第9話『近衛騎士団の矜持』

 近衛騎士団総出で王都の匪賊討伐を始めてから早くも1週間。100人を超える賊員を拘束することができたのだが──


 ネイトは今、王宮の一室に呼び出されていた。


「カーミュ近衛騎士団団長殿、これはどういうことですかな?」


 白髪をかきむしる宰相様は、呆れた物言いだ。手元の資料をパラパラとめくり、ポイと机の上に放り出す。


「近衛騎士による王都警備は日が昇り切るまで。そのはずが最近は、夜中まで熱心に巡回しているようだ。……それも、王都の南西部ばかり」


 空気がヒリつく。ネイトは思わず下唇を噛んだ。


「いいや、何も問い詰めようと思ったわけではないのですよ。なぜ聖ガエリア騎士団に任せられないのか、その”真意“を問いたい」


 宰相様が知っているのは、ネイトとセラフィアが王都南西部で賊に襲撃を受けたことだけ。

 当然、その件については聖ガエリア騎士団も捜索に動いている。


 近衛騎士団が総力を挙げて匪賊狩りをする理由を、宰相様ははかりかねているらし。


「私の、近衛騎士団の矜持きょうじ。と言えば納得いただけますか」


 ネイトの言葉に、宰相様が目をまん丸にして見つめてきた。


「矜持、いい言葉を見繕いましたね。それに……真意でもありそうだ。では警告を。先日の夜会で女王陛下が不審がっていました。行動はくれぐれも慎重に」


「ご忠告、ありがとうございます」


 そこまでのやり取りが終わると、ようやく宰相様の表情から影りが消える。


「……まったく、女王陛下の機嫌をとる我々の身にもなってほしいものです」


「申し訳ございません」


 そう言いつつ宰相様は机の中から一封の封筒を取り出し、ネイトに渡しながら白髪をかいた。


「一応、聖ガエリア騎士団から上がった報告書をお渡ししておきます。奴らは陛下の直轄ですから、政治的打算なしには動かないでしょう。ですが、だからといって事を大きくしすぎないように」


「ありがとうございます宰相様」


 ネイトは深々と頭を下げ、足早に王宮を出る。


 馬留めに止まった一台の馬車にすっと乗り込むと、大口をあけて寝ている女性騎士──セラフィアの横へ腰を下ろした。


「......まったく、だらしがないなぁ」


 ぼそっと呟いてから御者に馬車を出すよう命じる。


 ──ガタガタ


 馬車がゆっくり動き出し、その揺れに身を任せる。だが隣で寝ているセラフィアの寝顔がやけに気になり、体を前のめりに眺めて──


 その唇に、人差し指を伸ばす。


 副団長としても貴族令嬢としても失格な──ネイト自身、何度もお母様に注意されてきた──気の抜けた寝顔。


 セラフィアの温かい寝息が指先にかかる。


 艶々なピンク色の唇。どんな口紅を差しているのだろう。今度聞いてみようかな……


 下唇に、指で触れた。


 しっとりしていて、弾力があって、でも張り付いてきて、それでそれで──


 はむっ!


「ひゃうっ?!」


 人差し指をまれる。


 感じるのは口の中で対流する湿った空気。引き抜こうとしてみたが、張り付いているため下手に動かせなくなっていた。


「…んんん……ん?」


 じわぁっと、セラフィアの瞼が開く。


 身を乗り出し、彼女の口元へ手を伸ばしたままのネイトと、セラフィアのまだ空な瞳が交差する。


「だんちょ〜……おはようござい──ええええええ?!」


 がっしり腕を掴まれたネイト。困惑を浮かべるセラフィア。


 ふたりの頬が紅を差していたのは、決して夕日のせいではなかった。



「しかしこれが本当ならば、なぜ聖ガエリア騎士団は討伐に動かなないのだ! ここまで情報を掴んでおいて、けしからんぞ」


 近衛騎士団の庁舎へ馬車が到着後、ネイトは直ちに、なんの迷いもなく、速やかに小隊長たちを招集した。


 彼らと共に報告書に目を通し、驚愕した。


 聖ガエリア騎士団は、アウヴァノ=タフィ牢獄で近衛騎士が襲撃されていたことはおろか、そのあと近衛騎士団がしらみ潰しに捜索した王都全範囲の匪賊たちの隠れ家についてもすべて、目星をつけていたのだ。


「ははっ……だって奴らは王国の『裏』だろ? 『表』の俺たちから手柄を奪えるほど、地位も名声もねぇってことだ」


 笑いが起き、ネイトはそれを咳払いで制す。


「そういえば、バッヘン=ケンベルン城って何処かで聞いたことありますよね」


 報告書に同封された付箋まみれの地図を指差し、セラフィアが小首を傾げた。


「……前団長の居城だよ。今はもう廃城だけれど」


 まだ幼い頃、父が騎士の親善試合にネイトを連れ出した時の記憶が過ぎる。


「しかし団長、レーベ侯爵がそこに逃げこむ根拠は薄いですよ。報告書にも『本城は単に匪賊の大拠点である可能性が高い』とただし書がありますし」


 吹き荒れる雪。大きな氷の影。白銀の世界に流れる赤黒い血。思い出したくもない、過去の記憶を振り払った。


「いいや、侯爵かれは過去に囚われている。前団長や先王との追憶の場所、王国の追手を迎える場所には丁度いいと思うはず」


 あの3人の背中は、ネイトだって知っている。


 だから──絶対にいるはずなんだ。


 机に拳を下ろし、集まった小隊長たちとセラフィアの顔をしっかりと見渡した。


「報告書によれば匪賊の数は300を超える。高位能力者や、先王の死を機に近衛騎士団を離れた元騎士との手合いもあると思う。だから──」


 ガガッと椅子を押しのけ立ち上がる。


「信じて私についてきてほしい。近衛騎士団の矜持を、レーベ侯爵にも、聖ガエリア騎士団にも、女王陛下にも見せつける」


 それに続いてひとり、またひとりと小隊長が立ち上がっていく。


「絶対勝つぜ」

「レーベさんに、やり返せるわけだ」

「帝国と内通なんて、許せねえ」


 それぞれが思い思いの決意を叫び、もう一度団結する。


 そうして始まった作戦会議は、決戦前夜まで続いたのだった。

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