになら後を託せる」と信じられる魯粛がいてくれたことは、大きな救いになったのではないかなと私は思っています。




魯粛は46歳で病死。


その魯粛の後を継いだのが呂蒙です。


魯粛は荊州を巡り、その地を明け渡すよう関羽、及び劉備と交渉や小競り合いをして、なんとかその地を呉に戻そうと非常に面倒臭い状況を忍耐強く対話しながら時折戦いながらも苦心していた人です。


呂蒙はその魯粛の姿を側で見ていました。


魯粛が亡くなったあと、呂蒙が後を継ぎますが、

呂蒙は断続的に戦闘が起こる紛争地になり、難しい状況になりながらも魯粛が守っていたその地を託されたわけですから、どんな心理でこの地位を引き継いだかは想像すれば分かりますよね……。

自分が死んでも徹底抗戦の意志を持っていたと思います。

呂蒙の戦う意志は、周瑜の赤壁、魯粛の荊州での戦う姿を見つめて来たからこそ生まれたものだと思います。


そんな呂蒙は樊城の戦いで、三国志でも最も有名な猛将の一人、関羽を討ち取ります。


関羽を討ち取りますが、ほどなく呂蒙は病で伏すようになります。

これがタイミング的に関羽の処刑に近いので、後の世で関羽の恨みに呪い殺されたなどと悪く書かれることがあるのですが、


完全なる呉贔屓である私に言わせていただければ、呂蒙にとって、関羽を討ち取り荊州の地を守ることは、きっと人生、命を懸けても果たさなければならないほどのものだ、と思って挑んだミッションだったと思うのです。


そういう、命を懸けて挑んだ戦いを勝利して、本当に心が安堵して疲れが出たんじゃないかな……と思うのよね……。


本当に苦しんで、心を鬼にして戦っていたんだと思う。

呂蒙はヤンチャな甘寧を助けたりと、優しく生真面目な所があった人なので、そういう人が本当に必死に鬼になって戦ったんじゃないかなと。


この辺りも本当に書きたい。

私は関羽を討ったあとの呂蒙は、穏やかで優しい表情に戻って、どちらかというと安堵したような雰囲気で病の時も書きたいなって思っています。

悔いはないって。


そしてそういう呂蒙は42歳の若さで亡くなりますが、


その呂蒙から大都督を引き継ぐのが陸遜です。


陸遜はなんといっても【夷陵の戦い】という防衛戦の大勝利で知られているのですが、この夷陵の戦いが発生した理由が、関羽を討たれたことに激怒した劉備が兵を出して来るという背景があるので、完全に繋がっています。


陸遜は、呂蒙の側で樊城の戦いにも関わっていて、彼も必死に戦う呂蒙を側で見ていたんですね。


あのこの辺りの呂蒙と陸遜の関係性を「うちの小説ではこのような感じで書きたいんだ」などという話をし始めると多分14時間くらいかかりますので今日は割愛しますが、夷陵で陸遜が必死に頑張れた理由には、絶対呂蒙の戦う姿が関わっていると思うんですよ。



つまりですね……



この呉の四大都督。




周瑜は勿論亡き孫策とずっと戦ってきた人で、


魯粛も共に戦ってきた人で、孫策亡き後多分周瑜の一番の理解者で、


呂蒙は魯粛が周瑜をとても敬愛し、彼の後を引き継いで戦ってるのを見て来て、


陸遜は呂蒙が、周瑜と魯粛の期待に応えたいと思って頑張っていたのを見ている。




美しいんですよね、この縦のラインが。


縦のラインの引継ぎが非常に美しいんですよ雑味が無くて。




引き継いだ人達が全員前の人を想って、

あの人の為にも負けられないと必死に戦ったのが勝率で伝わってくるのが非常に美しい。





呂蒙さんについて。




上記に書いた通り、呂蒙さんは何と言っても「関羽を討ち取る」ことで知られている武将です。


関羽という人は、三国志随一の猛将とされ、その理由は勿論一騎当千の強さもさることながら、すごい強いのに放浪時代の長かった劉備の側で働き続けた忠義の心なども見事だとされます。

曹操の許で捕虜になることもあるのですが、曹操も関羽は見事な武将なので、虜囚の扱いなどは与えず、自分の許で使おうとし、曹操の恩に一度報いるために戦いもしましたが、関羽は劉備の許に帰りたがったので、曹操は彼を追わずに行かせてやったそうです。


