死亡率99%の戦場を終戦に導いた少年兵、次なる舞台はロボットを操る生徒を育成する学園で無双する

三流木青二斎無一門

死地の終わりと死の約束

鋼とオイルが混ざる鉄の大地。

その多くが空の遥か彼方から飛来した機械生命体・ゼノスティールと、領土防衛の為に命を落とした少年兵たちが搭乗するギガント・マキナの屍だった。


「……は?」


機械で出来た巨人、ギガント・マキナを操作する少年。

彼には名前は無い、東洋の血筋だったが、今では傭兵部隊『メタルフォックス』の一人として活動していた。

彼が操縦するギガント・マキナは左腕が欠損、大量のコールドブラッドが流れていて、切断面からは大量の機械繊維が捩れており火花を散らしていた。

装甲は度重なる攻撃により被弾と塗装が剥げていて、鋼の肌を晒している。

左脚は足首から先が破損し体幹の維持が難しいが、少年の背中にはフィーリングプラグが挿入されており、機体制御を行っていた。

それでも、右腕を使い、対ゼノスティール用の突撃型尖鋭槍パイルランサーを使い杖の様に地面を突いていた。

そんな彼が、間の抜けた声と共に無線から流れて来る言葉に耳を疑った。


『我々の目的は失敗した、全部隊撤退を開始せよ』


メタルフォックス部隊の与えられた作戦命令は死して尚、ゼノスティールの子機を操作する母機の破壊であった。

地面から出現したゼノスティールを製造する動く殺戮兵器工場……その母機を破壊しない限り、大地の成分からエネルギーを吸収し、ゼノスティールを無尽蔵の生成し続ける。

故に、命を捨ててでも、ゼノスティールの母機を破壊しなければならなかった。

その為に、メタルフォックス部隊は、少年兵たちは、母機の破壊を最優先に行動を実施しろと命令された。

その命令は、命を捨てる行為であり、全員が全滅する可能性が大きい作戦。

確実なる死を迎える命令に、少年兵たちは口答えせずに作戦を決行した。

当然、今回の作戦で多くの仲間が死に絶えた。

けれど、仲間の猛攻、多くのゼノスティールを巻き込んだ自爆特攻により、漸く活路が見いだせた。

仲間が作り上げた唯一の道、死で出来た道、肉で出来た道、血で出来た道、……それを前にして、部隊長から無慈悲な命令が下された。


「撤退、?なに、言ってんだ」


歯軋りをする少年、奥歯が割れて其処から血が滲み出す。

彼の眼には多くの仲間の死が刻まれた、彼の耳には多くの仲間の断末魔が響き続けている。

数秒前まで生きていた仲間は、今では鋼の棺桶と共に死に絶えた。

己一人、残されて……自分も仲間と共に逝く、その寸前であったのに。


「みんな、死んだんだぞ、まだ敵はいるんだぞ?」


撤退命令により、他の機体操縦者たちは命令を実行し引き上げる。

少年は一人、その場に佇み、今も尚、ゼノスティールを生産する母機を見続けている。


「死んでも、命令を実行するんだろ?死ぬまで戦いつづけるんだろッ!!」


撤退するギガント・マキナに向けて叫ぶ。

だが、子供の彼の言葉に耳を貸す事無く、全員即座に撤退する。

……彼らは内心、心底安堵していただろう。

致死率の高いこの戦場、次は自分が死ぬかも知れない恐怖。

その恐怖から逃れられると言う事はこの上ない幸福であり、その幸福を噛み締めながら撤退を歓ぶ。

その殆どが、少年よりも大きな大人たちだ。

大人が、死した子供に後ろを向けて逃げ出していた。

それが、少年の心を大きく踏み躙った。

ここで逃げれば、仲間たちの死は一体なんだったのか、と。


「おれ達は、その為に、命令の為に死地に来てんだぞッ!!」


無線を使い大きく叫ぶ。

ギガント・マキナの背中は次第に小さくなっていく。

周辺には、ゼノスティールたちが地を這い、機体に搭載された銃火器を使用して撤退するギガント・マキナに射撃を行った。

その弾丸の渦中の最中、再び、無線が動き出して声が聞こえて来る。


『キルギア-10、撤退命令だ』


それが、少年の名前だった。

キルギア……ゼノスティールを殺戮する為に作られた鋼の巨人。

それを操作する殺戮兵器を操るのは、人間と言う歯車。

故に、彼らの名称はキルギアと呼ばれていた。

少年は、メタルフォックス部隊のキルギアであり、その十番目に由来し、そう呼ばれていた。

