第2話早口の文字
_放課後・教室_
2人のパリコレトークが熱を帯びてきた頃、 ハルカのスマホにグループLINEの通知が鳴った。
「ハルカ〜どこ〜!うちら先にコンビニ寄るで‼︎」
「はよ〜!パフェなくなるぞ笑!」
ハルカはスマホを見て、ちょっと目を丸くする。
「え、やば。もうこんな時間!? ウチ、戻らなあかんぽいわ〜」
画面を見ながら、ちょっとだけ名残惜しそうに笑う。
「てかさ、話しすぎて時間足りんやつやん(笑)」
「ウチ、まだ8巻の話しかしてへんし。推しの登場回とか話してないし!」
一瞬だけ間があって、ハルカがスマホを差し出す。
「……ってことで、LINE交換しよ?ウチ、話し出すと止まらんタイプやから(笑)」
邦人は黙ってスマホを取り出す。 IDを交換する。画面に文字が並ぶ。
「Haruka(✨)」——新規トークルームが開かれる。
ハルカは笑顔でドアの前に立ち、言った。
「ありがと〜!じゃ、続きはLINEで話そ〜! ウチ、スクショ送りまくるから覚悟しといてな(笑)」
ドアが閉まり、夕方の教室に静けさが戻る。
邦人はスマホを見つめた。 画面には、交換したばかりの名前が並んでいる。
その文字が、なぜか少しだけ胸の奥に残った。
_昼休み・数日後の教室_
教室には女子トークの声が響いていた。
「てか昨日のうちらの写真バズったっぽくない?照明えぐくない?」
「アイラインだけで世界救えるレベルやったし」
ハルカが笑いながら乗っかる。
「ウチの涙袋、昨日の光で詐欺レベルやったやろ(笑)」
「それな〜!てかカナ、あの角度で撮るのマジで天才やったで」
「え〜ウチの盛れ方、奇跡やったもん。てか背景の色味も神やったし!」
三人の笑い声が重なり、教室の一角は明るく弾んでいた。 スマホの画面を見せ合いながら、写真の角度や加工の話が飛び交う。 その輪の中で、ハルカも自然に笑い、言葉を交わしていた。
窓際の席。
邦人は漫画を読んでいた。ページをめくる手が止まる。
昨日、ハルカと語り合った“あの構図”が、ふと頭に浮かんだ。
「……あれ、もうちょい話したかったな」
そんな気持ちが胸の奥に灯る。
スマホを手に取る。昨日のトークルームが開いたままになっている。
“Haruka(✨)”の名前が並んでいた。
指が、返信欄に触れかける。
けれど──
教室の一角から、笑い声が響く。
スマホの画面。盛れた角度。加工の話。
その空気に、“昨日の続きを差し込む余地”はなかった。
邦人の指が止まる。
そのまま、スマホを伏せる。
言葉を送るタイミングは、もう見つからなかった。
その様子を、ハルカがちらっと目にしていた。 邦人がスマホを見ていたこと。 その手が止まったこと。
もしかして──そう思いながら、ハルカは自分のスマホを開く。 昨日のトークルームがそのまま残っている。 画面を確認する。けれど、昨日の続きは届いていなかった。
ほんの少しだけ、胸の奥が沈む。
「てかハルカ、またスマホ見てんの〜?誰〜?」
チカの声が飛ぶ。 ハルカは画面を伏せながら笑う。
「ちょっと弟に言いたいことあったんやけど、ま、夜でいっか(笑)」
「てかさ〜、このフィルター神すぎん!? 昨日の写真、加工なしでも盛れてたんやけど!」
笑い声が飛び交いながら、チカとカナは話題を逸らしていく。 ハルカは一瞬だけ邦人の方へ目を流したが、すぐに視線を戻した。
_夜/LINEトーク_
ハルカ(LINE)
てかアレ、マジで泣いた。主人公あんな言い方するの反則やって…!! わかってんねんけどな〜…「その台詞言わせんなや〜!」ってなるやつ(笑)
邦人(LINE)
それな。そこまで我慢した描写あったからこそ、あの一言が刺さった。 あと、絵の構図ヤバかった。俺、1ページ目で既に鳥肌やってん。
ハルカ(LINE)
うちは感情うるさすぎてスクショ10枚いった(笑) 話せる相手いなくて溜まってたから、LINE助かる〜!!
邦人(LINE)
俺も。ただの感想じゃなくて、一緒に掘れる相手おらんかったから。
邦人(LINE)
昼、ちょっと送ろうとしたんやけど…… 画面開いた瞬間、3人で楽しそうに話してるの見えて、なんか空気壊しそうでやめた。
ハルカ(LINE)
え〜送ってくれたらよかったのに〜!ウチ、ちゃんと返すし(笑)
ハルカ(LINE)
……でも、あの2人ほんま目ざといからな〜 スマホちょっと見ただけで「誰〜?」って言われるし、ニヤけたら秒でツッコまれる(笑) 昼はちょっと難しいかも(笑)
邦人(LINE)
それな。俺なんかとLINEしてるのバレたら、ハルカの評判ガタ落ちやろ(笑)
ハルカ(LINE)
評判ってなんやねん(笑)でもまあ、夜の方が誰にも何も言われんから好きに話せて楽しい(笑)
邦人(LINE)
俺も。昼で言えんかったこと、夜なら言えるってだけで、ちょっと安心する。
ハルカ(LINE)
リアタイ勢で話せる相手=邦人だけやで?これからもよろしくな〜!(笑)
居間のソファーにスマホを置いた邦人は、机の上の漫画をそっと閉じた。 そのタイミングで、台所から母親の声が聞こえてくる。
「邦人〜、最近なんか楽しそうやな。夜になるとちょっとニヤけてるで?」
「え、そう?……別に、普通やけど」
「ふーん。まあ、ええことやと思うけどな。笑える相手おるって、ありがたいことやで」
「……笑ってるっていうか、話せる相手って感じかな」
母親は「そっか」とだけ言って、食器の音を立てながら台所に戻っていった。 邦人はその背中をちらっと見てから、もう一度スマホを手に取る。 画面には、さっきまで続いていたトークルームが開いたままになっていた。
その頃、ハルカの部屋。
ベッドに寝転びながらスマホをいじっていたハルカに、弟が声をかけてくる。
「てか最近またパリコレ読んでるやん。なんなん?急にハマり直してんの?」
ハルカは顔も上げずに返す。
「別にええやろ。ウチが何読もうが自由やし」
「いや、ええけどさ。なんかスクショ撮りまくってるから気になっただけやし」
ハルカはスマホを伏せて、ちらっと弟の方を見る。
「てかさ、なんかええネタないん?パリコレ関連で。ウチ、今ちょっと話したい相手おるからさ」
「話したい相手……?ふーん、姉ちゃんにもそういう相手が出来たか。」
「うるさい。そういう言い方すんな(笑)」
弟は笑いながら言葉を続ける。
「そういや、パリコレ、ドラマ化するみたいやで。来月から地上波でやるって」
「え、マジ!? それ、もっと早く言ってや!」
ハルカが勢いよく起き上がる。 スマホを手に取り、検索を始める。
「やば、これ絶対話題なるやつやん……てか、邦人にも言わな……!」
画面には、パリコレのドラマ化情報が並び始めていた。 ハルカの目は、画面の情報ではなく、**誰かと話すための“入口”**を見つけたように輝いていた。
スマホの画面にだけ続いていくやりとりは、昼のざわめきとは違う熱をまといはじめていた。 気付けば、返信の履歴はチカたちのグループより邦人とのトークが上に並ぶようになっていて──
それが、次の一件を引き起こすことになる。
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