第8話『先の副団長』

リビオン・レーベ前近衛騎士団副団長。


忘れられるはずもない、セラフィアやネイトをはじめ多くの近衛騎士を一線級の騎士へと育て上げてきた張本人の名前だ。


そして同時に、先王と前近衛騎士団団長の戦死の責任をすべて負わされた人物でもある。


「ありがとう衛士長。この件は近衛騎士団で受けるから、聖ガエリア騎士団には通報しないでほしいかな」


「......それは構わん。だが、レーベ侯爵あのひとを斬れる近衛騎士がいるとは思えん」


思わずセラフィアの表情が曇る。目の前のネイトもただ俯いて、話さない。


「それに、この広い王都でレーベ侯爵とその仲間がいる場所をどうやって近衛騎士が探し出す? 捜査と暗殺は聖ガエリアの担当だろ」


団長をたしなめるような声色に、セラフィアが吠えた。


「そんなことは──」


「そんなことはなんだ? 倒すことはおろか見つけだせるかもわからないが、近衛騎士団の面子のために最強と謳われた危険人物を野放しにしているとでも言いたいのか」


衛士長はふたりに有無を言わせず鋭い眼で睨んでくる。思うところこそあったが、その前にネイトがセラフィアを鎮めた。


「衛士長、これはお願いじゃなくて命令だよ。貴方の考えているほど、今の近衛騎士団は弱くないから。だから──信じてほしい」


セラフィアに微笑みかけて放った一言はどこまでも冷たく、でも力がこもっていた。


「......承知した。だが、失敗だけはしてくれるなよ。亡き陛下のためにも......王国の未来のためにも」


その言葉は、その心配は、長年王国に尽くしてきた彼だからこそのものなのだろう。ネイトと衛士長が握手を交わし、その姿にセラフィアは目頭を熱くする。


行方不明のレイオフについても情報を交換した後、ネイトとセラフィアは牢獄を出た。


すっかり朱色に染まった空を団長が見上げる。綺麗な横顔に思わずドッと心拍が上がった。


「ねえ、セラフィア。私たち、レーベ侯爵に勝てるのかな」


弱気な団長を見ると心細くて──


「勝てますよ! だって団長には私が......私たち近衛騎士団がついているじゃないですかっ!」


考えるより先に、ネイトの小さな手を力いっぱい握ってセラフィアは叫ぶ。


「それにっ......私が団長を、絶対に守ります!」


団長は目を見開き、見つめ返してくる。


「そっか、そうだよね。ありがとう。セラフィア」


団長の浮かべた微笑みは、どことなく儚くて──でも、その顔にさっきのような弱さは感じられなかった。



朝露に濡れた芝生が陽の光を浴びて輝き、整列した騎士たちの鎧がキラキラと光を反射している。


その前に、ふたりが立った。


「昨日行方不明になった3名について、2人が亡骸で発見された」


どよめき。


安全だと思っていた王都で、仲間が死んだという異常事態。


それでも、団長の言葉は響く。


「あとひとり、レイオフ・ハリドロについては今なお行方が掴めていない」


「そんな言い方ないだろ」誰かがそう言った。

「仲間が殺されて、なぜ黙々と報告ができる」誰かがそう叫んだ。


義理堅くて、仲間思いで、みんな優しいから。


だから余計に、団長の言葉や声は冷たく感じたのだろう。


でも──


団長だって、みんなには見えないように後ろ手に拳を握り込んでいる。


誰が一番とか誰が違うとか、そういうことではない。今この瞬間誰もが悔しくて、やるせなくて、不安なんだ。


「本当に不愉快だ」


団長の声に、熱がこもる。


「実行犯はリビオン・レーベ前近衛騎士副団長。仲間であったはずの彼が、あろうことか私たちの同僚を殺し、今王都の中をのうのうと逃げまわっている。不愉快極まりない」


私語が止む。誰もが聞き入る。


「彼に恩がない者は近衛騎士団内にいないとは思う。だが、事実として彼は2名の騎士を殺し、ひとりを誘拐した。嘘だと思うなら、彼に歯向かう勇気がないなら、そこでじっとしていればいい」


一拍の間。静寂の中、鳥と風のささやかな音だけが支配する。


「これは単なる弔い合戦じゃない。近衛騎士団の過去を顧み、未来を掴む戦いだ」


「──だから、みんなに力を貸してほしい。よろしく頼む」


腰を折っての最敬礼。到底、団長が団員にするようなものではなかった。それにセラフィアも続く。


「団長! 俺は──俺は部下を3人も失いました。あの方には俺も恩しかない。だが、どんな理由があれ、戦友を殺し連れ去るような奴に着せる恩などないっ」


エイクウェルが、団長の前で跪く。


「お、俺たちも同じです。レイオフのやろう、ビビリのくせ口は達者だから......殺されちまう前に救い出さないといけないんです」


6人の若い騎士がエイクウェルの後ろに続いた。


さらにに続いて次々と騎士たちが地面へ膝をついた。膝をつき、佩剣を抜き地へ突き立てる。


「この剣は、近衛騎士団の名誉のために!」


「我々の団長はカーミュ姫で、副団長はロトリアルス嬢だ!」

「協力させてください」

「今こそ、近衛騎士の底力を見せる時」


「団長! お顔を上げてください」


セラフィアの声を聞いて、ネイトが恐る恐る顔を上げた。


ふたりの前に、立ち尽くす者はいない。


「......みんな、ありがとう」


白銀の瞳に浮かんだ涙を、セラフィアはそっと拭き取る。


「敵は手強い。力を合わせて、近衛騎士団の結束力を見せつける」


うおおおおおおお!!!!!!!!!


大地を揺るがすような歓声が、練習場を大いに唸らせた。

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