命令を遵守しない壊れた歯車を調整するべく、部隊長は静かに言葉をかけたのだが。


「うるせぇ……死なせろ、おれをッッ、この戦場で死なせろッ!!」


少年は涙を流していた。

悔しくて、辛くて、涙を流していた。

仲間と共に死ねないと言うのならば、命令など聞く気は無い。

自分一人生き残って、他の仲間に顔向けなど出来ない。

少年はみんなと共に、その先の死へ行く事に決めた。

決めた以上、最早、命令を遵守する気など無かった。

突撃型尖鋭槍パイルランサーを構える、片足で立つと共にギガント・マキナの脚部を駆動。

踵から飛び出た車輪が高速で回転し、地面に設置すると共に移動を開始。

彼が操作するギガント・マキナは安価で作られた粗悪品。

ギガント・マキナの部品をチグハグに繋げ合わせた為、機体によって性能が違う。

彼の操作するギガント・マキナの脚部は車輪が付いた代物であり、頻繁な高低差のある地面を疾走するのに適した脚部だった。

突如、母機へ向かって走り出す少年に向けて、無線先の部隊長は大きく声を荒げる。


『キルギア-10ッ!命令違反だぞッ!撤退、撤退だァ!!』


その言葉に、彼は大きく拳を作り上げた。

画面に向けて強く拳を叩き付けると、無線相手が表示されたディスプレイが破壊される。


「うるっ、せぇええええええええッ!!」


そうして、少年は死へ向かって疾走した。

彼の為に用意された道を、他の少年兵たちの死を無駄にしない為に。

そして―――信じられない事に、少年兵はその疾走と共に、伝説と成った。




夕暮れ。

鋼の巨人が朽ちていた。

太陽の熱によって赤く塗装された機体。

地面に生える大木の様に、微動だにしないギガント・マキナの内部には子供が乗っていた。

名前の無い、少年兵であった。

既にエネルギーは不足し、予備電力で辛うじて外部と通信が取れる状態だ。

機体が激しく動いた為に、コックピットには彼の血が多く飛び散っていた。

壁に頭部を衝突させたりして、額から大量の血を流していたが、少年にはどうでも良い事だった。


今、少年は生きる意味を喪っていた、からだ。


『……ゼノスティールが撤退したみたいだね』


女性の事が聴こえてくる。

破壊したと思った無線のディスプレイ。

其処から不思議と声が聞こえていた。

呆然としていた少年は、その声を聞き流していた。


『はい、その……防衛地区にて、その……少年兵が』


話しているのはもう一人の男性。

メタルフォックスを運営する部隊長であると気づくのに、数秒掛かった。

バツが悪い口調に、女性が話してくる。


『一人勝手に突っ込んで、ゼノスティールの中枢核である母機を破壊して……』


その声は淡々としていた。

けれど、何処か報告書を読み上げる行為の端に喜々とした感情が読み取れた。


『ゼノスティール・子機は危険を察知して攻撃を中止、撤退したってワケ?』


メタルフォックスの部隊長は萎れた声で言う。


『申し訳ありません、処分は此方で行いますので、どうか報酬だけは……』


命令違反を起こした少年兵が勝手にした事。

此方に非があるわけではないが、報酬を減らされるのは嫌だと、そう言う意味で告げたのだろう。

彼は気づいていないのだろうか?、確かに命令違反を起こしたのは事実。

だが、その命令違反によって、多くの命と領地の防衛、単独で破壊を達成した英雄としての見聞がどれ程の士気を高める効果を持つのかを。

少なくとも、その女性は少年の有用性に勘付いていた。


『条件を出すけど、良い?』


報酬を満額支払う。

その代わりに、更にある事を追加した。


『は、なんなりとッ』


部隊長は金さえ貰えればなんでも良かった。

次なる戦場へ向かえと言う命令だろうとも、更に金が発生する、契約の延長の様なものだ。

自分の死に関する事以外ならば、なんでも良かったのだろう。

だから、その女性の条件に対して破格であると認識してしまった。


『その子供の名前と経歴、そして身柄を、私たちにちょうだい?』


大地に立ち尽くすギガント・マキナの操縦者。

その少年の身柄が欲しいと言われて、思わず部隊長は拍子抜けした。


