初めての強奪



ギン・ガラクの肉体は、シナノ・シリウスの部屋で洗う事になった。

彼女の部屋は他の軍人とは違い二倍の面積を持っていた。

当然、風呂場は広々としていて、お偉いさんの為に用意された部屋の様だと、ギン・ガラクは大きく目を見開いて驚きを隠せなかった。


「……なんだよこれ」


風呂が湯気立っている。

久しく忘れていた、日本に在住していた時の記憶が蘇りつつある。


「なにって、お風呂だよ」


彼の疑問に対して、シナノ・シリウスはそう答えた。

そして、もしかして、と思いながら、シナノ・シリウスは追加で言う。


「もしかして入った事ない?」


流石に、それはバカにし過ぎではないだろうか。

少し、御立腹となるギン・ガラクは彼女に向けて言葉を発した。


「ある、けど……冷たい水をぶっかけられる事が、多かったから」


少年兵時代。

子供に使う時間と金は勿体無い。

なので洗剤を掌一杯に盛り、身体を洗わせて洗車をする様にホースで汚れを洗い流した。

衛生面はかなり酷く、風邪をひくものも多かったが、この方法で毎日を乗り越えると、大抵の風邪や病気には掛かり難くなっていた。

それが災いを呼び、少年兵たちの洗礼は、何時までもホースで水をぶっかけられる事が多かった。


「暖かい水なんて、浸かった事がない」


風呂桶の中に一杯に溜まった湯気が籠るお風呂を見て、少しだけ贅沢を覚えて、胸が痛んだ。

この様な贅沢を、生き残った自分だけが受け入れて良いのか、と。


「なら良かった、じゃあ入ろうか」


そう言って、ギン・ガラクの手を取って風呂に入ろうとするシナノ・シリウス。

彼女の姿に、ギン・ガラクはそっぽを向いていたが、次第に彼は痺れを切らして彼女に聞く。


「それよりも、いいのかよ」


なにが、と言いたげな表情で、シナノ・シリウスは首を傾げる。


「?」


まだ自覚していないのだろうか。

そんな彼女に事実を気付かせる様に、ギン・ガラクは彼女の姿を目を細くしながら言った。


「こんな、……はだかを見せて」


生まれたままの姿。

豊満な胸や臀部が、ギン・ガラクの眼に入ってしまっている。

その事に関して、ギン・ガラクは心配してしまって彼女に聞いたのだ。

だが、彼の心配とは裏腹に、自らの胸に手を添えながら彼女は平然と言い退ける。


「ん……?、別に構わないけど」


シナノ・シリウスは漫然とした笑みを浮かべた。

それはある意味大人の余裕の様に感じられて、顔を困惑させつつあるギン・ガラクに対して悪戯な表情で接近する。


「それとも、興奮してるの?」


耳元で囁かれるギン・ガラク。

彼女の言葉に対して何も言わなかった。


「はい、じゃあ体を洗うからね」


ギン・ガラクの体に付着した汚れや垢を払拭する為に、シナノ・シリウスは指先にボディ・ソープを絡めると、そのまま彼の体に指を這わせた。


「凄い傷だね……虐待は日常的だったの?」


彼の身体が泡塗れになる。

そして、その肉体に刻まれた傷を、指先で感じ取りながらシナノ・シリウスは聞いた。

明らかに、ギガント・マキナを操縦して出来る様な傷では無かった。

彼女の言葉に、呆然と体を洗われる生暖かい掌の感触を感じながら、ギン・ガラクはゆっくりと答えた。


「指導は毎日、一人がミスをすれば全員が巻き添えを食う」


一人の行動が全員の死に繋がる。

それ以外にも、一人が逃げれば、他の全員が暴力を受ける。

その様に認識されれば、必然的に逃げる事など出来なくなっていた。


「そう考えれば、暴力で指導するのは、妥当だよ」


未だ、ギン・ガラクの脳裏に刻まれているのは暴力である。

その暴力が当然とされた世界に浸り続けている。


「まあ、それもそっか……でもそういうのは、君の様な子供が受けるものじゃないんだけどね」


シャワーを使い、彼の体に付着した汚れと泡を流し出す。

傷痕の残る事以外、彼の肉体は綺麗となり、艶が出て来た肌を軽くなぞると、シナノ・シリウスは額の汗を薬指で拭いながら立ち上がる。


「はい、身体を洗ったから、お風呂に入ってあったまろうか」


それを聞いたギン・ガラクは大きい浴槽に向けて体を動かす。

久方ぶりに、暖かい湯舟に浸かる事が出来る事に喜びを微かに覚えていた。

湯船に浸かり、身体の芯にじんわりと熱が伝わって来る、そう思っていたギン・ガラクだったが。


「……なんであんたも一緒に入るんだよ」


心臓が激しく鼓動をしつつある。

背中に伝わる女性の柔らかな肉体の感触は、少年の心にオスの性を覚醒させようとしていた。


「一緒はいや?」


やはり、耳元で囁くシナノ・シリウスの言葉。

彼女の行動、動作、全てが艶しく、煽情的で、興奮と熱でくらくらとして来る。


「狭い」


せめて自らの理性を働かせて、その場から離れようとするギン・ガラク。

だが、彼女の細い腕が、彼の胸板に沿えると、指先を合致させ拘束し、女体の壁へと強く押し付けられた。


「もっと、ひっついても良いよ?」


甘い言葉だ。

さながら催眠術の様に。

それをしても良いと言う考えを浮かばせる。

ささやかな理性が、それはダメだと告げている。

ギン・ガラクはそれに遵守しようとした。


「あんまり、そういうのは、ダメだって……」


そう言って、無理に離れようとする。

すると、今度は簡単に彼女の手が解けた。

だが、彼女の指が代わりに、ギン・ガラクを振り向かせて頬に触れる。

対面とした二人、シナノ・シリウスの淫靡な瞳と妖艶な笑みがギン・ガラクの顔を見詰めていた。

ギン・ガラクの視線は、湯舟に浮き上がる豊満な胸を注視しつつある。

当然、その視線に気が付いているシナノ・シリウスは、最初からそれを求めていたのか、彼の視線を咎める事なく。


「いいよ、触っても、揉んでも、吸っても」


女体に触れる許可が出る。


「……っ」


思わず、生唾を飲み込むギン・ガラク。

シナノ・シリウスの吐息は、興奮が絡み込んだ重苦しい息だった。


「その代わり、スイッチが入っちゃうから、もう好きな人に初めてはあげられないよ?」


……女体に触れる、それ以上の許可。

男として、まだ何も知らぬギン・ガラクでも分かる。

其処が、少年から男へと道を登る分岐点である事を。


「……、っっ」


ギン・ガラクは何も言わなかった。

それを肯定と認識したシナノ・シリウスは、彼の最初の初めてを、―――ファーストキスを唇で奪い取った。


「んっ……ふ、ぅん……ちゅぷっ……」


咥内を犯し尽くす舌先。

シナノ・シリウスの情愛を一身に受けるギン・ガラクは初めての欲に脳裏に火花を散らす。

唾液と唾液が交じり合い、彼女の指先が次第に少年の指先へと絡まり、恋人つなぎをした。

永く、満足のいくまで唇を愛されて、シナノ・シリウスと口が離れていく。

愛おしい瞳を、シナノ・シリウスは浮かべながら。


「ぜんぶ……貰ってあげるから、きみの初めて―――」


シナノ・シリウスはギン・ガラクの初めてを全て奪い去る。

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