非常に生き様がカッコよく、これぞ武将の鑑というような人でした。


そういう人を討ち取った呂蒙は後の世でかなり悪く言われることが多い役回りになってしまったのです。

三国志演義なんか最もたるものですが、死についても「あんな素晴らしい関羽様を討ち取ったのだから報いを受けるのは当たり前」みたいな描かれ方をされたりします。



ただ、さっきも言った通り、呉の大都督は点ではなく線なのです。

ラインなのです。


たまたま呂蒙の時に、関羽を討ち取るタイミングが来ただけなんですよね。


魯粛が生きていれば、魯粛と協力して討っていたかもしれないし。

周瑜が生きていれば周瑜が討ち取っていたかもしれません。

呂蒙が関羽を討ち取る前に病死していたら、一体彼を後世はどんな風に書いたのかな? ってすごく思います。


呂蒙がもっと早くに亡くなっていたら、関羽を討つのは陸遜の役目になっただろうし。


その際は恐らく朱然とかも補佐に入って来るだろうから、


陸遜と朱然が力を合わせて関羽を討ったのかも。


そうしたらいずれ起こる二宮の変で、朱然はあれほど傍観を決め込んだでしょうか?




戦にはタイミングというものがあって、


定められた時に定められた場所にいた人が、定められたことをしなければならなくなることがあるんですよね。


それはその人が悪人だからとか、善人だからとか、そんなことは全く関係なくて、そこにいる以上やらなければならない使命なのです。



呂蒙は関羽を討ちとらねばならない時に大都督の地位にあり、

対峙する運命に定められました。



彼は国の為にひたすら戦っただけなのです。


しかし討ち取った相手が関羽という稀な武将であったがために、


死すら侮辱されたりする。



この辺りで私の呂蒙さんに対するスタンスは分かって頂けると思いますが、

私は呂蒙さんは丁寧に丁寧に書いてあげたいキャラです🥰✨




スポーツなんか見てると分かるのよ……。



サッカーのPKなんかすっごい分かりやすいけど、


何でか知らんがその人で試合の勝敗が決まってしまう、そういう運命に定められてしまう人がいるのだよな……。



ああいう人には本当に感情移入してしまうんですよ。



この世には本当に、他人がやりたくないことを引き受けて、やるしかなくなってしまうような運命になる人がいるのです。



私はそういう人たちに非常に感情移入するので、彼らが「悪」だからそうなったのだみたいな描き方を絶対にしたくない。




誰もやりたくないことをしなければならない人がいるんですよ。

そういうのを引き受けて頑張る人が私は無茶苦茶好きなので、


陸遜も本当にそういう人ですね。夷陵の戦いとか自分なら絶対引き受けたくねえ。

でも陸遜からすると、順番が回って来たんだ、という気持ちにはなったと思う。








作中で書きましたが、


とにかく私はこの呉の四大都督ラインが好きなので、


この四人のやり取りや絆とかをとても重視します。


今回魯粛の前で呂蒙が泣いていますが、


「魯粛は呂蒙の泣いてる姿を見たことがあるけど、

陸遜は呂蒙の泣いてる姿は見たことがない」


みたいなシチュエーションがすごく好き。

色気がある。

魯粛にとって呂蒙は年下で、まだまだ心配もさせる後輩だけど、

陸遜達にとっては呂蒙は頼りになる先輩で、心の強い人だ、みたいに見せたりするのがとても好きです。 いいよね この人だけが泣き顔を知ってるとか

いいよね……✨



魯粛が「あんな可憐なご婦人二人が泣いてないのになんだ」って苦笑して呂蒙の頭を撫でてやるシーンと、


呂蒙が淩統の頭を撫でてやるシーンは、そういう意味でリンクしています。


つまり呂蒙は魯粛がいなくなってしまったら、泣ける場所がなくなってしまうので、いまのうちに思い切り泣かせてあげたい。


魯粛がいなくなると、呂蒙は彼の分まで自分が強くならねばと思って強く頼もしくなりますが、それは強い人間になろうとして強い人間になったのです。

誰かの為に強くなりたいと願って強くなれる人間は、強い人間だと私は思うのですが、



今後も私のこの大好きな呉の四大都督の繋がりは折あるごとに出て来ると思いますので是非よろしゅう✨

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