『え、あ。はいッ!!』


元々、処分を考えていた少年兵。

このまま生きていても、邪魔になるだけである。

だからこそ、その条件は部隊長にとっても破格な条件だと認識した。

そして、二つ返事で契約が済まされた、少年兵はその女性の元へ移籍する事になった。


彼ら少年兵たちは家族だった。

年齢は十歳から十四歳、それ以上の年齢は青年兵として別部隊へ異動された。

基本的に、彼ら少年兵は異国の民であり、誘拐・拉致によって確保された人員であった。

少年の国籍は日本であったが、国外避難を行った際にテロに巻き込まれた。

両親はそれによって死亡し、少年の身柄はテロ組織に引き取られる。

その後、テロ組織管轄下にある資金調達の為の組織、ギガントマキナを操作する為の部隊へ少年兵として配属。

ギガントマキナは心臓部である人間さえいれば、病弱だろうと肉体が老いていようとも問題無く活動する事が出来る、故に子供でも簡単に戦士として活動出来るのだ。

だからか、少年がギガントマキナの操縦者として選ばれたのも必然である。

何よりも、子供の方が大人の言う事を聞き易い、世界が狭い子供に強制する事で支配をする事が容易いのだ。


そうして、少年は肉体の改造と訓練の末に、十歳の頃に少年兵として活躍する事となった。


『ねえねえ、つぎのたたかいで、おれたち解放されるかも』


多くの子供達は希望を持たされた。

解放されれば、苦しい現状から抜け出せる。

地獄からの脱獄を夢見て、子供達に適う事の無い夢を見せられた。


『おとなになれたら、なにしたい?』

『わたしは、髪をのばしたいなあ』

『あまいもの、いぃぃっぱい、たべるんだっ』

『ずっと寝ても、おこられないといいなあ』

『きみは、なにがしたいの?』


自分と同年代、あるいは一回り小さい子供の質問。

少年には夢など無かった、彼らとは違い、幼少期には幸せな家族との思い出があった。

そして、なまじ頭が良かったからか、自分の境遇を察していた。

夢など見ても、叶う筈がない、叶わない夢を追い続けるなど、無意味に等しい。


『なにもないの?』

『じゃあさ、みんなでかんがえようぜっ』

『ここから出たら、みんなで、夢をかなえようよッ!』

『しあわせに、なろうよっ!!』


今にして思えば。

その細やかな夢を語り合うあの時間こそが。

少年にとっての幸せな時間だった。

家族を喪い、暴力と厳しい訓練の中、仲間たちと語らうあの瞬間こそが。

けれど、夢を語り、未来を夢見た彼らはもう居なかった。


「ぜん、ぶ……ぜんぶ、こわ、壊して……」


茫然自失と化した少年は、一人口から声を漏らして、戦いの感触を反芻させていた。

ゼノスティール、地球外から飛来した鋼の化物、彼らを殺しても倒しても壊してもまだ、彼の心の窪みは埋まらない。

脳裏で破壊し続ける事だけを思い起こしながら、動く事の無い機体のハンドルを握り締めて、トリガーを引き続ける。

そんな彼の幸せな夢と激しい戦の夢の往復を繰り返す最中、声が聞こえた。


『あーあー……通信、聞こえる?』


無線から聞こえて来る声。

女性の声が自らに向けて発されているのだと気が付くと、静かに少年はその女性に向けて答えた。


「……だれだよ」


何者かを尋ねると、彼女は当然の様に名前を告げる。

時折、紙が擦れる様な音が無線に入っているのは、少年の情報が記載された資料を確認している為だろう。


『私の名前、シナノ・シリウスって言うんだけど、君の名前は……』


資料に記載された名前を確認する。

其処には、嘗て少年が日本国籍であった時の名前があった。

その名前を口にしようとした最中、遮る様に少年は言う。


「……キルギア-10、それがおれの、名前だよ」


部隊長も、少年の仲間もみんな、その名前を口にした。

此処では、この戦場では、その名前だけが、少年の存在を現した。


『うん、機体名と一緒だね、それがキミにとっての普通なんだろうけど』


頷く、シナノ・シリウスと名乗った女性。

其処で少年は、自らが操作しているこのギガントマキナも同じキルギア-10と言う名前なのだと理解した。


『けどね、もうその名前は名乗らせてあげない』


