第1章『月夜の黒百合 ー 月と夜の変化』
「全くこの子は…飲みすぎですよ」
ミミをベッドに寝かせるテミ。
体を拭き、パジャマまで着せている。
「……んへへ……おやつ……もっと……」
寝言を漏らすミミに、
テミは小さくため息をつく。
「まじ母親じゃん」
「そうかもしれませんね」
否定しないのかよ。変わってんな…。
「で、ルナの状態はどうなんですか?」
「数ヶ月前に
『石』を拾ってから『悪夢』を見るらしい」
「……その石からは
魔力が感じられるのですね?」
「ああ。どこの誰のかはわからないが――
知っている気がする」
「そうですか…
それでその石はどうしたのですか?」
「捨てようとした。
でも、あいつが手放さない」
あいつから『悪夢』の内容を直接聞いて、
オレは確信した。
それはすべて――あいつの『過去』だった。
――――――――
孤児院――思い出すだけで吐き気がする。
薄汚れた部屋。
血の匂いと子どもの叫びが絶えない、
悪夢みたいな場所だった。
そんなある日、彼女が現れた。
月明かりが髪を照らし、
まるで月の女神のようだった。
「なまえは?」
「わからない…わすれちゃった」
「じゃあ、ここから選ぼう」
使われていない部屋の古い本を開き、指で示す。
「ルナ…月って意味」
「わぁ…きれい」
「ボクはノクタ。
夜って意味でさ…
月に照らされる夜、ってどうかな」
「ふふ、へんなの。でもすき」
こうして、
彼女はルナに、オレはノクタになった。
――数日後。
「3番、9番。来い」
薬品と血の匂いが満ちる部屋。
冷たい手錠がルナの手首を締める。
「なにされるの…?」
器具の音が近づく――
「やだ!やだよノクタ!」
怯えた声が胸を裂き、
過去の絶望が一瞬で蘇る。
――もう二度と、奪わせない。
血の匂いが脳を焼き、目の奥で赤い火花が散る。
視界が黒に染まり、衝動が牙を剥く。
次の瞬間、胸の奥で何かが弾け、
視界は完全に黒に呑まれた。
気づけば、床は血で染まり、
オレの体には鱗とエラ、鋭い歯が生えていた。
「ボクは…
『人間』と……『魚人』の…混血…?」
肌のざらつきと冷たい感覚に、息が詰まる。
混血は『穢れ』――そんな言葉が胸を刺す。
だが、今はそれより――ルナは!?
「ルナはどこ!?」
白衣の影が近づき、腕に針が刺さる――
一瞬、視界が白く爆ぜ、
すぐに黒に塗りつぶされた。
次に目覚めたのは地下牢。
ルナはもういない。
生きる意味も消え、毒薬を黙って飲み続けた。
――だが、その日は薬が来なかった。
代わりに、
天井の向こうから激しい物音と、
獣のような唸り声が響く。
「…ルナ…?」
耳を澄ませるほど、声は荒れ狂い、
壁が軋む音まで聞こえる。
間違いない――生きてる。
「ルナ!!!」
叫んだ瞬間、暴れる音がぴたりと止まった。
張りつめた静寂に、胸が締めつけられる。
次に響いたのは、重い足音。
鉄の扉が軋み、白衣の腕に抱えられた、
小さな体が現れた。
「お前と同じく暴れた。
仲間ができてよかったな」
放り出されたその子――
髪はブロンズから、
見たこともない鮮やかなピンクへと
変わっていた。
顔は同じはずなのに、何かが違う。
息づかいも、焦点の合わない視線も――
知っているルナじゃない。
名前を呼んでも、まぶたは微動だにしない。
肩を揺さぶっても、反応はなかった。
まるで、魂だけ抜け落ちたみたいだった。
やがて――かすかに唇が動く。
「ノ…クタ…?」
「ルナ…! ルナ!!」
「わたし…いったい…?」
「…よかった…生きてた…」
服の袖をつかみ、ざっと傷を探す。
外傷はなかった。
けれど、その時――気づいた。
片目は淡い水色から、
淀んだ泥水を閉じ込めたような色へと
変わっていた。
「なんで…?わたし…髪が…」
「…目も、変わってる」
「……え?」
全身の血が逆流する。
髪も目も変えられた……
きっと実験で何かをされたのだろう。
そのうえ、この牢で――
毎日、毒を飲まされるかもしれない。
「…ここだと、
ごはんの代わりに毒を飲まされるんだ。
――でも、いまなら…たぶん、逃げられる」
「ほんと…?」
「でも…まだ魔法がちゃんと使えない。
だから…体がたえられないかもしれない。
最悪…しぬ」
少しの間、沈黙が流れる。
「――それでも、出たい?」
「ノクタもいくの?」
「いく。ルナにそんなの飲ませたくない」
ルナは小さく笑い、ためらいなくうなずいた。
「じゃあ…いく」
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