シナノ・シリウスはそう言うが、少年にとってはどうでも良い話だった。

彼には死ぬべき理由があった、なのに、死に損じてしまった、そうなった以上、生きる為の理由を見つける、その気力が湧かなかった。

項垂れる少年は、生気を喪った声で呟く。


「……どうでもいい、もう、生きる、意味も……死ねなかった」


目標を喪った少年は、壊れた人形に等しい。

少年の声色から、精神が壊れた人間の空気を感じ取った。

シナノ・シリウスは考える。

ただの子供ならば、此処まで執着はしない。

けれど……単騎でゼノスティールの母機を撃破した逸材。

潜在能力は、並の大人より余裕に超えているだろう。

もしも、そんな少年を育てれば……世界を救う英雄にすら到れる。

英雄たる存在を、此処で失うには惜しかった。


『そうだろうね、君の戦争はもう終わっちゃったからね』


共感するシナノ・シリウス。

防衛戦は終わった、メタルフォックス部隊は此処で捨てられる運命だった。

既に、少年の居場所など何処にもない、だからシナノ・シリウスは新たな場所を提示する。


『死にぞこない、仲間と一緒に死ねなかった……だからね』


その新しい場所。

その言葉は、少年の眼に再び光を齎す甘言であった。


『君に新しい戦場をあげる、今度こそ、死ねる様な戦場を私が与えてあげる』


目を開く。

死ねない自分に、新たな意味を与えてくれる救世主が登場した。

この戦地で、仲間と共に死を迎える事は適わなかった己に対して、彼女は、今度こそ死にぞこないに相応しい死を与えるとその場で約束をしようとしている。


「……ほん、とうに?」


思わず声が溢れる。

上擦る様な、喉奥が熱くなる様な言葉だ。

嘘ではないのだろうか?そう考える少年に、シナノ・シリウスは微笑みを浮かべて声に乗せて答える。


『うん、本当だよ、一番高い性能で、一番凄い装備で、一番強い機体を使って、一番酷い戦場で一番惨い末路を与えてあげる』


自分一人生き残ってしまった、愚かなモノに授ける罰にしては、贅沢にも程があるものだった。


「……その話が、本当なら、いいなぁ」


脳裏に浮かぶ幸せな顔を浮かべる仲間たちの姿。

もう一度、あの輪に入りたい。

けれど、ただ無意味に死ぬのでは、彼らと同じ死とはならない。

彼らは、他の者らに意味を与える為に死んだ。

ならば、自分も同じ様に意味のある死を以て死ななければならない。

ただ死んではならない、ただ死ぬ事だけは許されない。


『だからね、その日が来るまで……君は、生きてても良いんだよ』


このままじっとしていても、仲間と同じ死に方など出来ない。

その事を察した少年は、重苦しい息を吐くと共に、英霊と化した仲間たちの姿を想起しながら、ゆっくりと手を開く。

ハンドルを握った手を離して、暗くて狭い天井を見上げて呟く。


「……そんな日が来るのなら、もう少し、生きてても、良いなぁ」


この命は、まだ死ぬわけにはいかない。

そう思い、そう感じ、そう願った末に、彼は決意を固める。


『ならきまり、早く、そんな棺から出てきて、新しい棺の元に来てね』


そして、少年は鋼の棺桶から出た。

新たな棺桶へ、シナノ・シリウスと言う死を届ける死神の元へ降る。



初めて彼女、シナノ・シリウスと対峙した時。

その冷静沈着とした声色から大人の女性だと思ったが、少年は思ったよりも若々しい外見だったので驚いた。

少なくとも外見の予想年齢は二十代前半程だ、部隊長との交渉を独自で行ったのならば、その地位は高い事を察した。


軍服、と言うよりか、黒いビジネススーツを着込んだ女性は銀色の髪を揺らしている。

三つ編みにした髪の毛をお団子状にして纏めており、鋭敏な青色の視線が少年を見詰めていた。

少年は見られている事を察しながら、彼女が上にビジネススーツの上から羽織る深紅の色をしたコートを彼の肩に掛けた。

基本的に、ギガント・マキナに搭乗する場合、その肉体は半裸が基本である。

ギガント・マキナと接続する為に備わったフィーリングプラグを挿入する為には、事前に肉体改造を済ませた背中を出さなければならず、殆どの少年兵は半裸でギガント・マキナを操縦しなければならなかった為だ。


そして、少年はシナノ・シリウスが用意した戦艦に乗る事にした。

移動要塞ともされる鐵軍兵機の軍基地には大量の戦闘用の兵器が詰め込まれている。

また、ギガント・マキナのエネルギーの消耗を防ぎつつ、充電が出来る様に軍基地そのものが動く様になっていた。


戦艦に乗ったシナノ・シリウスと少年は、長い長い廊下を歩きながら、シナノ・シリウスの隣に立つ男性から封筒を受け取り、中身を確認した末に一枚のカードを少年に差し出す。

それはマイナンバーカードであり、少年の新たな戸籍情報が記載された代物だった。

其処に記載された名前を確認して、少年は首を傾げる。


「ギン・ガラク?」


発音をしてみて、少年……もとい、ギン・ガラクは語感が良いと思った。

前を歩くシナノ・シリウスは振り向き、笑みを浮かべて少年の新生を祝福する。


「そう、それがきみの名前、ハッピーバースデイだね」


誕生日も本日になっていた。

用意周到過ぎて、少し怖ろしく感じるギン・ガラク。


「出生は日本人らしいけど、探すのも面倒だし新しく作ったから、大切にしてね?」


そう言われて、少し訝し気な表情を浮かべるギン・ガラク。

歩く速度は変わらず、自らの名前を見詰めながらギン・ガラクは彼女に興味を持った。


「……あんた、ナニモンだよ?」


殆ど、この鐵軍基地で彼女の姿を見た軍人は一斉に彼女に向けて敬礼を行った。

その時点で、この鐵軍基地において彼女と言う存在がどれ程の立場にある存在であるのか、ギン・ガラクは察していた。

その言葉を受けたシナノ・シリウスは下唇に人差し指を添えて少し思考を行う。


「んー……戸籍を勝手に作れる程度には偉い人、かな?」


簡単に言ってのける様は、厳格な組織の中では中々出来る事ではない。

故に彼女のその態度が逆に組織においてかなり重要な立ち位置に居るとギン・ガラクは理解した。


「……偉い人なのに、若いんだな」


若作り……をしている様にも見えない。

本当に年齢が若いだけの可能性もあるが。

ギン・ガラクの言葉に、シナノ・シリウスは頷いた。


「うん、戦場に出て結果を出す、それだけで偉くなれるからね、単純だよ?」


単純、なのだろうか。


「……」


何か言おうとしたギン・ガラクだった。

だが、それ以上は何も言えなかった。

唐突に、シナノ・シリウスがギン・ガラクに顔を近づけたからだった。

玉の様に美しい彼女の美貌が近づいた事で、ギン・ガラクは少しだけ同様した。

首筋に顔を近づけて、彼女の鼻がギン・ガラクに近付いた時。


「それよりも、ギンくん、結構臭うね」


……臭う。

そう言われて、ギン・ガラクは口を歪める。

仲間には臭いとも汚いとも言わなかったし、仲間にも自分の事を臭いや汚いと言われなかった。

感覚が麻痺しているのだろう、普通の生活をしているであろう彼女の基準からすれば、ギン・ガラクは悪臭を放っている筈だ。


「……汚くて悪かったな」


コートの上から自らの臭いを嗅ぐ。

けれど、深紅の色をしたコートからは、フレグランスな薫りが漂っていた。

臭いと言った張本人は首を左右に振って笑みを浮かべる。


「ううん、雄っぽい臭い、私は好きだよ?」


そう言われて、少しだけ安堵の息を漏らす。

しかし、周囲の人間の顔を見ると、表情が曇っているのが分かった。

やはり自分は臭いのだと察した、その時だった。


「でも、他の人が嫌な顔するから、洗おっか?」


そう、シナノ・シリウスが言い出す。

少しだけ申し訳ないと思っていたギン・ガラクは素直に彼女の提案を受け入れる。


「ああ……うん」


シャワーか、水風呂か。

今まで、真冬でも冷水で体を洗っていたギン・ガラクは体を浄める行為には少し苦手意識を持っていたのだが。


「私が洗ってあげる」


自然と、当たり前の様に。

シナノ・シリウスがそう言い放った。


「……は?」


聞き間違えかと思っていたギン・ガラクだったが。

彼女の台詞を脳裏に反復させて意味を理解し、その様な言葉が出て来るのだった。


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